前回の続きです。

 

 Kさんが転院してきたときの処方と、治療終了時の処方は、下記のとおりです。

 

 平成22年4月転院時の処方

デプロメール(50)4錠、リフレックス(15)3錠、アモキサンカプセル(10)2錠、メイラックス(1)1錠、ロヒプノール(1)1錠、マイスリー(10)1錠。

 

 平成29年3月終了時の処方

サインバルタ(20)2cap、リフレックス(30)1錠、メイラックス(1)1錠、マイスリー(10)1錠。

 

 主な変更は、抗うつ薬の変更で、デプロメールからサインバルタへのスイッチです。変更直後にKさんは、「うっかりミスが減ったような気がする。出がけに慌てなくなった。次のことを考えながら行動できる。自分のペースと時間を合わせられるようになっている。お金と現実を合わせられるようになっている。怒りが尾を引かない。わき道にそれることが少なくなって、目的地に着ける。同時進行が苦手は、もともとですけど」といい、クリニックの待合室での動作もスムーズになって、待合室から診察室に入るまで時間も短くなった。サインバルタのもつ、NA(ノルアドレナリン)の働きを上げる効果で、ADHD傾向が改善したようです。一時期、ADHDの治療薬であるストラテラ(アトモキセチン塩酸塩)を、サインバルタの代わりに使ってみましたが、「気分がかなり落ちた。次に何をすればいいのか、外からの要請も自分からの要請もこない。一歩一歩が重く、自分の想像するところに足が行かない」といった、うつ状態の悪化が見られたので、サインバルタに戻しました。大人のADHDで、ストラテラが合わない患者さんには、サインバルタ(SNRI)をその代用薬として使うことはよくある話です。(過去ログ、“大粒の涙の意味は(ADHD)”参照)。

 

 平成23年4月~平成26年3月、退職するまでの3年間、規則正しい生活習慣の確立、生活の簡素化、生活と仕事の両立、などを目標として頑張ったのですが、期待した成果は得られませんでした。しかし、ダイエットには成功。苦労に苦労を重ねて、障害年金の受給手続きを完了されました。また、「母が希望するので、1か月分の洗濯をお願いしました。向こうもこっちも嫌な感じはなく、素直に助けてもらいました。母のダメ出しがなくなりました」と、疎遠になっていた実家両親との関係改善も進みました。ところが、

 

 平成26年4月、「仕事のストレスが減って、気持ちも落ち着いています。自炊を始め、投資の勉強も始めました・・・」と、滑り出しは好調に見えたのですが。

 平成26年5月、「1日のリズムのコントロールができなくなった。社会との関係が切れたことで、他の人と歩調を合わせることが困難。相手の都合を考えて電話するのも困難。インターネット漬けになっていて、きのう1か月ぶりで風呂に入れた」と。<仕事に替るペースメーカ―を何か見つけないと、生活リズムがさらに崩れてズルズルといってしまいそうですね>と。「私もそう思います」と。

 平成26年7月、「株式取引を始めました。取引所が開くのが9:00なので、それに合わせて起きるようになった。生活資金と投資資金は分けてあるので大丈夫です。洗濯も手洗いすることを覚えたし、ゴミ出しもできる。私は、人と接触しない生活が消耗しなくていいみたい。(退職する)前に話していた、互助会(発達障害の)に近づくのはやめました。体調が悪いときに無理して外に出ない方が楽です」と。確かに対人ストレスを回避して、株取引だけで生活できるのならいいのですが?・・・

 

 しかしこのような生活は長続きしませんでした。株取引にまつわる様々な情報に振り回され、相場の悪化に伴って損失が膨らみ、衣食住もおざなりになって行きました。

 

 平成27年3月、<株取引(デイトレード)を始めたころは、朝起きるためのペースメーカーになってたけれど、今は仕事のようになってしまって消耗し、衣食住もおざなりになってますね。損失が出れば、それに伴う不安や緊張が生ずるのは必然のこと・・・>と伝えたところ、株取引は一旦はやめたのですが。その後も、都心の投資セミナーには通い続けていました。そして、後から知ったことですが、自宅を訪れた投資業者の勧誘に乗せられ、さらなる損失を重ねていました。

 

 平成28年2月

 「引きこもり中。寒さに耐えています。画面の中に仕事がどんどん溜まっていく。動くたびに物が崩れ落ちる。ADHD的な取りこぼしが目立っている。掃除、洗濯、炊事、入浴が出来なくて生活が破綻している。『お前はどうしたいのか』といわれるのが嫌。遅刻するなと言われると、強制だと感じる」と。

 <あなたはどうしたいのですか、と私が訊くときは、どういう援助を期待していますか、という意味です。生活費を稼ぐために遅刻しないで出勤するのは、強制ではなく自主的なものだと、私は思っていますが?>と。

 遅刻した理由を尋ねると、「ブログのいくつかをチェックしたり、ATMで通帳記入をしたりしていたので」と。

 <約束の時間を守るという社会のルールを強制と感じるのは、普通の感覚ではなく、Kさんの弱点の一つです。例えば、今日は17:30の予約だったけど、ここに着いたのは18:00でした。あなたが17:02に家を出たのなら、途中で銀行のATMに寄っている暇はないはず。普通の感覚では、銀行は明日にまわします>と。

 「そうか、しまった、明日はできないと思ってた」と。

<Kさんのそういう事情を知らない人は、『お前なんで時間を守れないんだ』と、怒り出すかもしれませんよ>と。

 平成28年4月この日のKさんは、発達障害関係の本を開いて私に見せながら、「これ(“サリーとアン課題”)何のこと言ってるのかわからないのですが」と質問してきた。<それならテストしてみましょう>といって“サリーとアン課題”をやってもらうと、アンの箱を選択した。「どうしてかわからない」という。

*“サリーとアン課題”というのは、相手の心の中を推察する(相手の立場に立って考える)能力をチェックするテストで、心の理論と呼ばれています。健常児でも4歳前後にならないと他者の心は類推できないもので、アスペルガー症候群の人にはこれが難しい。

 平成28年6月「大家さんから内装が終わったという連絡があった」と。<それはいつのことですか?>と訊いたところ、それから10分近く、大家さんにまつわる話が続く。<ちょっと待ってください。私がお聞きしたのは内装が終わった日にちのことです。すでに10分間話続けていますが、・・・>と。「何かを思い出して伝えようとするとき、時間を追って始まりからすべてを話ししないと、それはものすごく辛い作業でもあり、そうしないと思い出せない。・・・ということは、相手に忍耐を強いているということなんですね」と。<これから、相手の人が聞いてきた質問だけを答えるためにはどうしたらいいか、次回から一緒に考えていきましょう・・・>と。

 この日、3つの目標を再確認。①週2日は買い物のために外出する、②週に1回は必ず入浴する、③毎日同じ時刻に起床する。

 

 その後も引きこもりがちな生活が続く。うつ状態ではないけれど、気温の低下とともに体温リズムの狂いが生じ、日内リズムが乱れて、昼夜逆転する。訪問看護の利用を勧めてはみたものの、本人はそれを望みませんでしたが、平成28年12月になって、アパートの建て替えの話が出たので、<これを機に、一度実家に戻って、生活の立て直しを計ってみてはどうでしょう>と提案したところ、「それもいいかもしれません」と、新たな可能性が見えてきました。 

 

 平成29年1月、「○○に出て、古本市に行った。ひさしぶりに、銭湯に行ったところ、そこの主人に、『体の匂い、何とかしてくれ。他のお客も入るから、考慮してくれ』といわれた。そう言うことを直接言われたことがなかった。おかげで、匂いが、他人を不快にさせるのだと気づかせてくれた」と笑って話してくれた。ところが、

 平成29年3月、○○警察署より、『今日亡くなられているのが発見されました・・・』との連絡。その10日後に、Kさんのお母さまが来院。『司法解剖の結果、死因は小脳出血でした。穏やかな表情で、苦しんだ様子はなかったと聞きました。お世話になったので、お礼に参りました』と。Kさんのお母さんとの面会は、これが最初で最後でした。

 

(考察)

 4回にわたって、Kさんと私のやり取りをダラダラと書いてきました。ASD(自閉症スペクトラム障害)を有する患者さんが、どんな世界を体験しているかのかということを知ってもらいたいと思ったからです。Kさんの話からは、私も多くのことを学び、いくつもの教訓をえました。

 発達障害の程度は重いと思われるKさんの治療を通して、私が痛感させられたことは、コミュニケーション能力と衣食住の管理能力の低さでした。彼が仕事を失った後の日常生活は、仕事をしていたとき以上に酷いものでした。Kさんが、実家を出た後にうつ病を発症したのは、衣食住にまつわる日常生活が破綻をきたし仕事を続けるだけの快適な生活環境を失ったからだと思います。仕事を続けるためには、仕事を続けるだけの快適な生活環境が必要になります。治療開始当初、両親をひどく嫌っているKさんは、実家に戻ることを強く拒んでいました。しかし今、あの時に実家にもどるように、もっと強く説得すべきであったと反省しています。

 先日、Mさんの母親が、『相談したいことがあります』と言ってやってきた。Mさんも、Kさんと同じ自閉症スペクトラム障害を有し、7年前からは障害者雇用で立派に働いています。お母さんの相談とは、『私が死んだ後のことを考えると、Mを一人暮らしさせようかと思っているのですが、いかがなものでしょうか』というものだった。その時の私は、脳裏にKさんの顔を浮かべながら、<Mさんが、日々の衣食住を自分ひとりでやることになると、仕事以上に大きな労力が必要になると思います。今は、お母さんがMさんの衣食住を丸抱えしてあげているから仕事が続けられている、と私は思っています。お母さんは、まだ若くて元気なんだから、このまま丸抱えを続けていただいて、Mさんには、できそうな家事を手伝ってもらうぐらいでいいんじゃないかな。無理をして症状(幻覚妄想状態)が再発して、仕事が続けられなくなるのはまずいでしょう>と伝えた。すると、お母さんはしばし考えこんだ後で、『そういうこともあるんですね。わかりました。私も頑張ります』といって帰られた。

 

 うつ病だけの患者さんは、うつ状態が改善すれば自分で日常生活を管理することが出来るので、回復後に余計なお世話をする必要はありません。統合失調症の患者さんも、それなりのコミュニケーション能力を有しているし、衣食住の管理能力もさほど問題ない方も多い(もちろん程度の差はあります)。しかしながら、程度の重い発達障害を有する患者さんは、日常生活における快適な環境づくりのために、SST的(生活技能訓練)な事細かな具体的な指示や助言(生活指導)を必要としています。また、日常生活のプランニングの手伝いは、たとえ「余計なお世話だ」と嫌がられようと、徹底的にやるのが良いと言われています

 うつ病だろうと、統合失調症だろうと、不安障害であろうと、その他の精神障害であろうと、患者さんの中に発達障害の傾向を見いだしたならば、その程度に合わせて、日常生活のプラン作り(私生活にも及ぶ場合もある)のお手伝いをするという、“余計なお世話”が必要になってくるのではないかと思います。本人のプライバシーや自主性を尊重する、というようなきれいごとでは済まないということです。私も含めて、大人だけを診ている精神科医は、このような視点が欠けているのかもしれません。