うちの患者さん達の中には、身内の介護で大変な思いをしている方がたくさんいます。そういう患者さん達の介護の負担が、心身共に少しでも楽にならないか、と期待して渡しているプリントがあります。初めて私がこれを読んだのは20年くらい前のことですが、共感できることが多かったので、プリントにして渡すことにしました。このプリントの出どころは忘れてしまいましたが、認知症臨床に携わっている専門家が書いたものです。

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認知症老人の介護を楽にするヒント

 ① できることは手も口も出さない。

 ② できないことを無理にやらそうとするのではなく、手を貸す。

 ③ 危険なこと以外は見て見ない振りをする。

 ④ 説得や訓練は時間の無駄。

 ⑤ 他の家族も介護に巻き込む、必要なら猫の手も借りる。

 ⑥ 遠くの親戚よりも近くの他人。

 ⑦ 介護者のこれまでの生活パターンは、できるだけ変えない。

 ⑧ 自由な時間を持つ。

 ⑨ できるだけ介護サービスを利用する。

 ⑩ 介護は生活のすべてではなく、その一部にする。

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 認知症の介護で苦しんでいる方には、とても参考になる助言です。

 

 介護に費やす時間や肉体労働の負担は相当のものですが、消耗して、うつ状態に陥ってしまう1つの要因は、認知症の症状を、症状として受け止められず、症状の改善を過剰に期待してしまうことです。他人であれば(医者、看護師、ヘルパーなど)、身内の方ほど期待が大きくないので、葛藤が小さく、余裕もあるので優しく接することができます。おじいちゃん先生も、うちの認知症の患者さんには優しく接することが出来ても、自分の母親には優しく接することが出来なかったという経験があります(虫の居所が悪かったり、体調が悪かったりすると?)。

 

 ここで一つ復習しておきたい事柄があります。認知症の中核症状1つに、“記憶障害”があります。一般の方の多くは、“記憶障害”のことを“物忘れ”という用語で理解しています。認知症の専門外来も、“物忘れ外来”と看板を上げていたりもしますから。しかし、認知症の“記憶障害”は、“記銘障害”です。記銘障害というのは、直近の出来事を記憶として脳に残しておくことが出来ない。新しいことを学習することが出来ない。ということです。直前の会話や体験が記憶に残らないので、会話がかみ合わず、介護者が一方的に説明や説教をしてしまう、というような会話になってしまうのです。そのことを踏まえると、

 

 認知症と接する(会話する)ときのコツは、<過去も未来もない、“今ここにいる相手”と会話する、ということです。>

 

 “今ここでの瞬間”の、「このイチゴは美味しいね」「桜満開できれいだね」「○○ちゃん、その洋服どこで買ったの」・・・といった、その場かぎりの会話は問題なくこなせます。おいしいイチゴを食べれば満足し、きれいな桜を見れば感動するし、自分も同じような服を着てみたい、といった瞬間の幸せがそこにはちゃんとあります。その翌日になって、「今年は1回もイチゴを食べてない」「花見に行きたいわ」「この歳になったら洋服なんて欲しくないわ」と言われても、全く意に介する必要はないんです。今ここにいる相手には、<今度、イチゴ買ってくるから楽しみにしていてね><天気が良い日に、お花見に行こうね><洋服も見ておくよ>と伝えれば、「ありがとう。楽しみにしてるよ」と返ってきて、また幸せな気持ちになれるんです。

 

 それでは○年前の、おじいちゃん先生と認知症の母との会話を一つ、紹介させていただきます。その日は、私と妻と母の3人で、お寿司屋さんの座敷に上がり、好みの鮨の盛り合わせを大皿で出してもらった。私の母は、貝類やマグロが好きで、光り物が苦手でした。

 

母:「いっぱいあるけど、どれ食べたらいいかな」

私:<どれでも好きなもの食べればいいよ>と。

母:「ほんなら、これ食べるわ」と言って、バイ貝を一つ口にした。

「これ新鮮でおいしいわ。私、昔からこれ好きなんや、○○ちゃん(私の妻)もこれ食べまっし」と。

妻:「ありがとうございます。私はイカが好きなので、こっちを食べます」と。

母:「ほうや、好きなものを食べるのがいいわ。・・・次どれ食べたらいいかな。これ食べたかな」と言って、ふたたび、バイ貝を指さした。

私:<どれでも食べたいの食べればいいよ>というと、おいしそうに、もう1個食べた。

母:「次どれ食べたらいいかな。これ食べたかな」といって、再びバイ貝を指さした。

 ここで、バイ貝は既に2個食べていて、次は3個目だよ、というような野暮なことを言って はいけません。

私:<お母さん、マグロも好きだったよね。これも食べてみたらいいやん>と。

母:「ほうやね。私マグロも好きや。・・・これ美味しいわ。○○ちゃんも食べまっし」と。

妻:「ありがとうございます。私はタコが好きなので、こっちを食べます」と。

母:「ほうや、好きなもの食べるのがいいわ。・・・これで、私、いくつ食べたかな。どれ食べたかな?これ食べたかな」といって、再びバイ貝を指さした。

私:<どれでも好きなもの食べればいいよ>と。

母:「ほんなら、これ食べるわ。私、昔からこれ好きなんや。・・・このバイ貝おいしいね。久しぶりやわ。○○ちゃんもこれ食べまっし」と。・・・

 

 結局、母がバイ貝を何個食べたか記憶にはないけれど(5~6個は食べたかもしれない?)、そのお寿司屋さんにいるときは、幸せな気持ちでいられたと思います。私もバイ貝が好きなので何個か食べたと思う(妻は貝類が苦手なので、一個も食べなかった)。

 

 さらにもう一つ、私と母との間の懐かしい思い出を紹介します。私が長男を連れて母を訪問したときのことでした。母の認知症がさらに進行し、私の姉以外の顔は認識できなくなっていました。この日の母は、「おおぜいで、よく来てくれましたね。ありがとう」と、他人行儀な物言いで、機嫌が良かった。ベッドに横たわる母を、私が覗き込んでも何の反応もなかったのですが、私の長男が覗き込んだ時のことでした。母は、腕の力を振り絞ってベッドの柵につかまり、上半身を起こした。そして、「□□か?」と私の名前を何度も繰り返し口ずさんだ。年老いて白髪頭になってしまった、おじいちゃん先生のことは、母の記憶にはないけれど、幼児の□□、小学生の□□、中学生の□□、20代の□□、・・・の記憶はちゃんと脳に刻まれているということなんです。

 身内の介護をしている御家族の中には、「私の顔がわからなくなったら、介護を続けたくない」とおっしゃる方がいますが、そういう方には、私のこのエピソードをお話しすることがあります。そして、<私は、悪い気はしなかったですよ。老けた今のあなた(ゴメンナサイ)を記憶に残してもらうより、若い頃のあなたを記憶に残してもらってる方が、いいんじゃないの>とコメントして、大笑いすることにしています。

 

(補足)

 “今ここにいる相手”と会話する。という手法は、認知症に限らず、精神障害を有する子供さんを抱えた親御さんにも、十分に通用するアドバイスなんです。これを実践し続けると、親子関係が良くなること請け合いです。もっとも、精神障害があろうがなかろうが、人と人との関係が良くなる、オールマイティな手法だと思います。おじいちゃん先生は、診察室のみならず、日常生活においても実践できるようになりたいと、日々精進していす。