Mさん(男)37歳、通院歴11年 診断名:対人恐怖、身体表現性障害
Mさん、かつては何度もアルバイトに挑戦したけれど、きまって、同僚の店員(お客さんではなく)に対しての緊張と怒りから、体調不良をきたし続けることができなかった。ここ数年は就労活動を回避している。また、数年前、自立支援医療の更新手続の際、ちょっとした手違いを横柄な態度で指摘した市役所職員に対して、恐怖と怒りをつよく感じてからは、毎年の更新手続きがギリギリになるまでできなくなった(ギリギリのところでは恐怖突入するが)、というエピソードもある。その市役所職員が“コマッタ人”であることは、後から分かった。
平成30年11月○日、Mさんが来院したときの会話です。
普段のMさんの言葉遣いは丁寧で優しく、他者配慮も行き届き、人と口争いをすることなど考えられない。
Mさん:「先生には話さなかったけれど、4月にドラックストアで、警察沙汰になったんです。私が商品を見ていたら、若者が僕の周りをウロウロしていて、こっちを見ていたので、何ですか、と声をかけた。そしたら、その人が急に騒ぎ出し、何を言ってるのかわからなくて。そしたら、警察を呼んだんですよ。おそらく私が見ている場所で、ものを見たかったんだと思うけど。・・・事情聴取では、警察もその人のことをおかしいと思ったみたいで、私には何も言わず、『とにかく帰ってくれないか』と言われた」と。
おじいちゃん先生:しばし間をおいて、<Mさんは街中で、歩きスマホに出会ったら、このままぶつかってやろうか、と思うタイプでしょ。私も帰宅途中、高校生の“歩きスマホ”に通せんぼされて、このままぶつかってやろうか、といつも思ってますよ。ぶつかってやったことはありませんけどね。こういうのを、“意地っ張りの負け惜しみ根性”というんです。不道徳な輩を見かけると許せなくて、いつまでもそれが頭から離れないとか・・・>と返した。
Mさん:「そうなんですよ」とは言わなかったけれど、ニコニコしながらちょっと気まずそうで、ちょっと安心したような顔には、そう書いてあった。
おじいちゃん先生:<ドラックストアの時も、その“意地っ張りの負け惜しみ根性”が顔を出してなかった?怪しげな人だとわかっていたなら、その場所を譲ってあげればいいぢゃない。最近の私は、修行(手動瞑想の動作をしながら)の成果なのか、歩きスマホに出会ったら、腹が立ってるなとすぐに気づけるので、パッと高校生の集団を避けて、晩飯食ったら何しようか、と切り替えられてますよ。腹は立ってもいいんです。早く離れればいいんです。腹が立たなくなればもっといいんでしょうし、そうなりたいけど、私もまだまだ修行が足らないようです>と伝えた。
Mさん:「そうなんですね。ドラックストアでのことは、後から考えればバカみたいなことだとわかるんですけどねえ。私もこれから毎日、これを(手動瞑想を)やるようにします」といって、微かに笑った。
“意地っ張りの負け惜しみ根性”というのは、かの森田(1953)が指摘した心理特性で、
対人恐怖の患者さんのみならず、対人恐怖傾向のある人(私も含めて)にはしばしば見られるものです。かつて、「仕事の帰りに(歩道で)いつもすれ違う、自転車に乗ったおばさんがいて、ムカついてしょうがない。昨日は、避けたら負けだと考えていたら、ぶつかってきて、危ないわね、と言われた。ぶん殴ってやろうかと思ったけれど・・・」というエピソードを語ってくれた患者さんもいた。その時に、<“意地っ張りの負け惜しみ根性”で怒りがおさまらない時に、私が思い出すようにしている仏陀の言葉に、こんなのがあるんですよ>と言って紹介したお経です。
◎ いずれか勝者なる-瞋恚(怒り)
ありとあらゆる悪罵をあびせかけられた仏陀が、平静を保ち、沈黙をつづけた後に、その沈黙の意味を語った一節です。
「悪語と雑言を並べたてて
愚かなるものは勝てりという。
されど、まことの勝利は、
よく堪忍を知る者のものである。
怒れるものにいかりかえすは、
悪しきことと知らねばならぬ。
怒れるものに怒り返さぬ者は、
二つの勝利を得るのである。
他人のいかれるを知りて、
正念におのれを鎮める者は、
よくおのれに勝つとともに、
また他人に勝てるのである。」
増谷文雄著 仏教百話より
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