前回の続きです。Kさんの、生活障害に伴う苦痛の吐露はさらに続きますが、自分の生活障害に対する気づきは増えていきます。自分の発達障害特性(アスペルガー症候群的かつADHD的)を、実生活の中で、具体的な生活障害として理解できるようになっていきます。

 発達障害の治療の目標は、日常生活において困っている症状(生活障害)の改善です。だから、自分が困っていることが何なのか、はっきりと気づくことが、治療の第一歩なのです。

 

平成22年10月、

「職場の方はあれから1日通えただけで。私は、週末になると眠れなくなる。休日に何かの調べ物を始めると、火が付くようになって、止まらなくなってしまう。それで、月曜日におきれず、仕事を休んでしまう。そしてズルズルいってしまう。のめりこみそうなことは避けてきたつもりなんですが」と。

「あれから、図書館の専門家が書いた(発達障害に関する)本を読んで、少しずつ勉強してます。ネットの情報は信用できるかできないか見分けがつかない」と。

「生れつき私の見方が微妙におかしいという前提に立ってみると、なんで怒られるのか分かんないことがしばしばあることの説明がつく。私の父も傾向的に似たところがあって、誤解を受けやすいと母も言っていた。自分がずれているのが分かると、怒ることが少し減ったような気がする・・・先生のおかげで、摩擦の原因が、他人ではなく自分にあると悟ることが出来たので、とても感謝している・・・父と母の精神論で一方的に怒られてきたけれど、そういうものが生まれつきということであれば、それを受け入れてやっていくしかないと思う」と。

<産業医に掛け合って、上司や周りの人に、どう接するか伝えてもらうのも良いかもしれませんね>と。さらに、土日も含めて毎日決まった時間におきる(日内リズムの改善)、炭水化物をへらすこと(糖質制限)、できれば一日20分ぐらい歩く(有酸素運動)、など伝えた。

<これらはアスペルガー症候群の人に有効といわれています。もっとも、誰にとっても有効なんだけどね>と。

 

平成22年11月~12月、

「この2週間は、仕事は休まず、かなり行き届いてやれた。先週末、お付き合いの長い職員が、直属の上司を『早く追い払いたい』と言ったのを聞いて、あまり真面目に考える必要がないと分かって、むしろ気が楽になった。・・・私は、こういう作業(今まで気づけなかったことに気づく)を一生続けていくしかないのか、私は・・・。善意のない上司には、こっちも善意で対処しなくともよい。どういう思いで仕事をするかではなく、会社は自分の時間を拘束することで給料を払っているのだから、・・・そういう考えは自分にはなじまないし嫌いだけど、今はそうやるしかないのか・・・」と。

「周囲の人の私に対する見方を変えてもらおうと、1週間頑張っている。公共の福祉のために働いているというのは嘘っぱち・・・精神的負担はずっと軽くなった。不愉快なことに怒って返すことが出来るようになった。・・・産業医が、最優先順位として、(公共の利益ではなく)職場にそのまま居続けることを上げている」と。

「先週あたりから、職場に、自分に合わせてもらいたくて、言ってることと、行うことを同じにしてくれと言ってやりました。お役所は、本音と建前がありすぎて・・・本業に関係のないことは叩き返した。・・・」と。

「(かつて)長男は、長男は、といった親の侵入を許してしまった。私の意思は聞いてもらえなかった、・・・」と。上司との軋轢、価値観の違い、父母に対する不満など、話し出したら(怒りが)止まらなくなった。

<近頃のKさんは、これまで、上司や両親の言うことを言葉通りにまともに受け止めて、それを実行できない自分を責めてしまっていた、と気づいたのかな>と。

Kさんの自己洞察が進み、出勤率も上がっているので、治療の成果が上がっているのではないかと内心期待していたのですが、

 

平成23年1月、

 この日の診察で、Kさんと職場との間で、年始に宣誓書なるものが交わされていたことが判明。その内容は、

 

宣誓書:私こと○○○○は、うつ病による長期の欠勤で、所属組織に甚大なる損失を与えました。よってここに、以下の通り、宣誓させていただきます。

産業医の復帰プログラムに忠実に従い、

1)平成23年3月末までに、職場に完全復帰、フルタイム出勤を果たすこと。

2)上記が実行できない場合、すみやかに退職願を提出すること。

3)復帰プログラム実行中であっても、継続的に病休を取る状況となった場合、1)に記載する期日を待たずして、退職願を出すこと。

 

 さらに、本人がその宣誓書に自主的に付記した文章は

 

 今回の病気について、新たな事実が判明しました。以前かかっていた主治医の診断は、いわば、誤っていたことになります。その診断のままに従って病気休暇を2度取得しました。昨春から、医師を変え、単なるうつ状態でないことがわかりました。その新事実によって、現在の産業医医師に、復帰プログラムを作成していただいております。注意すべき点も明確となりました。ゆえに、今後は操縦を誤らねば墜落せずに飛び続けることができると考えます。

 今回、病を患ってみて、自分の周囲の方々が、いかに寛大な計らいをしてくれていたか、辛抱強く接していてくれていたか、そして、その状況に気づくことなく勤務生活を過ごしていたかが、身に染みてわかりました。その感謝は、もはや形にすることもできません。周囲の状況を良く自覚する機会に恵まれた今、復帰がかなえば、それを糧とし、より良い形で職場に貢献できると考えております。・・・以下省略

 

 Kさんの正直さや、誠実さがにじみ出た文章だと思います。

 

 しかし、この宣誓書を出した直後から、ヒステリー症状(心理的ストレスが身体症状として現れる)が出現します。「胸がキリキリと痛む。寝ている間は痛くないけど、目覚めるとともに痛みを意識する。30分間くらい号令をかけないと動けない。人に会いたくないし、電車にも乗れない。ここまで生活全般の活力が失われているのに冷静です。仕事に行きたいと思っているのに。寝る時間、おきる時間はずれないで、きちんとしている」と。

<頭ではいかなきゃと思っても体が拒絶する。予期不安(解雇されるのではないかという)が強いのかもしれません。1日でも出勤できれば、2日目、3日目と楽になっていくと思います>と。

「確かに、今までのうつとは違います」と。

 

平成23年2月、

「痛みは治まりました。4日に話し合いで、3月いっぱいまでの雇用が確保されてから、スーッと軽くなった。ひさしぶりに職場に出て怒りがワーッと出てきて、痛みが治まった。通常の感覚を取り戻しつつある」と。

 

平成23年3月、(東日本大震災があった月)

「適応にかなりのエネルギーを費やされます。余震もあるので、夜は服を着たまま寝ています。風呂に入っていて地震が来たら心配なので、風呂には入りません。・・・人事の人に呼び出されて、仕事が3割もできていないと言われた。産業医には、あと10日あるから3倍に上げろと言われた」と。

 

平成23年4月

 新年度からは、常勤としては退職。非常勤雇用(1年更新で3年間)となった。それに伴って、仕事に対する動機づけが下がったのか、再び仕事を休みがちとなった。

 

 Kさんと話し合って、<非常勤雇用の今後3年間は、一人暮らしの日常生活において、余分のエネルギーを消耗しないために、生活の簡素化を工夫していこう>という目標を立てましたが、現実は厳しく、3歩前進3歩後退の繰り返しでした。

 

平成23年5月~12月、

「お天気に左右されて困った。気圧が低いと体が重くなる。職場が節電でクーラーをつけないので、休んでいる。あの場所に居続けることはできない。自分を守るために職場にはいかない」「台風の影響で家から出られない。体が濡れるのが嫌。お風呂も嫌で気持ちよくない」と。

「一時のように、テレビやネットにジャブジャブ入ることがなくなった。本道に戻れなくなることがある、特に優先順位が付けられない私は、自分のやることに関して、いつまでにやってくれと言われないとダメ。期限が緩いと、どうしていいかわからなくなる」と。

「私の癖の、原因は何かと考えるようなことを止めてみた。仕事には行けないんですが、自分の生活の管理を優先することにした。カバンの中の整頓、先を見て行動する、財布にいくら入っているか見て行動する、自分の生活を自分で手綱を取っているという感覚がある」と。

「普通の人は、察することが出来るものなのだろうけど、私は言葉にしてくれないと、見ても見えていない。仕事以外のことの、生活のしづらさを一つ一つ改善するのが今の仕事です」と。

「自分の不適応を、1/3は障害として、1/3は相手にわかってもらう、1/3は話し合いとする。自分は白黒でないと気が済まないけど」と。

「身の回りが整頓されてきた(使いやすいような片付け)。耳栓とアイマスクをつけたら熟眠度が全然違う。音が入ってきて頭が混乱させられることがある。スケジュールも、先を見据えることで、見えるようにしておくことで、あれもやらなきゃ、これもやらなきゃということから逃れられる」と。

 

平成24年1月~12月、

「時間的制約がなければ、気持ちは楽でした。一日の時間表をこしらえて、今日試してみた。作業をいったんよそにおいておくということをすると、もうよそに行ってしまって戻れなくなる。他人がそれにかかわってくると、もうダメ」。

「あなたの話は要領を得ていない、とよく言われる。相手がどこを聞きたいのか読めないので、説明過剰になってしまうのかもしれない」と。

「二つのことは同時進行できないのに、何か一つ気になると、そっちに気が行って、本筋に戻れないので、次々とやりかけの仕事が増えていく。プロセスをすっ飛ばして、直結ゴールに向かおうとする。趣味で買った本に過集中にさせられた。調べれば調べるほど追っかけて気が逸れる。パソコンの前に座ると、3~4時間座ってしまう。寝付き悪いし、睡眠もあまりいいとは言えない」と。

「体感温度の調節ができない。着れば暑いし、脱げば寒い。・・・職場で髭をちゃんと剃ってないこと、ふろに入らないで匂いがあったので、『気持ち悪くないのか』と指摘された。実は、月に1回しか風呂に入らない。風呂にはいれと父母に言われ、それから逃れるために家を出たくらい。水が顔にかかるのも嫌。・・・昨日風呂に入って、3年分ぐらいの洗濯をした。3時までかかって、エネルギーを使い果たしてしまったので、今日は仕事に行けなかった」と。

 

 平成23年4月~平成26年3月の3年間、規則正しい生活習慣の確立、生活の簡素化、生活と仕事の両立、などを目標として頑張ったのですが、思い通りの成果は得られず、平成26年3月をもって退職になりました。この間に、苦労に苦労を重ねて、障害年金の受給手続きを完了されました。

 

 次回は、Kさんに対する薬物療法の内容と、平成29年3月までの治療経過についてお話します。