対人恐怖症(社交不安障害)の患者さんの治療を行う場合、私が意識している診断分類は、笠原他(1972)が病気の重さという観点から4段階に分類したものです。

 

①    平均者(健常者)の青春期という発達段階において一時的に見られるもの。

②    純粋に恐怖段階にとどまるもの

③    関係妄想性をはじめから帯びているもの(重症対人恐怖症)。

④    前統合失調症状として、ないしは統合失調症の回復期の症状としてみられるもの。

 

 前回は②についてお話しましたが、今回は③についてお話します。この段階の対人恐怖は、“対人恐怖定型例”、“確信型対人恐怖”、とも呼ばれています。DSM-5の診断分類では、妄想性障害の身体型、あるいは醜形恐怖症状/身体醜形障害に分類されるそうです。ややこしくて、おじいちゃん先生にはよくわからない分類になっているみたいです(わからなくてもちゃんと治療はできます)。

 

Dさん(28歳)診断名:重症対人恐怖症(確信型対人恐怖)

 父親の仕事の関係で、3歳から小学校5年まではフランスで暮らした。「日本に戻ってから、日本的な考えに慣れるまでに時間がかかったけれど、いじめられたことはなかったし、中学、高校と対人緊張を強く意識したことはなかった」という。

 平成21年(19歳)「予備校の自習室で隣に座っている人の音が気になり、それを意識しだすと止まらなくなった」。さらに、自分のつばを飲み込む音が気になり出したので、図書館には行けなくなり自宅で勉強していた。大学に入学してからは、「通学途中に緊張して下を向いてるのに、近くの人が『あの人見てる』と聞こえてくる。緊張してこわばった顔を見て笑っている・・・」という症状のために教室に入ることができなくなった。平成22年6月、学生相談室に相談したところ、○○市民病院を紹介された。

 平成22年6月、○○市民病院初診。そこでは統合失調症と診断され、ドグマチール(50)2錠、ルーラン(4)3錠、ワイパックス(0.5)1錠、が処方された。「薬はけっこう効いた」という。その後、両親と同居するため転居。それに合わせて、通院の便のいい当クリニックが紹介された。

 平成24年12月、当クリニック初診時、「今は(大学3年)公務員試験のための予備校にも通っています。僕の場合は、自分が見ていると思われるのがイヤ。『見ている』と聞こえてくるように感じる。予備校では、黒板を見るとき、隣の人にそう思われないように、こうやって(手で自分の視線を遮って)見るようにしている。今飲んでる薬は、ルーラン(4)2錠、ドグマチール(50)1錠だけです。自分で減らしていたけれど症状は変わらない。薬はこれ以上増やしたくない」と。本人の希望を受け入れて、処方内容は変更しなかった。基本症状に大きな変化はなかったが、「講義中に隣の人が何か自分のことを言ってるような気がして怖くなった。ボールペンのカチッという音が舌打ちに聞こえちゃう。2回目はボールペンだとわかった。けれど、もしかしてという気持ちはある」といった内容の訴えは続いた。

 平成26年5月、「市役所で働くことになりました。仕事のことで頭がいっぱいで、怖がる余裕がなかった。薬を1週間忘れたけど問題ないので、もう大丈夫だと思い、この2週間は薬を飲んでいない」と。<こんな大切な時期に、薬をやめるというリスクを取っちゃいけない。薬を止めた影響が出るのは、早くて2~3週間後、遅ければ3~6か月後ということもある>と伝え、服薬を続けることを勧めた。

 平成26年12月、「つい最近、また症状が出た。自分の席の真ん前の人の視線が気になって仕事が手につかないので、上司に言って衝立を作ってもらった」と。

 平成27年4月、「図書館に異動になった。最近は目をつぶる、瞬きの時間が長くなった。職場の同期生4人で食事をしていた時、一人の女性を泣かせちゃった。僕が視線を合わせないようにしていたせいだと思う『遠目で見ている』と聞こえてきた。一般のお客さんからも目をそらしちゃう。僕の視線が入らないように、という意識が強くなっている」と。この頃より、関係念慮(関係妄想)が強くなったので、ドグマチール(50)2錠に増量し、やや落ち着きを取り戻した。

 平成28年9月、「目をシバシバさせるとか(自分が見ているのを悟らせないように)、癖になってる」「電車内で隣の男性が舌打ちしてて、自分のこと言ってるんじゃないか。最後まで見ていて自分のことではないと確かめられたけど・・・」といった訴え。この頃よりDさんは、「薬をやめて自分で治したい・・・」という思いが強くなり、本を読んだり、インターネットを調べたりするようになった(おそらく怠薬傾向もあったかもしれない)。

 平成29年5月、「僕の思い込みじゃない部分があることが最近分かった。お客さんの方が脇見しちゃうことがあったし、明らかに僕の話をしている会話が聞こえてくる。僕は確信している。今の僕には、森田療法がいちばんしっくりくる。その手の本を読んで落ち着いた(といって見せてくれた)。催眠療法なんかは僕にどうでしょうか」といい、関係妄想は悪化していた。<薬はちゃんと飲んでくださいね>と何度も繰り返し伝えた。

 平成29年8月、「自分でネット検索していて、ルボックス、ジプレキサ、エビリファイなんかで、僕のような症状が良くなったのを見た。僕も飲んでみたい」というのだ。これまでずっと、「薬は増やしたくない、薬をやめて自分で治したい」といってたけれど、インターネットの影響力は凄い!<私は大賛成です。今飲んでるルーランは、ジプレキサやエビリファイに相当する薬(非定型抗精神病薬)なので、ルボックス(=デプロメール)を追加するのがよいと思う。この薬は社交不安障害の治療にもよく使われます。この薬を飲んで2週間ぐらいすると、苦手な場面に突入しても怖いという反応が起こりにくくなりますから、是非チャレンジしてみてください>と伝えて、ルボックス(50)2錠を追加投与した。

 平成29年10月、これまで見たこともないような明るい表情で診察室に入ってきた。いつもの、目をシバシバさせながら視線をそらす動作もない。「3月頃から調子が悪くて、治す努力をしていた(本を読んだり、ネット検索したり、自己流マインドフルネスをやったり)。・・・先週、苦手な人(泣かせた女性)に自分の病気のことも少し話した上で聞いてみたら、『気にしてないわよ』といわれた。それを聞いてから調子が良くなった」というのだ。ルボックスの抗不安・抗恐怖作用、抗うつ作用の助けを借りて、 “泣かせた彼女”に直接訊いてみるという恐怖突入をはたせた。その結果、『気にしていない』といわれ、これまでの関係妄想が一気に吹き飛んだ。自分で確かめてみて妄想が修正されるということは、対人恐怖ではときどき見かけます。統合失調症ではそうはいきませんし、そうなったら統合失調症ではないとも言えます。

 平成29年11月、「調子よかった。実家に帰った時、姉と緊張しないで話せた。自分が相手を意識しちゃうと、相手も自分のことを意識していると強く確信しちゃう。徐々に良くなってると思う。彼女に対する罪責感が3月より良くなっている」と。

 平成30年1月、「ちょっとずつ改善していると思う。正月に弟と出かけた時に、僕が怖がっているときに変な様子がなかったかを訊いて、(変ではないと)確かめて気持ちが楽になった」「正月に親戚に会いに行った。もともと僕は人懐っこい方だったけど、久しぶりに素の自分を出せて、後からラインで『楽しかった』と言われて、うれしかった」「職場でも、自分が調子よくなると、自分がこれまで気が付かなかったことが見えてくる。僕が普通にしていると、(自分が不自然なのではなくて)周りが僕に気を使っていて不自然に見えてくる。自然に話せるようなことが多くなっていると思う」「今クスリをやめようという気はないもっと良くなってから・・・」と。

 平成30年4月「調子がいい状態が続いている。人も気にならず、症状のことも考えない。症状の対策をすることをやめている。電車で隣の iPhoneが視野に入っているくらいで、自分のスマホに集中できていた」と。<今は薬の力を借りて恐怖突入しQOLの向上を優先するのがよい>と指示。

 平成30年6月、「苦手な人が異動した。電車の中で自分の好きなことができる。周りを怖がることがなくなったのは前と変わった」と。

 平成30年9月、「人を怖がってしまうことはあってもそんなに激しくはない。自分の食べたいものに正直になった。椅子がなくなって不便になったら椅子を買う。自分のやりたいことをやるのは良くないという観念があった。自分の欲に正直になったのかも。実家はお金の方はケチ。お金を使わずに貯金していた。何もかも貯める癖があった」と。

 平成30年10月、「今日電車で来る時も、全然気にならなかった。最近変わったことは、やりたいことを実践する。ゲームでチームに入るようになった。カードゲームを人と会って対戦するようになった。大会にも2回出た。視線も怖がるほどではなくなった」と。次々とこれまでにはなかった対人場面への恐怖突入を果たしている。現在の処方内容、[ ルボックス(50)2錠、ルーラン(8)1錠、ドグマチール(100)1錠 ]。

 

 Dさんが紹介されてきた時は、統合失調症と診断されていました。しかし、彼の場合は、自分の方が周囲に対して不快感を与え迷惑をかけているという、加害的な自己関係づけが特徴です。統合失調症の特徴である、もっぱら周囲から批判され非難を受けるという被害的な自己関係づけではありません。また、対人場面に限って、周囲の人の何気ないしぐさや言葉を、自分の視線と関連づけて確信しているので、一般の恐怖症や強迫神経症とも明確に区別できました(神経症=不安障害)。さらに、Dさんの目線のおき方、態度、話しぶりには、重症対人恐怖症の患者さん特有のものでした。

 

 重症対人恐怖症では、薬物療法は必須です。薬物療法抜きにして、認知行動療法などの精神療法だけで治療することは考えられません。その理由は、重症対人恐怖症には薬物療法がとても有効であると同時に、統合失調症への発展を予防する必要があります。統合失調症が疑われる場合、いち早く薬物療法を始めるというのが精神科医の常識です。早い段階で薬物療法を開始したおかげで、Dさんは大学を卒業して就職にこぎつけ、現在の適応レベルを得ることができたのだと思います。そして何より、Dさんには「自分の病気を自分で治したい」という強い意思があったから、幸運(良き縁)をつかみ取ることができたのだと思います。精神科治療の機会を得られずに現実逃避し、引きこもりの生活を余儀なくされているケースは多々あります。

 

 重症対人恐怖症の薬物療法においては、SSRI(デプロメール、ジェイゾロフトなど)+非定型抗精神病薬(ルーランなど)+恐怖突入用の抗不安薬(ソラナックスなど)といった三種類を併用するのが、私のお決まりのパターンです。Dさんがネットで得た情報も、同じようなことが書いてあったのではないかと推測しています。

 対人恐怖(①~④)全般にわたる薬物療法と精神療法については、後日改めて詳しくお話したいと思います。

 

補足:おじいちゃん先生は、最近は使われなくなった“神経症”という言葉をつい使ってしまいます。今は、“不安障害”という用語が主流で、一般の人にも馴染みの深いものとなっています。このブログでは、“神経症”と“不安障害”は同じ意味で使っています。強迫神経症と強迫性障害は同じです。不安神経症と不安障害は同じではなく、不安障害というと、パニック障害、強迫性障害、社交不安障害などすべてを含みます。