初診後、数回通院しただけで、終了ないしは中断となった患者さんが、10年以上たって電話で予約を入れてきても、名前を聞いただけでは、顔かたちや症状など思い出せないことが多い。しかし、当時のカルテをひも解いてみると、記憶は残っていて、次々と当時の治療状況まで思い出せることが多い。さらに、何かしらの“インパクトがあった患者さん”においては、たとえ20年ぶりであっても、名前を聞いただけで、カルテを開かなくても、顔や症状の詳細まですぐに思い出せる患者さんがいる。Y子さんはその一人である。つい先日、13年ぶりにY子さんから電話予約があった。
Y子さん 昭和50年生 初診:平成9年6月 不眠恐怖症、強迫性障害気味
平成9年6月(当時22歳)。初診時、「10日前の10時頃、家の前で強姦に襲われた。後ろからきて顔を殴られ、胸も触られた。殺されると思って大声を出したら、周りの人が7人で取り押さえてくれた。それから、夕方になると、頭がボーっとして、何もできなくなった。家にいて、外を通る人の足音が気になって眠れない。いろいろ考えて眠れないのと、全身が痒くなる。休日もカーテンを開けるのが怖くて、外出もできない・・・親には心配かけたくないので、このことは話していない・・・」といった主訴。当時のカルテの記載には、<お人形みたいな姿勢と服装(超!ミニスカート)、完璧な化粧。恐怖症パターンであるが、自律神経症状(動悸や発汗など)は顕著ではない>とある。
少量の抗不安薬と睡眠導入剤を投与。その後、実家を離れ一人暮らしを始めたことで症状はいったん軽快。ところが3回目の受診時、「また、違う人(高校生)につけまわされた。相手の家もわかっている。夜になるとまた怖くて眠れない。つい最近、部屋に入るのを見られちゃった」と。初診時ほどの切迫感や緊張感は見られず。<実家に戻ってみる?>と言ってみたが、「一人暮らしは楽しいので、このまま続けたい。眠れればいいだけなので、眠剤だけください」と。“21年前の私”は、遠慮がちに<どうして、あなただけが、短期間に二度もこんな怖い思いをしたんでしょうかね?>と伝えたが、これといった反応はなかった。彼女が帰った後、うちのクリニック受付のMさん(当時も今も同じです)曰く、『ミニスカートはやめて、ジーパンはいて、化粧なしで歩いたら・・・』といった。確かに私もそう思った。“今のおじいちゃん先生”なら、<その恰好はちょっとまずいと思うよ。高校生には刺激が強すぎる。あなたの方にも、多少の責任があると思うよ>と言えるだろう・・・。Y子さんの通院はたった3回で終了した。
平成17年2月(当時30歳)、8年ぶりの来院。主訴は、「何もきっかけはないけれど、1月から急に眠れなくなった。寝付けたとしても、悪夢で1時間おきに目が覚める。市販のドリエルを飲んだけど、まったく効かない。1月までは平均10時間は寝ていた。一日中ボーっとしていて、この3週間は一歩も外出していない。眠れさえすればいいんです」と。さらに詳しく訊いてみると、「・・・5年ぐらい前から、手を洗い出すと30回以上、以前に比べてだんだん増えている。手にアカギレができても止められない。外出するときも、身だしなみのチェックや、確認に2~3時間かかってしまう」と。<それって、不潔恐怖とか洗浄強迫とか言うんだけど・・・眠れないのも、不眠恐怖症といって・・・>と伝えたが、「私の友達は皆そうだから(電車のつり革が触れないとか)、自分が異常だとか、病気だとか、そういう意識はなかった。私は、もっときちんとしなければいけないと思っていた。仲のいい友人は4~5人いるけど、みんな、彼氏が眠っている間に除菌スプレーをかけるし、・・・眠れさえすればいいんです」といって、それらの症状の治療は必要ない(困ってない)という。睡眠導入剤のみ処方。睡眠記録表をつけるなどの睡眠教育を続けたところ、一時的に眠剤(レンドルミン)が増える傾向もあったが、しだいに(何が功を奏したかはわからないが)、「身支度の時間が短くなった。もういいや、と思えるようになった。手洗いも30回が15回くらいに減った」と。それとともに、眠剤も減らせるようになり、9か月間(平成17年11月)で終了した。
平成30年8月(44歳)、13年ぶりの来院。主訴は、「何もきっかけはないけれど、1か月前から急に眠れなくなった。睡眠薬の名前だけは覚えていたので、近くの内科でレンドルミンをだしてもらった(この13年間は睡眠導入剤の使用はなし)。一発で効いて、途中目も覚めないで眠れた。でも、内科では『いろいろ制約があるので、1か月分は出すけど、以後は心療内科にいってくれ』といわれた。今は心も元気だし、寝つきが悪いだけで何も問題ないので、レンドルミンを出してほしい」と。
最近の睡眠導入剤使用の動向や、依存の危険性について説明し、とりあえず、ルネスタを処方した。<ところで、13年前に困ってた、手洗いはどうなってますか?>と訊くと、「10年くらい前?になくなった」と、<電車のつり革は?>、「ガンガン触ってます」と。<そういう症状がなくなったのは、何が良かったからだと思いますか?>、「詩をかいたり、楽しい暮らしをしていたから」と。どうやら、強迫症状は自然によくなったらしい。確かに、今日のいでたちは(風邪をひいているせいもあってか)、帽子をかぶり、マスクをして、化粧もしないで、スポーツジムに通うような服装。<この13年間で何か心境の変化でもあったのだろうか?これで、ますますインパクトのある患者さんになってしまったようだ>。
補足(1):平成17年8月当時のカルテには、・・・「ある雑誌でぐっすり眠るためには、ゆっくり入浴するとよいと書いてあった。私は入浴が嫌いだから、例年シャワーで済ませていたのに、湯船につかるようになった。入浴し始めるのが24:00だと、2:00~3:00まで片付けで出られなくなる(強迫症状のある人にはよくある話)。寝床についても、胸のあたりから汗がふきだして眠れない」と。<そりゃあ、とんでもない。眠る直前にゆっくり風呂につかると、深部体温が上がって(体の芯まで温まりすぎて)目が覚めるんです。深部体温が下がらないと眠くはなりません。この暑い夏に、長時間入浴すると、寝付きが悪くなるのが当たり前です。しばらくは、寝付きたい時刻の2時間前までに、シャワーだけで済ませてみてください。なんなら水シャワーでも良い>・・・と記載されていた。
補足(2):強迫症状は、完璧に治そうとすると返って逆効果になることがある。ほどほどの強迫症状は、本人を守ってくれるようなところがあるので、放っておくのがよい場合がある。13年前、「眠れさえすればいいんです」という本人の希望に従って、余計なお世話をしなかったことがよかったのかもしれない。終了や中断になった患者さんが久しぶりに来院してくれると、その後の経過を聴くことができて大いに勉強になるんです。