対人恐怖症(社交不安障害)の患者さんの治療を行う場合、私が意識している診断分類は、笠原他(1972)が病気の重さという観点から4段階に分類したものです。

 

①    平均者(健常者)の青春期という発達段階において一時的に見られるもの。

②    純粋に恐怖段階にとどまるもの

③    関係妄想性をはじめから帯びているもの。

④    前統合失調症状として、ないしは統合失調症の回復期の症状としてみられるもの。

 

 前回は①についてお話しましたが、今回は②についてお話します。この段階の対人恐怖は、“対人恐怖軽症例”、“緊張型対人恐怖”、とも呼ばれています。DSM-5の“社交不安障害”というと、だいたいこの②の段階のことを意味します。

 

M子さん(56歳)初診日:平成15年(現在通院中)、診断名:対人恐怖(会議恐怖)、PMDD

 「もともと人と話すとき緊張しやすいとは感じていた。小学生の頃よりあがり症で、21歳の時の入社試験の時、ほかの人を見て、みんなこんなに堂々と話ができるんだなと思った」と。中学高校では、友人関係で悩んだことはなく、積極的に誘ったり、誘われたりしていた」といいます。

 夫は単身赴任が多く、一人で子供たちの面倒を見るようになった。発達障害の娘が普通の幼稚園に入ったころより、他者への気遣いがいっそう強くなり、「今までのように他のお母さんと対等に付き合えない、迷惑をかけてしまう」などと強く意識するようになった。

 最近になって、娘の心障学級のPTAの集まりで、人前で話す機会が増えるにつれて「人と目を合わせるのが辛い、長時間いると酷く疲れる」という症状が強くなってきた。「インターネットで自分ことを調べて、チェックリストでテストしたら、これは間違いなく『正視恐怖』と出たので、受診してみようと思った。これまでは、何か自分の力で治そうとしてきたけどダメ、このクリニックに電話したら楽になった」という。

 平成15年6月、初診時、「人と目を合わせるのが辛い。長時間いるととても疲れる。1週間前の保護者会あとのランチでは、頭痛が酷くなって、自宅で娘の目も見れなくなった。それまでは、家族は大丈夫だったのに。最近は、セールスのおばちゃんの顔も、すごい嫌な顔を自分がしているのじゃないかと思うとみることができず、しんどい。保護者会がある時は、1週間前から不安で不安でダメ。ランチを食べていても、手が震えてきて、話題が切れなけばいいけど、雑談がだめ」と。

 日常生活全般にわたる不安と軽うつ症状にたいして、メイラックス(1)1錠、苦手な対人場面への恐怖突入用として、ソラナックス(0.4)1錠、を処方。

 平成15年7月、「これまであった胃の痛みが取れて、飲んでると安心感がある。お店の人と長話ができるようになった。それまで目に集中しちゃうのが、自然に話の方に向けるようになった。授業参観の時はソラナックスを飲んでいった。緊張はしていたと思うけど、自然に話せた」と。速やかに軽快。メイラックスの眠気があるので、メイラックス(1)0.5錠に減量。

 その後、メイラックスは中止し。恐怖突入用のソラナックスのみとなっていた。

 平成15年9月、「メイラックスを飲んでいた時は穏やかな感じだった。生理前(1週間)になると、娘にかなり強く当たってしまい、後から後悔する・・・」という訴えがあり、<生理期間中だけ、メイラックス(1)0.5錠~1錠を服用すること>にした。

 平成15年10月、「対人関係は改善されてきた。父母会で、自分が言いたいことがいっぱいあっても、発言しようとすると動悸がひどくなる。発言をいっぱいする親ほど子供のことを真剣に考えていると思う。発言できない自分は劣っている・・・」と。<そうかなあ、ベラベラと自分の子供のことばかり話す親は、自己中心的なんじゃないの。何も発言しないで黙って聞いている親がいることに気づいてください。そう言う親は何を考えていると思う?>と伝えた。

 平成15年11月、「すごく順調。発言するときは気持ちがいい。でも、先生がおっしゃった、格好いいことは言わなくていい、という言葉が浮かんだ」と。<メイラックスとソラナックスを両方飲んでいるときは(抑制が取れて)、あなたの強気の性格が表に出ているのかもしれない。でもそれがあとからの後悔(言い過ぎたかな)や弱気につながり、ギャップが出ちゃうんです。強気の時も弱気の時も、周りや自分をよく観察して、~であがってるんだ、~を気にしてるんだ、~というふうに考えているんだ、と気づけるようになるとよい>と伝えた。

 平成15年12月、対人恐怖の症状よりも、PMDD(月経前気分不快症候群)が問題化。デプロメール(25)2錠処方したが、吐き気の副作用のために中止。

 その後しばらくは、恐怖突入用のソラナックスのみでフォローできていた。

 平成16年10月、「イベントがなければ、薬は2週間のまないこともある。組合の教育委員会の自己紹介では、手が震えた。役員だから言わなきゃいけない、と思うことが言いつくせなかったとき、相手に十分に反論できなかったときなど、その後の落ち込み(いつまでもグルグル考え)が辛い。だから、言い尽くせないという状況になると、ものすごく緊張して、頭が真っ白になる。<むしろ、言い尽くせないものはある、ということを受け入れることができれば緊張度は下がる。うつになったらメイラックス飲めばいいやとか。・・・そこを突破するための頓服薬はソラナックス1錠だけにすること。2錠飲むことはやめてください>と伝えた。

 平成17年4月<あいかわらず、ソラナックスとメイラックスをつかって、強気と弱気の間を行ったり来たり。両方の(強気と弱気の)自分を受け入れることができていない>と示唆してみた。

 平成17年7月、「順調です。ソラナックスで自信がないとき、メイラックスをプラスします。買い物などで、くすりを飲んでないと、会って赤面したりドキドキすることがある。反面、ソラナックスを飲んでいて、言い過ぎたかなと思い、後で後悔することもある」と。<そこそこの不安の時は、まあこんなものかなと、不安をやり過ごす、例の呼吸法をやっていればそのうち通り過ぎていきますから>と伝えた。

 平成18年4月、「いいときと悪いときがある。NPOの総会で、自分が主導権が取れるときはあがらないけど・・・一対一の時より、数人の集まりの方が緊張する」という。・・・<近所の人に会った時、挨拶だけでなく、お天気のことや、相手のご機嫌伺などしなきゃいけないと思ってるでしょ。会釈だけで十分ですよ>と。このころLSAS-J (対人恐怖臨床症状評価尺度)をやってもらったところ、64点で中等度でした。

 

 M子さんは、はじめの2年間は定期的に通院していたが、最近は、2~3か月に1回「薬だけお願いします」といって来院し、メイラックス30錠ないしはソラナックス30錠を持って帰る。そして、この15年間、抗不安薬の使用量は変わらない。会議恐怖に対する自分なりの治療法が確立されているので、「薬さえあれば、“おじいちゃん先生”の余計なお世話は必要ない」と思っているのかもしれない。本人は気づいていないけれど、診察場面での緊張感を回避しているのかもしれない(ザックバランな“おじいちゃん先生”なのに?)。それとも、診察のたびに<薬もっと減らせるんじゃないの。試しに薬なしで突入してみたら>などと口うるさいことが、煙たがられているのかもしれない。「診察なしに薬だけもらった方が安上がりだ」と思っているのかもしれない。まあ、いろいろ考えられますが、いずれにしても、自分で問題解決していけるということは素晴らしいことなんです。

 この症例は、“会議恐怖”(人前で何かを発表したり、意見を言うなど)といわれ、中年の男性サラリーマンに多いと言われています。私のクリニックにも、管理職の男性の会議恐怖の患者さんが何人かいます。会議恐怖は、会議以外の場面では何ら問題なく適応していることが多い。彼らは、社会経験が豊富で性格的にも成熟しているので、問題解決のために自分なりの工夫ができて改善意欲も高い。彼女の場合も、子育て、学校役員、主婦、近所付き合いなどを、中等度の不安や緊張は伴うものの、人一倍精力的にこなしている。