今回は、もう一つのうつ病(うつ状態)、“身体因性うつ病”の症例を紹介します。内因性うつ病、神経症性うつ病(抑うつ神経症)、との違いを掴んでください。
Mさん、昭和36年生れ 初診日:平成27年1月
診断名:アルツハイマー型認知症、恐怖症、うつ状態
平成21年、「秋田に単身赴任していたころ、違うジャンルの仕事をしていて、この時は酷いうつになって、眠れないし、ご飯も食べられないし、退職せざる得なかった」と。その後、「今の小さな会社に就職してから、うつは良くなった」という。
平成26年3月「物忘れがあって本来なかったミスが出る」という主訴で、○○メディカルクリニック受診しMRIをとったが、異常ないと言われた。
平成26年12月、「ワンマン社長に何度も激しく叱責されたあとから、動悸や息苦しさ、社長が怖くて会社を休んでしまう、休日も気持ちが沈んで動きたくない」といった、不安抑うつ状態となった。
平成27年1月(当時53歳)、当クリニック初診。「会社に行きたくなくて、ドキドキして休んでしまう。前向きにどうしてもなれない。会議の前など辛くなって休みを入れてしまう。叱責されたことがいつまでも頭に残って離れない」という訴え。ジェイゾロフト(25)1錠、メイラックス(1)1錠、の処方で落ち着き、2週間後には職場に復帰。社長に対する恐怖もとれていた。
平成27年4月、配置転換されたものの、「みんなに温かく迎えてもらって、今は不満ありません」と落ち着いていた。
しかし、受診当初より、予約の確認電話を何度もかけてきたり、キャンセルした予約日に、何食わぬ顔で来院したりなど、記憶障害を思わせる所見がみえていました。
平成27年6月、家族を呼んで、自宅での様子を聴取した。娘さんによれば、「今何時、と訊いた2分後に、また同じことを訊く。もともと何でもできる人だったのに、キーボードの打ち方がたどたどしくなって、パソコン操作がわからなくなっている」という。不安抑うつ状態は改善していたが、認知症が疑われたので、専門病院に精査を依頼した。
その後の検査の結果、若年性アルツハイマー型認知症であることが確定したので、認知症専門病院に転院となった。
初診時は、不安抑うつ状態。5年前に、“うつ病”が疑われる状態があったので、年齢的にも、うつ病の再発かと思われた。しかし、不安抑うつ状態が、投薬によって速やかに改善されたにもかかわらず、本人の言動から、うつ病とは異質の記憶障害(時間見当識の障害・エピソード記憶の喪失など)が見られたため、専門病院に精査を依頼したところ、若年性認知症と診断が確定した。
大病院の精神科(人手のある)を受診すると、初診で血液検査が行われます(稀には脳波検査やCT検査)。主として、うつ状態の原因となる身体疾患、あるいは、薬物療法に支障のある身体疾患(肝機能障害など)がないかをチェックするためのものです。それが正しいやり方なのですが、私のクリニックのような、人手のないところでは、身体疾患の既往歴や、現在飲んでいる薬のチェックなどで済ませてしまいます(健康診断などで、血液検査をやっていればそれを持ってきてもらう)。しかし、注意深く診察すれば、大概の場合、身体因性うつ病には、精神症状と共に、相当する身体症状が伴っています。甲状腺機能低下症であれば、「最近やる気がなくなって、集中力がない」といった精神症状が主訴であっても、むくみ、便秘、体重増加、声がかすれる、などの身体症状がみとめられるものです。身体因性うつ病が疑われた場合、それに相当する、内科、脳神経外科、神経内科などを、まず受診してもらい、そこで、異常がないということが証明されたあと、再び当クリニックを受診してもらうことになります。相当する身体疾患の治療を、すでに受けている場合は、初診のときから、抗うつ剤などの薬物療法を始めます。膠原病(SLE・関節リウマチなど)のような病気では、そのうつ状態が、膠原病による“身体因性うつ“なのか、病気の苦痛に対する“反応性うつ”なのかなどは、全く区別はつきません。しばらく通院していただくうちに、<膠原病が問題というより、その人の元々の性格要因が大きく関与している、うつ状態だなとか、ご主人との不和が、うつ状態を遷延化させているんだな>とか、わかってくるのです。したがって、“身体因性うつ病“といっても、ほとんどの場合、身体疾患の治療を他科でちゃんとやってもらいつつ、精神科に通って、”内因性うつ病“や”神経症性うつ病“などを念頭に置いて治療を行うということになります。要は、我々精神科医が、初期治療の段階で、未だ隠れている身体疾患を見逃してはいけない、ということです。うつ状態が重大な身体疾患の初期症状であることを見逃すな、ということです。もっとも、患者さんが、繰り返し訴えている身体症状が、うつ状態の初期症状であって、他科をいくつも受診した後で、精神科にたどり着く患者さんのほうがはるかに多い、というのが実状です(老人に多い)。