双極性障害(躁うつ病)のⅠ型とⅡ型の違いは、躁状態の程度が重いか軽いかである。軽い躁状態(軽躁状態)は、はたから見れば上機嫌にしか見えず、本人も「仕事がバリバリやれて好調だった」ぐらいにしか思わないことも多い。
双極Ⅱ型(躁うつ病Ⅱ型)のうつ状態は、診断を確定するのが難しい。症状だけでは、うつ病のうつ状態と全く区別がつかない。過去の軽躁状態を確認できなければ、うつ状態の治療を始めて10年目に軽躁状態が出現して、初めて双極性障害と診断できる。何度もうつ状態を繰り返し治療が難しかったのは、うつ病ではなくて双極性障害だったのか、と10年目にしてわかるのである。
さらに、双極Ⅱ型のうつ状態は、治療も難しい。薬物療法が主役で、精神療法はわき役にすぎない。躁状態をコントロールするのは割合容易であるが、うつ状態を改善する薬を見つけるのがとても難しい。双極性障害とうつ病(内因性うつ病)では、同じうつ状態でも、治療目標も使う薬も異なる。うつ病は「うつを改善する」ことが治療目標であるのに対して、双極性障害では、「躁・うつの波をコントロールする」ことが最大目標となる。うつ病には良く効く薬が、双極性障害のうつ状態には、ほとんど効かないため、医者から見れば<治療が上手くいった>と思っても、患者さんにとっては、「少しもよくなっていない」と感じてしまう(軽躁状態を自分の本来の調子だと思っている人も多い)。<双極性障害は低めで安定する方が多いので、今の症状レベルで可能な生活スタイルを工夫してみてください>といって、軽うつ状態を受容してもらうしかないこともある。
M子さん、昭和50生、初診日:平成19年9月、診断名:双極Ⅱ型、PMDD、不安障害
「私の性格は、空気を読み過ぎちゃうところ。相手がちょっとでも不機嫌だと、先回りしてその人が喜ぶような行動をしてしまって疲れる」という。
10代から、生理前1週間と排卵日は、イライラが強かったけれど、学校や仕事を休むほどのことはなかった。
平成12年(25歳)頃より軽うつ状態が度々出現するようになり、「仕事も数日休むこともあったが、自分では、生理のせいだから仕方がない」と思っていた。
平成18年2月(31歳)、「ある日突然起きれなくなって、1週間会社を休んだ。体重も8㎏減った。会社に行くのが怖くて。周りから期待されていると思ってしまい、プッツンと切れたのだと思う」。○○病院受診。うつ病と診断され、パキシル、ハルシオン、ドラール、デジレルが処方され、症状は軽快。正社員からパートに替えて仕事量を減らした。
平成19年9月(32歳)、転居と同時に当クリニック初診。「もともと不眠とうつ症状がある。今は、本も新聞も読めないし、食欲もあまりない。あの時(平成18年)は、毎日のノルマが達成できずそのことをずっと考えていた。今は、生理1週間なのでイライラがものすごい。夫に何か言われると、10回くらい爆発しちゃう」という主訴。診断:(軽うつ状態+PMDD)。前医の処方のままで症状は軽快し、正社員に戻ることができた。
平成20年3月(33歳)、「1週間前から朝起き上がれない。着替えもできないし、お風呂にも入れない。駅に近づくと、会社が怖いという恐怖心があって電車に乗れない。正社員に戻るのが早かったと思う。重圧がすごかった」という。消耗性のうつ病と診断。休職してもらい、主剤の抗うつ薬をパキシルからルディオミール(NA↑によるエネルギーレベルの向上を重視、生理痛などの痛みも考慮して)に変えた。2~3か月かけて回復し、職場に復帰。診断:(消耗性うつ病+PMDD)
平成21年4月(34歳)、「先週から急に調子が悪い。寝たきりで、頭が詰まった感じで、テレビで嫌なニュース見ると不安で、本も読めない。久しぶりにがっくり来た感じ」。抗うつ薬の増量により1か月余りで軽快。しかし、仕事の負荷がかかった時や、生理前と排卵日の2回、「イライラと落ち込み」が出現する、というのは変わらなかった。ところが・・・?
平成22年5月頃より、1~2週間の周期で、軽うつと軽躁状態(睡眠時間が少なくてもバリバリ仕事ができる)が出現するようになった。
平成22年7月(35歳)、「この1週間は調子悪くて外出もできず。眠くて食欲もなかった。7月10日から急に調子よくなり、仕事も全開。興奮して眠れないけど、全然疲れないし食欲もある」と。この時点で、双極性障害(MDI)の可能性を疑い、デパケンRと抗うつ薬とを併用するようになった。その後は安定し、欠勤することもなかった。ところが・・・
平成24年7月(37歳)、「急にアップして3時間で目が覚めた。日中眠くなく何でもやれるので、何でも引き受けちゃう。買い物がすごくて、体がゾワゾワ落ち着かない。今日まで10日間続いている」と。明らかな軽躁状態が出現。この時点で双極性障害(MDI)と診断が確定。診断:(双極Ⅱ型+PMDD)。その後2年かけて、抗うつ薬主体の処方から、気分安定薬主体の処方へと徐々に変更していった。
平成26年9月(39歳)、デパケンR(200)4錠、セロクエル(25)2錠、メイラックス(1)1錠、となってからは、これまでになく安定し、躁・うつの波は軽微なものになっていて、外来も薬だけを取りに来ることが多くなっていった。診断:(双極Ⅱ型+PMDD+不安障害)
平成29年10月(42歳)、1年ぶりに診察。「ずっと安定している。寝不足になるのが嫌なので、連続勤務はやらないようにしている。たまに軽い不安発作はあるけれど、軽いのでやり過ごせる。雨でザワザワした時は、ソラナックス(0.4)1錠を頓用している」と報告。10年間に及ぶ通院経験を通して、病状に見合った生活スタイルを工夫し、無理のない働き方を選択し、仕事と子育てをうまく両立させている。
このケースは、女性特有のPMDDによるうつ状態が重なっていたために、双極Ⅱ型のうつ状態が最初に出現してから6年目にしてやっと精神科を受診。うつ病と診断されてから、双極Ⅱ型に診断が変更されるのに4年かかり、薬物療法が効果を上げ安定するまでに、さらに4年かかっている。現在、M子さんは抗うつ薬を飲んでいないけれど、うつ状態はみられなくなっている。双極性障害と診断がつく以前に、うつ状態が改善していた時期もあるが、それが抗うつ薬の効果であったか、躁・うつの波で自然によくなっただけなのかは、今をもってしても判らない。M子さんのケースは成功例であり、期待されるほどの症状改善が得られず、現在悪戦苦闘中のケースの方がむしろ多い。双極Ⅱ型はうつ状態で過ごす期間が長く、うつ病以上に自殺率が高い。その診断と治療は長期戦になることが多く、患者さんにとっても医者にとっても、試行錯誤を繰り返しながらの忍耐を必要とする。それが“医者泣かせ”という所以である。
PMDD(月経前気分不快症候群):正常な月経前症候群(PMS)と比較して、より精神症状が重いものをいう。イライラ、気分変動、不安や抑うつ気分といった精神症状、また睡眠や食欲にも変化がある精神障害である。