内科などの一般診療科でもらった薬の多くは、薬剤情報提供書やインターネットで調べるなどすれば、これは糖尿病の薬だな、これは血圧を下げる薬だな、とすんなり理解でき、自分で納得して服用できます。ところが、精神科の薬の場合、「夜眠れないので精神科を受診した。出された薬を調べてみたら、不眠症の薬ではなく、うつ病に効く薬と書いてあった。私はうつ病になってしまったのか。」「うつだと思って受診したら、統合失調症の薬が出ていたので、私は飲まなかった。」といった患者さんの不満の声をきくことがあります。

 その理由の一つは、精神科では、病名(診断名)に対応した薬を出すだけではなく、現在みられる症状(状態像)に合った薬が出されることが多いからです。精神科の病名は、うつ病、統合失調症、不安障害・・・などと診断したとしても、それらは、様々な症状の集まりであることが多く、糖尿病や高血圧ほどには、はっきりとした原因(病態生理)がわかっていません。したがって、症状をターゲットとして投薬せざるをえないのです。

 

 例えば、対人恐怖症(社交不安障害)や強迫性障害に対する薬物療法で、私が処方するルーランという抗精神病薬は、保険診療では統合失調症にしか使えない薬となっています。しかし、統合失調症の幻聴や被害妄想には、あまり効いてくれないものの、ほかの病気に対して少量で使うと、様々な効果が期待できるのです。私がこれまでにルーランを使った症例の診断名をあげてみると、うつ病、社交不安障害、パニック障害、強迫性障害、双極性障害、PTSD、パーソナリティー障害、不眠症、認知症、などとなります。この薬の持っている、外界や内面に対する過敏さを和らげる(感度を下げる)作用、抗うつ作用、催眠作用、興奮を鎮める作用などが、それぞれの病気の症状を改善してくれます。これらは、精神科医の“裏技”ともいわれるもので、臨床経験の長い医者ほど、裏技が多いかもしれません。

 主治医は“裏技”を出すときは、普通の薬を出すとき以上に、十分な説明をしておく必要があります。さもないと、患者さんが自宅に帰って、インターネットで調べてみたら、「眠れないだけなのに、統合失調症の薬を出された」などと誤解される可能性があります。

 私の場合は、ルーランを社交不安障害の患者さんに処方するときには、<この薬は、保険診療で使う場合は、統合失調症にしか使えないことになっていますが、少量で使うといろんなことに効くんです。人の視線が気になって電車に乗れないる、いつも鬱々している、アパートの人が階段を降りる音が気になる、昔の嫌なことを思い出してはグルグル考えてばかりいる、・・・>などと、患者さんの訴える症状(言葉)をそのまま取り上げて具体的に説明します。もし、主治医から、そのような説明がない場合に、その対応策としてお勧めするのは、この薬は、私の、どんな症状に効くのですか?」と、勇気をもって質問し、具体的に説明してもらうことです。「この先生は怖そうだから、家に帰ってネットで詳しく調べるからいいや」などとは、くれぐれも思わないように。

 

 一般の人が、「医者からもらった薬がわかる本」やネットの情報などから、自分に出された薬が“裏技”として出されたものだと知ることは、ほとんど不可能です。また、活字になった情報から、間違った情報(自分勝手な解釈)を得てしまう患者さんがいかに多いかを、日々痛感しています。うちの患者さんの中には、新聞の健康欄で見つけた薬剤情報記事を読み、傍線まで引いて持ってきてくれる方がいます。読ませてはもらうのですが、<どこにそんなことが書いてありますか?それは、あなたの勝手読みでしょ!>という会話を何度したことか。われわれは、活字で読んだり、他人の話を聞いたとき、その内容を客観的に理解して行動するのではなく、そのとき湧いた感情に基づいて行動することが多々あります。不安な気持ちや恐怖を感じたら、それを回避するような行動をします。その結果、自分の判断で薬をやめてしまうということが度々起こるのです。

 

*過去ログ、*“くすりを飲ませるテクニック”*も参照ください。