Kさん、診断名:自閉症スペクトラム障害(アスペルガー症候群・ADHD)、うつ病、過敏性腸症候群、睡眠時無呼吸症候群

 

 Kさんは、平成22年から約7年間、私のクリニックに通院していました。2週間に1回、火曜日の夕方、最後に診察する患者さんでした。

 “おとなの発達障害”についての理解を深めるためには、当事者の言葉で、その体験を聞かせてもらうことが大きな助けになります。自分の体験を次々と語ってくれたKさんの言葉は、私も大変勉強になりました。

 

平成22年4月、当クリニック初診。

(生育歴)

 Kさんは、「両親はグルになっていて、家族に味方はいません」と、家族に対して被害的な感情を抱いていたため、第三者(両親など)を介して、発育歴を聴取することができませんでした。

 本人の話では、「小さい時のことはあまり覚えておりません。片付けは苦手で、母には、ガミガミガミガミ言われ続けました。本が好きで、小・中学生になってからも、友達とは遊ばないで、自宅で過ごすことが多かった。成績は良かったので、いじめられることはありませんでした。体育の授業はとくに嫌いだったので、休んだこともありました。高校・大学では、読書サークルに所属していましたが、顔は出しませんでした」という。

 

(経過)

 平成2年(23歳)、私立大学法学部卒。○○大学図書館でアルバイトをしながら、図書館司書の資格をとり、2年かけて公務員試験に合格。平成5年、○○大学図書館の正職員に採用された。通勤の負担を軽くするため一人住まいを始めた。本人曰く、「3年間は、馬車馬のようにこき使われまして、帰宅が22時、23時が当たり前でした」という。

 平成8年、体調不良、思考・集中力が低下し、遅刻・欠勤が頻繁になったので、職場の保健管理センターを受診。うつ病と診断され、カウンセリングと投薬を受けるようになった。その後10数年間で、産業医が3回交代した。また、「大学が独立行政法人化された後、家庭的な雰囲気からビジネスライクなつきあいに変わったことが残念でした」と。当時の産業医の評価は、『3~4か月間の休職のあと復職するも、2か月足らずで再発(うつ状態)して休職、というパターンを繰り返した』となっている。

 平成19年、産業医から「産業医と外来主治医を別にしたらどうか」と勧められて、職場近くの△△クリニックに転医。その後も、同様の休職・復職パターンを繰り返した。『悪化時には、怠薬、寝たきりの生活、体重増加が顕著。薬物に対する反応はいいのですが、なかなか良い状態が続きません。多少、疾病利得的なところもあり、安易に欠勤するパターンになっている』と主治医の評価。

 平成22年、通院していた△△クリニックが突然閉院になったため、当クリニックに転院。紹介状に記載されていた診断名は、

 #1うつ病、#2睡眠覚醒リズムの障害、#3強迫的傾向、#4アスペルガー症候群の疑い、#5職場への適応障害、#6睡眠時無呼吸症候群、となっていた。

 

(初診時の様子)

 主訴は、「疲れやすいこと。熟眠感がなかなか得られない事。2~3回寝直さないといけない。仕事は1か月の半分くらいしか行けてない。土日はまったく外には出られないし、外からの刺激が入らないようにしている。1週間分の買い物と、2週間分の洗濯をしたら、次の日は全く動けない。産業医は、どんなにつらくても適応しろ、としか言わなかった。・・・鍵をガチャガチャやって、隣の住人と喧嘩になったことがあります。・・・」「両親とは全く行き来してない、自分がこんなに具合が悪いということを、まったく理解していない。40歳過ぎて結婚しろとか、なんで金を入れないとか、常識的な要求ばかりしてくる」といった訴えでした。

 こちらからの話には真剣に耳を傾け、一字一句を書き留めようとする手帳には細かい文字で、何かがびっしりと書き込まれている。こちらからの質問に対しては、話があっちこっちに及んで回りくどく、話が止まらないので、結局は制止して次に移らざるを得ない。<お薬手帳はお持ちですか>と訊くと、「持っております」といって、大きく膨らんだカバンから取り出そうとするが、なかなか出てこない。カバンの中には何種類ものファイルが入っている。5分くらい待ったが結局見つからず。<次回でかまいませんから>と伝えた。この時点で診察を始めてから100分以上経過していたので、<だいぶお疲れのようですから(私も一緒になって疲れていた)、今日のところは、お薬の説明だけにして、治療方針については次回お話しすることにします。最後に一つお訊きしますが、ご自分の病名が何であるかを聞いたことがありますか>と訊くと、「うつ病だと聞いております」と。<△△先生の紹介状には、一番にうつ病が書いてあって、もう一つアスペルガー症候群の疑い、というのが書いてあるのですが、そのことについて何か聞かれたことがありますか。産業医の先生からでも、なにか聞いたことなかったですか?>と訊くと、「これまで一度も聞いたことはございません。それは何でしょうか?」と。<わかりました。次回そのことについても詳しく説明いたしますから>と締めくくった。このあと、お薬の説明には30分くらい要した。この日診察が終わると、21:00を過ぎていた、普通初診の患者さんを診察するのに、90分くらいを予定しているけれど、2倍の180分を要していた。さらに、前医の紹介状があったにもかかわらず、普段行っている初診時の情報収集と病状説明を半分もこなすことが出来なかった。

 

(初診を終えての感想)

 その日、診察を終えた直後の感想は、<これまで14年間、うつ病の治療経過の中で、アスペルガー症候群の傾向について、本人に知らされることが本当になかったのだろうか>ということでした。しかし、平成22年(2010)当時は、Kさんの『細部へのこだわり、変化への抵抗感、強迫傾向』などを捉えて、<あなたには、うつ病のほかに発達障害があります>と、断言できる精神科医(成人だけを診ている)は、私も含めて少なかったのだと思う。あるいは、そういう説明をすることによる、Kさんの反応を恐れたのかもしれない。

初診時、Kさんの立ち居振る舞いや、話し方の特徴、思考の流れなどを見ると、うつ病に加えて、自閉症スペクトラム障害(アスペルガー症候群やADHD)が併存していることは歴然としていました。そのことを裏付けるように、その後の診察でKさんは、発達障害に由来すると思われる生きづらさを大いに語ってくれました。

                                                                             次回に続く。