仕事が休みの朝、ゆっくりと時間をかけて、一杯分(自分用)のコーヒーを淹れます。

 

 ①やかんで湯を沸かす(湯が沸く音に耳を傾けつつ)。

 ②手動の(腕の感触や、豆が挽かれる音に耳を傾けつつ)コーヒーミルを使って、一人分の豆(18g)を挽く。

 ③ペーパーフィルターをドリッパーにセットし(ペーパーの折り目やドリッパーとの接触具合に注意を向けつつ)、挽いた豆をそこに入れる時には、腕を振動させて、粉の面を平坦にする。

 ④沸いたお湯を、やかんから、細口のドリップポット移して(250cc)、約90℃まで冷めるのを待つ。温度計のメモリが、0.1℃ずつ下がっていくのを眺めている。

 ⑤粉全体に、少量のお湯(20cc)を均一に含ませ、30秒蒸らす。(粉が火山の噴火口のように膨らんでくるのを、じっと眺める)。

 ⑥コーヒー粉の中心に、小さな「の」の字を描くように、お湯を優しく注ぎ、さらに粉が膨らんでくるのを観察しながら、250ccのコーヒーを抽出する。

 ⑦250ccから、お裾分けとして、お猪口一杯分を仏壇に供える。

 

 このような習慣が、30年近く続いています。これら、一連の動作を終えるのに、15分から20分はかけます。

 

 このような話を、うちの患者さんにすると、「コーヒーがお好きなんですね」「コーヒー通なんですね」といった反応が返ってくることが多い。ところが、おじいちゃん先生は、コーヒーが大好きなわけでもないし、コーヒーの味がわかるわけでもない。眠気覚ましに、コーヒーの覚醒作用が欲しいわけでもありません。仕事のある日の朝食では、ティーバックの紅茶で済ますし、日中に飲むのも日本茶で、コーヒーはほとんど飲みません。なのに、どうして、こんなに面倒くさいことをやるのか、時間がもったいないじゃないか。そんな暇があったら、朝刊が読めるでしょ、と思われるかもしれない。

 そうなんです。おじいちゃん先生は、コーヒーが飲みたくて、コーヒーを淹れているのではなくて、コーヒーを淹れる過程を楽しんでるんです。コーヒーを淹れるために、コーヒーを淹れているんです。これは、ヴィパッサナー瞑想に通ずるものです。コーヒーを淹れることだけに集中すると、とても心が落ち着くんです。コーヒーを豆から淹れる過程の中には、数多くの動作が含まれていて、一動作一動作をゆっくりと集中して(考え事をしないで)やると、心が落ち着いてきます。余計な思考(心配や後悔)がストップするんです。思考を自分の意思でストップさせよう、「考えないようにしよう」と思っても、それはとても難しいことなんです。それをやるには、“コーヒーを豆から淹れる”、といった演出や設定が必要なんです。もっとも、それを可能にしてくれる、演出や設定は、“コーヒーを豆から淹れる”ことだけではなく、それぞれの人の、生活習慣に密着したものであれば、なんでもいいんです。それが習慣化されることが大切なんです。

 このような行動を習慣化することは、認知行動療法(行動活性化療法)であり、気づかずに、認知行動療法を自分でやっていることになります。うちの患者さんの何人かは、「土日は、豆からコーヒーを淹れてます」と、私の真似をしてくれているので、<それが生活習慣になってくれるといいな>、と思っています。

 

 皆さんも、休日の朝、“自前の演出や設定”で、一日を始めることを習慣化してみませんか。きっと、いいことがありますよ。