「こんな話を毎日聞いていて、よくもまあ、頭がおかしくならないですね」などとねぎらいの言葉をくれる患者さんがいる。その場は格好をつけて、<精神医学という座標軸を通して患者さんの話を聞いているので、私は大丈夫ですよ。心配してくれてありがとう>と答えることにしている。しかし、本音を言えば、「誰にも話せない話」「打ち明け話」「どうにもならない話」などを聞くのはしんどい。患者さんの方は、重荷を半分降ろした気持ちになって少しは楽になり、「先生に話すことができてスッキリしました」と言って帰る。残していった半分の荷物が頭の片隅にズッシリと残っていて、風呂で頭を洗ったかどうか記憶がなかったり、胃痛がつづくこともある。幸いにも20数年間、ぎっくり腰で1日だけ電話診療をした以外、休診したことはない。うつ病にも不安障害(その傾向があるとは自覚している)にも今のところは罹らないで済んでいる。何とか自分なりの方法でメンタルヘルスを維持できたのだと思う。自分なりの方法とは何だったのか、整理してみた。

 

①    規則正しい生活習慣

規則正しい、睡眠、食事(栄養)、運動習慣、週間行事、月間行事・・・など。身体疾患に限らず精神障害においても、規則正しい生活習慣を維持することは何よりも大切なことだと思う。

②    趣味の読書、テニス、囲碁など

それをやっている間は、仕事のことをすっぱり忘れることができる。スポーツや音楽などは、副作用のない、健全な逃避手段である。幸いにも、酒やギャンブルといった逃避手段にはまることがなかった。

③    精神療法に関する書物から学んだ知識

面接技法の書物を読むことで、「自分の面接スタイルを持つこと」「共感的であり過ぎないこと」「理想主義的であり過ぎないこと」「診療は患者の苦痛の軽減が主目的であり、人間関係を持つこと自体が目的ではないこと」「患者に対する陰性感情をどこかで吐き出すこと(愚痴をこぼすこと)が大切であること」「仕事が終わったら患者のことはすっぱり忘れる工夫をすること」・・・などを学ぶことができる。

④    平穏な家族の存在

一人暮らしは孤独であり、ストレスをため込みやすい。この20数年間、幸いにも大きな家庭内ストレスはほとんどなかった。大きな家庭内ストレスを抱えていては、仕事どころではなくなる場合もあるだろう。

⑤    精神医学という座標軸

患者さんの訴える悩み苦しみを、精神症状の一つとして客観的にとらえることができる。そこが、一般の人と大きく違うところ。患者さんの理不尽な訴え(治療者に対する怒り)なども、症状がそうさせている、とわかっていれば受け止めやすい(でも消耗はする)。

⑥    患者さんからもらう成功報酬

「こんなに元気になれたのは先生のおかげです」という言葉は何よりの癒しになる。精神科医のほとんどは、これを求めて日々の診療にあたっている(もちろん自分の生活のためでもあるが)。

 

 最近になって気づいたもう一つのメンタルヘルス維持法は、“仏教的見方”である。患者さんの悩み苦しみを聞いていて、<これを仏教的に見るとどうなるのだろうか>と自分に問うて見ることである。“無常”の真理に照らし合わせてみることである。このブログを書くようになって、20年前からのカルテの記述を読み返す機会がふえ、無意識にそれをやっていたのだと気づいた。手動瞑想を治療に取りいれるために、仏教書を読むことが増え、それが意識化されたのではないかと思う。ときには、自分に問うてみて得た“仏教的見方”を、何かのたとえ話として、患者さんに伝えることもある。ここまでくると、“対機説法”の真似事をやっていることになる。今のところは患者さんからの不評はなく、<笑わせることが多いので、患者さんにとって害にはなっていないはず>と自画自賛している。

 

                     参照ブログ:精神科医はお笑い芸人と同じ?