「私の病気は子供に遺伝しますか?」と質問されることがよくあります。その逆の「私の病気は親の遺伝ですか?」もあります。遺伝の問題は複雑で難しく、私に遺伝学的な専門知識がないので、何と答えればよいのか、いつも困らされます。このような質問をする患者さんが、私の答えを聞いて何を考えるのか、今後の治療にどう影響するのか、主治医としては気になります。なるべく客観的な事実を伝えたいと思っています。

 

 <精神科で扱われる病気(統合失調症、双極性障害、うつ病、発達障害、など)のほとんどは、原因は不明で、遺伝的要因と環境要因の両方が発症に関与していると言われています>と答えて済ませたいところですが、「それでは答えになってない」としかられそうです。

 

 よく使われる遺伝の指標の一つに、“遺伝率”という概念があります。遺伝率とは、『集団における個体間の差異について遺伝要因で説明できる割合』と定義されます。これでは、何のことか、さっぱりわかりませんね。患者さんには、わかりやすく具体的に説明する必要があります。私がやっている説明の大まかな内容は、○○○病の遺伝率を50%とした場合、

 

 <ある専門家の統計では、○○○病の遺伝率は50%と言われています。その意味は、あなたの病気が子供に遺伝する確率が50%ということではありません。例えば、あなたが10人の子供を産んだ時に、5人がその病気にかかるという意味ではありません。遺伝率50%というのは、○○○病の場合、両親の(あなただけではない)遺伝の影響が50%ぐらい、生まれた後の(胎生期も含む)影響が50%ぐらいだと推定されるということです。実際には、○○○病のあなたが10人の子供を産んだとして、10人ともその病気にかかる可能性も、10人ともその病気にかからない可能性もあります。また、○○○病ではない人でも、その子供が○○○病にかかる可能性があります。・・・・・・・ですから、遺伝要因(遺伝子・DNA)を変えることが出来ないとすれば、変えられる環境要因を良いものにして、発病をできる限り予防するということを目標にすればいいんです。また、同じ病気でも(特に精神障害においては)重い軽いも人それぞれ様々であって、環境要因が良い方に働けば、程度を軽くすることが出来ます>といった内容が、大まかな説明です。このような説明が、専門的(遺伝学的)見地からすると、厳密には正しくないかもしれませんが、精神科臨床的には、間違ってはいないのではないかと思っています。

 

 病気の遺伝の問題は、悲観することも、楽観することもなく、客観的に考えて(医者も患者も)対処したいものですね。

 

(補足)

 病気の遺伝率は、まったく同じ遺伝子を持って生まれてくる一卵性双生児の研究からえています。ある特定の病気の、一卵性双生児における一致率が50%だとして、全てが遺伝で決まるなら、2人とも100%同じ病気にかかることになります。一致率が50%ということは、一致しない残りの50%は環境要因によって発病しないのではないか、と推定するのです。これも、精神科臨床的な見解です。<ちなみに、糖尿病(タイプによって違いはあるけれど)の遺伝率は、50%以上といわれているんですよ>。