対人恐怖(社交不安障害)の患者さんの治療を行う場合、私が意識している診断分類は、笠原他(1972)が、病気の重さという観点から4段階に分類したものです。
① 平均者(健常者)の青春期という発達段階において一時的に見られるもの。
② 純粋に恐怖段階にとどまるもの。
③ 関係妄想性をはじめから帯びているもの。
④ 前統合失調症状として、ないしは統合失調症の回復期の症状としてみられるもの。
今回は、①についてお話します。
Tさん 22歳 男性
「小学校低学年の頃までは人懐っこくおしゃべりで、授業中もふざけて先生に注意されたりもした。小学校の高学年になるとクラスの同級生と放課後サッカーするのが楽しみだったが、女の子と話しすることが少し苦手になったような気がした。中学校に入って間もなく、生徒会役員に立候補することをクラスのみんなに勧められて、いやいやながら立候補した。選挙演説の直前に吐き気がして、体育館の裏で吐いてしまった。その頃から、外で食事をすると軽い吐き気がして、出されたものを全部食べられなくて残すようになった。女の子と楽しそうに話をする友人を見ると羨ましかったけれど、話そうとすると心臓がドキドキするので、面倒くさくなって、女の子とはほとんど会話しなくなった。
高校は電車通学だったが、向かいに座った人の視線が気になるので、いつも立っていた。お年寄りに席を譲りたいと思うのだけれど、周りの人がどう思うか気になるので、電車が混む前に立つようにしていた。でも、その席に若い人が座るととても腹が立った。
大学に入学してから、自分の性格を知りたくて、いろいろな本を読んだ。アルバイトやサークル活動にも参加した。サークル活動は楽しいけれど、コンパの席でつまらない雑談をしたり、芸をやらされたりするのが苦痛なので辞めようかと思っている。こんな自分が来年からの就職活動をちゃんとやれるのか、社会人としてちゃんとやっていけるか、本当は人間嫌いなのかなど、いつも考え事ばかりしている。自分の大学の相談室に行くのは抵抗があった。専門家の話を聞いてみたいと思ったので、ネットで調べて、ここに予約を入れました」という。
このようなレベルで、精神科を受診するケースはあまりありません。学生相談で十分と思われますが、対人恐怖傾向のある人は、人に相談するのも苦手で、一人で考え込むことが多い。私の場合は(他のクリニックのことはわかりません)、このレベルであれば治療の対象とはしません。<どうしても困ったことがあれば、また予約を入れてください>と伝え、一回だけの受診で終わらせます。約1時間の面接時間の中では、対人恐怖の心理的側面について説明し、今自分に何が起こっているのかを知ってもらい、今後の対人関係においてどのようなスタンスで臨めばいいかについてアドバイスします。<今の段階では病気といわれるものではなく、これからの日常生活の中で、苦手な対人場面を回避しないで、場面にあわせた自分流のスタイルを工夫していけば、30歳を過ぎる頃には自然によくなる・・・>とも伝えて、患者さんが安心して帰ったなら、治療は成功したといえます。対人恐怖は、病院に通うより学校や職場で実践経験を積む方が治療的なんです。
* 読書好きのTさんには、<ブックオフなら百円で買えますが、『対人恐怖』という新書本が参考になるかもしれません>とも伝えました。一般の人には、専門的でやや読み辛いようです。
今回のケースは、平均者(健常者)の青春期という発達段階において一時的に見られるもの、として取り上げました。しかしながら、このような性格傾向は青春期だけではなく、おじさん・おばさん、おじいちゃん・おばあちゃんと、いくつになっても存在するものだと思います(おじいちゃん先生の経験からもそう言えます)。対人恐怖傾向は存在していいんです。対人恐怖傾向は、他者配慮に優れた性格傾向ともいえるので、上手く扱えば人に好かれるようになりますし、いい仕事ができます。
対人恐怖傾向は誰にだってあるもので、その程度(正常・軽症・重症)は連続線上にあり、どこまでが正常で、どこからが異常(病気)だとはっきりと区別することはできません。DSM-5(米国精神医学会)やLSAS-J(社交不安障害の臨床症状評価尺度)を、さらりと(念入りに読む必要はない)目を通してみると、「私にもあるある」「私のことが書いてある」と思うかもしれない。しかし、精神科で扱う“対人恐怖症”あるいは“社交不安障害”というのは、その症状のために回避が起こり、日常生活(家庭・学校・職場など)に大きな支障が出るものをいいます。対人恐怖傾向があっても(多少の回避があっても)、日常生活に支障がなければ、治療の対象とはならず、“対人恐怖症”、“社交不安障害”とはいいません。
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