高齢の患者さん(中高年でもあるけれど)から受ける質問に、「最近物忘れがひどくて心配です。ボケが始まったんでしょうか?」というのがあります。そういう質問をしてくる患者さんのほとんどは、私から見ると、“生理的なレベル”の物忘れで、“認知症による病的な”レベルではありません(簡単な認知症テストでは引っ掛からない)。

 それでは、“生理的な脳の老化による物忘れ”と、“認知症による病的な物忘れ”とはどこが違うのでしょうか。一般的には

 

“生理的な老化による物忘れ”

①体験したことの一部分を忘れる(ヒントがあれば思い出す)

朝ご飯のメニューを忘れていても、食べたという行為は覚えているし、『卵焼きを食べたでしょ』とヒントを出すと、「そうそう」と思い出すことが出来る。

 

②新しいことを覚える能力(学習する)が次第に衰えていく。

 

③進行が遅い(加齢とともに徐々に進むのは受け入れるしかない)。

 

④判断力が低下しない

見当識(時間・場所・状況)障害、今何時ごろで、自分がどこにいて、何をしているか、ということがわかっていて、適切な状況判断ができるので、日常生活に支障がない。

 

⑤忘れっぽいことを自覚している(固有名詞、人の名前、物の名前などが出てこないと訴える方が圧倒的に多い)。

 

“認知症による病的な物忘れ”

①体験したことをまるごと忘れる(ヒントがあっても思い出せない)

朝ご飯を食べたという行為(エピソード記憶)自体を忘れているので、メニューを思い出すどころではない。

 

②新しいことを覚える(学習する)ことがほとんどできない。

 

③進行が早い(個人差があるが、数年レベルで進行)

 

④判断力が低下する

見当識(時間・場所・状況)障害、今何時ごろで、自分がどこにいて、何をしているか、ということがわかっていないので、言動がちぐはぐになって、日常生活に支障をきたす。

 

⑤忘れたことの自覚がないので、「忘れっぽい」とは思はない。

 

 記憶障害について、専門的にもっと詳しい説明もあるけれど、我々はこれくらい知っていれば十分だと思います。

 

 私が普段行っている、高齢の患者さんの診察では、最近の巷のニュース、家庭での出来事(過去1か月くらい)、などを時間軸に沿って訊いていくので、その患者さんに認知症傾向があれば、早い段階で気づきます。

 

T子さん、昭和18年生、初診日:平成18年1月、認知症恐怖(不安障害)、ADHD傾向

 平成8年頃(当時52歳)より、「もともと自分は忘れっぽい」けれど、物忘れを自分で気にするようになった。○○市の○○病院の物忘れ外来を受診しようとしたが、65歳以上でないとダメと断られた。平成17年4月、○○市の脳神経外科でMRIをとったが、『20歳代の脳です』と言われ、「自分は、馬鹿にされたと思った」という。

 平成13年頃(56~57歳)に、「真冬でも、主に上半身がカアーッと熱くなる」を主訴として、○○市の“某クリニック”を受診。自律神経失調症と診断され、ルボックス(25)2錠が処方され、「これを飲んでると調子がいい」と実感し通院を継続。平成18年1月、「そこが閉院したので」、私のクリニックに転院した。

 

 初診時の主訴。「不安感からこみ上げてくる発汗」「会話していて、言葉が入らない」「ルボックス飲んでないと、カアーッと来るのが来やすいような気がする」「3年前から、舌に歯が擦れて赤くなって痛い。それが癌になることもあると聞いてから気になってる」と。

 

 平成18年2月「記憶力がおかしい。言葉が出ないと、それが苦痛でカアーッとなる。」「ボケが心配なので、1か月に1回は先生の顔を見に来ます」と。

その後は2か月に1回くらいの頻度で通院。いつも「記憶がおかしい・・・」で始まる診察が続いた。その都度否定するのが私の仕事だった。

 平成21年5月「10年前から記憶力が落ちているのが気になっていて、その心配を繰り返している。毎日、計算練習と言葉の記憶練習をやっている」と。<10年前からのアルツハイマー認知症だったら、とっくの昔に寝たきりになっているのでは?・・・>と。

 平成22年4月「物忘れがひどくなってるんじゃないか、それがいちばんの心配」と。この日も、認知症恐怖の話。こちらが認知症を否定する根拠をいくつか伝えると、安心して帰る、というのが毎回のパターン。簡単な認知症テストでチェックするも異常なし。

 平成24年10月「記憶力がどんどん衰えてきてるのじゃないか。福岡に行ったけど、どこに行ったか入らない。2泊3日だったけど、私は旅行が苦手で、行く前にいろいろ考えて疲れてしまう」と。おそらく、旅行先で心配になることがいろいろあって、落ち着いて観光できないのではないかと思う。どこに行ったか詳しく聞いてみると、ちゃんと覚えていた。<ちゃんと覚えているじゃない>というと、<はあ・・・>と笑う。

 平成25年11月「記憶が頭にしみこまない。一回で覚えてられない。MRI取ったけど、病的なものはないと言われた」と。

 平成27年3月「家のリフォームがあったりで忙しかった。1週間前からクスリが切れていて、2~3日前から、体がカアーッとしてきて、この何日間か汗ばんでいる。忙しいときは気が他に向いて、物忘れも気にならなかったけど、今になって気になりだした」と。

 平成28年5月「記憶力がどうにもならなくて、不安でしょうがない。娘の家の鍵を預かっていて、ワンちゃんの散歩をさせてくれと言われて、帰りに鍵をかけて、そのカギをなくしちゃった(普段と違うバックにポイと入れたため)。娘は大丈夫だよと言ってくれたけれど、昨日カギを換えてもらってやっと安心した。布団に入ると、ズーっと鍵のことを考えていて、グルグル堂々巡りしていた」と。

 平成29年12月10日、9か月ぶりの来院。「不安で不安で、薬飲んだ方がいいと思って。午前中に、急に不安が起こってきて、先生の顔が浮かんで来たら落ち着いた」と。<9か月も薬なしでやってきたのだから、私の顔の代わりに、手動瞑想を指導しましょう>と伝えて、手動瞑想を指導。クスリは処方せず。

すると1週間後、「苦しくて、苦しくて。これから正月休みに入るのに、薬がないと思うと(頼るものがない)、不安で不安で。一応、薬もらっておきます」と。クスリを取りに来た。

 

 “T子さんが自覚している物忘れ”は、元来のADHD傾向(不注意、落ち着きなさなど)、一つのことが気になりだすと頭から離れない、過度の心配性、などの性格傾向からくるものでないかと考えています。予約を前もって入れていくことが少なく、行き当たりばったりで、当日になって予約を入れて来ることが多い。診察場面ではセカセカしていて、心ここにあらず。私の説明を集中して聴けないし、一方的に自分のことを話すことが多い。もっとも、T子さんに限らず、不安感が強いと、それ(不安感)に気を取られてしまい、その時に起こっている出来事の記憶があいまいになってしまう、というようなことがおこります。「緊張しすぎて、何を訊かれて、何を答えたか、まったく覚えていない」というようなことです。

 

 現在、最後の受診から丸2年が経過。手動瞑想が習慣化しているとは思えないし、T子さんは一体どうしているんでしょうね?ひょっこりまた現れるような気もします。