患者さんから受ける質問で、いつも困らせられるものの一つに、「先生、私の病気の原因は、何なんですか?」というのがあります。この質問の裏には、「原因が分れば病気は良くなる、原因が分からなければ病気は良くならない」、という思い込みがあります。それに対する私の答えは?

 

 残念ながら、病気の原因は不明です。精神障害に限らず、内科の病気でも、原因がわかって治療できるものはほとんどありません。ごく一部、感染症(ウイルス、細菌がその原因と言える)や骨折などは、原因がわかっているといえるかもしれませんが、その他の病気のほとんどは対症療法なんです。辛い症状を軽減しながら、自然に治るのを待っているものがほとんどです。

 精神障害においては、これが原因だ、と分かっている病気は全くありません。けれども、精神科治療も進歩していて、現在の症状を軽くする手立ては増えてきています(その効果も上がっている)。その手立てというのが、種々の薬、種々の精神療法、種々の運動療法をはじめ、その他いろいろあります。原因がわからなくても、症状を和らげるための治療はできます。

 精神科治療では、今現在、どんな治療法が効果的か、どの治療法の組み合わせが適当か、と考えていきます。小さなことでも、これがいいなと思うことを(医者も患者も)根気強く続けていると、気がついてみると、「前に比べるとずいぶん病気は良くなってるな」と感じる時が来ます。そういう治り方が自然なんです。一刻も早く原因を究明して、それを叩かなければならない、というやり方は成り立ちません。もしそれをやると、ますます泥沼にはまって、消耗してしまうことが多いし、治るものも治りません。

 

 よく似た内容の質問に、

 

 「先生、テレビで見たんですけど、私のうつ病の原因は脳のセロトニン不足だったんですね。セロトニンて、なんなんですか。どうすれば治るんですか・・・。」

注:ここでいう“セロトニン不足”は、脳内のセロトニンニューロンの働きの不具合、という意味であって、単にセロトニンの量の絶対的な不足ということではありません。

 

 セロトニン(受容体)にも、いろいろなタイプがあって、体の至る所にあります。脳の中にあるセロトニンは、いろいろな精神活動に関与していて、その働きが悪くなると、いろいろな精神的変調や体調不良をきたすということが分かっています。でも、うつ病におけるセロトニン不足は、原因ではなく結果なんです。セロトニン不足がどうして起こっているのか、残念ながらよく分かっていません。しかし、セロトニン不足を放っておくと、症状はさらに悪化していくので、その対応策として、セロトニン不足を薬で補ったり、ちゃんとした睡眠と食事を取り戻したり、適度な運動をしたりします。心や体に良いと思うことを続けていると、原因は分からなくても、うつ病は治っていきます。反対に、心や体に悪いことを続けていると、うつ病は治りません。

 また、仏教的な見方をすれば。セロトニン不足は、一つの結果であるけれども、そのまま放っておくと、その結果が新たな悪い原因となって、別の悪い結果を生み出し、その結果がまた新たな悪い原因となって、また新たな悪い結果を生み出す・・・。こういった、悪循環を断つことが大事なんです。その悪循環をとりあえず断ち切って、新たな好循環を生むような手立てを行うのが治療なんです。原因は分からなくとも、今現在、目の前に見えている悪い結果をとりあえず断って、それが悪い原因にならないようにすることが大切なんです。過去の原因を引っ張り出してきてみても、現在では使い物にならなくて、治療の役に立たないものが多いんです。

 

 

補足:通院している患者さんに、毎回の診察で必ず質問するのは、2週間ぶりですが、(症状の)どこがよくなっていますか何がよかったから、そうなったんでしょうかです。患者さんの多くは、真っ先に具合の悪い症状を訴えようとして、良くなっていることが意識できていません。「病院では具合の悪い症状のことだけを話すものだ」、と思い込んでいる患者さんが多い。しかしながら、症状改善の要因を確認して、その要因による好循環を持続することも大切なんです。たとえ、「変わりません。どこもよくなっていません」と返ってきても、肩こりや頭痛はどうなりましたか(様子から分かるので)と訊くと、「そういえば、なくなっているかもしれません」とくれば、肩こり頭痛がなくなるのに、何がよかったんだと思いますか、「さあー?」、メイラックスが効いて、睡眠時間が延びたからだと思いますよと返します。その後で、辛くてお困りのこと、何かありますか?という話になるんです。これが、おじいちゃん流のやり方です。こういったやり取りを、毎回の診察で繰り返すことが、“認知行動療法的な面接”だと思うのですが。