うちの患者さんから受ける、よくある質問に、「私は“薬物依存症”(“薬の中毒”と表現する人も多い)になっていませんか?」というのがあります。そういう質問をしてくる患者さんの中に、“薬物依存症”の患者さんは一人もいません。そういう患者さんは、最近よく使われる用語の、“常用量依存”(臨床用量依存)と“薬物依存症”とを混同しているのです。
私は薬物依存症やアルコール依存症治療の専門家ではないので、薬物依存症やアルコール依存症の患者さんが来院したら、専門病院か専門クリニックを紹介することにしています。また、自分が治療している患者さんが、薬物依存症になったのでは、元も子もないので、依存性薬物の使用には細心の注意を払い、いろいろな工夫をしています。
“ベンゾジアゼピン(BZD)系抗不安薬依存症”について、私が日頃考えていることが的確に書かれている専門家の文章を見つけたので、それを紹介させていただきます(ちょっと長い引用になりますがご容赦を)。
『BZD依存/常用量依存をめぐる疑義』 松本 俊彦(国立・神経医療センター・薬物依存研究部長)からの引用。
『この5年間ほど、私の薬物依存外来に初診するBZD乱用・依存患者は確実に減少傾向にある。おそらくマスメディアからの批判、あるいは厚労省による多剤処方に対する減算施策がそれなりに効を奏しつつあるのだろう。
しかしその一方で、ある一群のBZD関連障害患者が目立つようになってきたのだ。興味深いことに、その一群の患者は、マスメディアが精神科における多剤大量療法やBZD乱用・依存がとりあげると、大抵はその翌日に受診を申し込んでくるという特徴がある。
この一群には2つの亜型がある。1つは、常用量のBZDを「やめたい」という主訴を持つものの、実は治療薬を必要とする精神疾患が存在している、という類型だ。本来は抗うつ薬や抗精神病薬による薬物療法が必要だが、自身の精神疾患を受け入れることができず、そうした薬剤による治療を頑なに拒んでいる。
そしてもう1つは、「BZDの離脱を治してほしい」と、アシュトンマニュアル(イギリスの精神科医ヘザー・アシュトンが著した、ベンゾジアゼピンの作用、副作用、離脱症状、減薬法などをまとめたマニュアル)を片手に、「これは、BZD離脱の長期遷延、薬害だ」を訴えて受診する類型だ。後者の場合、BZD自体はすでに断っており、最終使用から数ヶ月~数年という長い期間を経過している。それにもかかわらず、離脱による多様な身体不調が改善しないと執拗に訴えるのだ。通常、さまざまな精査によっても身体医学的な異常が証明できず、精神科医としては、身体表現性障害と診断せざるをえないケースである。
いずれのタイプも、自身の人生のうまくいかなさの責をすべてBZDに帰している、というのが共通した特徴だ。
断言しておくが、BZDの長期服用や常用量依存には問題ないなどとは微塵も考えていない。むしろ漫然としたBZDの長期処方はさまざまな健康被害をもたらす。したがって、後先を考えない安易な処方を許容すべきではないし、かねてより主張してきたように、医師の「薬物療法」依存は、早急に改善される必要がある。
しかし同時に、常用量依存と薬物依存(症)との混同もまた許容すべきではない。なるほど、BZDは、治療量でも容易に耐性や離脱といった身体依存を形成するという点で、潜在的な依存症罹患リスクの高い薬剤だが、だからといって治療量範囲内で服用を継続している者に対して、治療薬の服用を中止できないことのみをもって、「薬物依存(症)」と診断するのは妥当ではない。診断にあたっては、使用量の増大傾向と精神依存の確認は必須であるし、そもそも、治療すべき精神症状が存在する場合には、薬物依存(症)はおろか、常用量依存ともいえないはずだ。
私の主張は次のように要約できる。すなわち、「生きづらさ」を安易に医療化し、薬物療法一本槍で解決しようとする医療のあり方――医師の「薬物療法」依存――は大いに問題であるが、それと同様、「生きづらさ」のすべての責を薬剤に負わせ、本来向き合うべき事柄から目をそらす生き方――患者の「BZD依存」依存――もまた問題ということだ。』
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1) 精神依存と身体依存とは
『精神作用物質はその連用・常用によって生体に二つの変化をもたらす。一つは精神依存である。これは「その物質が欲しくてたまらない、それなしではいられない」、あるいは、「わかっちゃいるけどやめられない」という物質に対する渇望を意味している。 もう一つは身体依存である。これは、物質の精神作用に対して中枢神経系が適応し(=一種の慣れが生じ)、中枢神経系はたえずその物質が供給されている状態を「通常の状態」と認識して新たな均衡状態を作り出す現象である。その結果、当初と同じ効果を得るためには摂取する物質の量を増やさねばならない、という生体側の変化が生じ、また、物質の供給が急激に途絶えると、中枢神経系の均衡が崩れて一種のリバウンド状態が発現する。前者の変化を「耐性」といい、後者の現象を「離脱」という。 依存性物質はいずれも精神依存を引き起こしうるが、身体依存については全ての物質が引き起こすわけではない。・・・』
2) 薬物依存(症)とは
『・・・身体依存は薬物依存の診断に必須の要件ではない。そもそも身体依存とは、依存性物質を投与された生体に見られる正常な反応と理解すべき現象である。たとえば、緩和医療の現場ではモルヒネをはじめとして様々な医療用麻薬が投与され、その結果、患者の麻薬に対する耐性は上昇しており、急激な中止は離脱を招く状態となっている。同じことは、降圧剤であるβ遮断薬、あるいはステロイド系抗炎症薬の投与を受けている者も、連用により耐性が生じており、中止にあたっては離脱を防ぐために漸減が必要である。しかし、これらの患者のことを誰も薬物依存とは診断しないし、実際、薬物依存専門治療の対象とはならない。 ある者を薬物依存と診断するには、精神依存の存在が必須である。つまり、その者が薬物にとらわれ、渇望に苛まれていて、薬物入手のためにはなりふりかまわない薬物探索行動を呈している必要がある。たとえ、体内から薬物を完全に解毒し、離脱が消失していても、薬物依存に罹患している者は渇望を体験している。
なお、2013年に米国精神医学会が発表した新しい精神障害の診断と分類のためのマニュアル「DSM-5」では、「物質依存」という診断カテゴリーの名称は、「物質使用障害」に置き換えられ、診断項目の文言から「依存」という表現は全て削除されている。こうした変更を行った理由の一つとして、「依存」という言葉が、「身体依存」という正常な生理反応と混同されることを避ける意図があったといわれている。そして、「渇望」という表現で、これまで精神依存と呼ばれてきたものの重要性をいっそう強調している。』
3) 常用量依存とは
『・・・・一般に、典型的な睡眠薬・抗不安薬依存患者の大半は、複数の医療機関を受診したり、前倒しの薬剤処方を求めて医師に「薬をなくした」「薬を盗まれた」などと苦しい嘘をつくものである。なかには、求める薬剤を処方させるために、医師に執拗に食い下がったり、恫喝したりする者もまれではない。薬物を服用することに葛藤はなく、大抵の場合、薬をやめさせようとする者に対して反発し、敵意を抱く。 ところが、常用量依存の患者は、「薬をやめたいが、やめると不快な症状が出てしまい、どうしてもやめられない」と、服用に強い葛藤を抱き、断薬できないことを苦悩としていることが多い。少なくとも渇望に振り回されて、薬物探索行動を呈することはない。 要するに、常用量依存は薬物依存とは異なる病態である。もちろん、常用量依存そのものは長期的には様々な健康被害――特に加齢に伴って転倒や意識障害の原因となりうる――を引き起こす危険性があり、できる限り避けるべき事態ではあるが、薬物依存のように、ただちに専門的治療を行うべき病態ではない。実際の臨床では、服薬することのメリットとデメリットを勘案しながら、個別的に対応しているのが現状である。 ・・・・常用量のBZDを長期間服用した場合、耐性や離脱などの身体依存を生じ、常用量依存の状態を呈する可能性は十分にある。しかし、この状態は薬物依存とは異なる病態である。 薬物依存に罹患する者の多くは、深刻なストレスや感情的苦痛のなかで、医師の指示から逸脱し、「嫌な気分を忘れるために飲む」といった乱用をしている。その意味では、常用量のBZDを長期に服用していたとしても、医師の指示を遵守している限りにおいては、薬物依存を呈する可能性は低いと考えられる。』
専門用語が多くて、一般の方には読みづらかったかもしれませんが、おじいちゃん先生は、<やっぱり専門家の言うことは違うわ>と、とても感心させられました。
<うつ病や不安障害の治療において、BZD系抗不安薬を全く使わないで治療することは考えられない。>ということは、以前のブログ“*抗不安薬使用の実践*”で述べたところです。そこでは、BZD系抗不安薬を長期に服用しても、依存症を生じさせないための私の工夫(裏技)が書いてありますので、参照ください。
次回のブログでは、*BZD系抗不安薬を長期に服用しつつ、質の高い人生を終えたケース*を紹介します。