精神科医が“うつ病”という時は、“内因性うつ病”を意味する。DSM-5(アメリカ精神医学会の診断基準)では、“大うつ病性障害”が、ほぼこれに相当する。今回は、6年近く経過を見ている、内因性うつ病の患者さんを紹介し、私のコメントをつけてみました。内因性うつ病の特徴を掴んでください。
H子さん、昭和31年生れ 初診日:平成24年2月 診断名:うつ病(内因性うつ病)
もともと他人に気を遣う性質で、30歳(昭和61年)のころ、「職場の人間関係からうつっぽくなって」精神科を一度だけ受診したが、2~3か月で自然寛解した。
(注)30年前のことなので、本人も記憶があいまい。精神科を受診するくらいだから、相当につらかったのだろう。内因性うつ病は自然治癒する事も多い。2か月足らずのこともあれば、5年以上かかることもある。当時は30歳と未だ若く、短期間で自然寛解したのかもしれない。
平成23年3月、東日本大震災の頃から、「わけもなく涙がでて止まらない」などの抑うつ気分と不眠がみられ、かかりつけの外科医から、「睡眠薬をもらっていたけど、変わらなかった」という。
(注)大概の患者さんは、症状が出現したころの出来事と関連付けて、それが原因だと考える。しかし、単なるきっかけや状況でしかない事が多い。内因性うつ病の不眠には、ベンゾジアゼピン系の睡眠導入剤はほとんど効かない。抗うつ剤が効いてくれば、睡眠導入剤も効くようになるけれど、必要なくなることが多い。抗うつ薬が睡眠薬代わりとなる。
平成23年8月、「息子と大喧嘩したときに、死にたいとまでは思わなかったけど、眠剤を10錠くらい飲んだ」という。その後、「あまりに疲れやすいので」3年間務めた老人ホームを退職し、週2日だけの訪問介護の仕事に切り替えた。それでも、「仕事が辛くてたまらず。1日中寝っぱなしで、お菓子で空腹をしのいだ」ということもあったという。
(注)加齢により、自然治癒力も衰える。30年前のようにはいかず、エネルギーレベルがどんどん低下する様子がうかがえる。神経症性うつ病のような葛藤もほとんどみられず、悩む元気もない、という状態。
平成24年2月20日、「何か月も前から友人が、ここを勧めてくれていたので、受診して見ようと思った」と言って当クリニック初診。主訴は、「涙が止まらず、やる気が起きない。寝付けるけれど、途中何度も目が覚めてしまう。午前中がとくに辛く、夕方になってましになる。昔みたいに片付けができなくて、茶碗を洗うのがやっと。いつも頭の中がボーっとしていて、煙が充満しているみたい。背中が、板が張り付いたように痛くて・・・」というもの。このように、全精神機能の制止と抑うつ気分が、はっきりと前面に出ている。さらに、「うちの母も、50代になってから、うつをやりました」という。初回なので、かかりつけ医が処方していた、トレドミン(25)1錠から2錠に増量した。
(注)内因性うつ病に特徴的な症状を次々と語る。顕著な意欲低下、生気感情の悲哀、中途覚醒(早朝覚醒)、日内変動、思考制止、身体感覚の異常など。“制止”は内因性うつ病にかなり特徴的なもので、自覚的にも、はたからみても、全精神機能に現れる。思考面では、「考えが浮かばない」「混乱して先に進まない」「頭が空っぽになった」「活字の意味が取れず、何回も読み返す」「決断することができない」「料理が全くできなくなった」「スーパーに行っても何を買っていいかわからない」といった訴えになる。身体感覚の異常としては、胃や心臓の圧迫感、身体各器官の故障感として訴える(そのため、内科、外科、耳鼻科など転々としている場合も多い)。そして、内因性うつ病の特徴として最も重要なのは、諸々の症状が、来る日も来る日も切れ目なく続いて、晴れ間が全くないということ。その他のうつ病では、「気分がいい日もあって・・・」というような、ちょっとした晴れ間があることも多い。また、H子さんの実母が50歳代にうつ病に罹っている、という遺伝負因も有力な情報。
平成24年3月5日、「(薬を飲んで)3日目ぐらいから、涙が出なくなった。1週間目からは、体も動きやすくなったし、背中の張りもなくなったし、頭のボーっというのもなくなった」とはいうものの、エネルギーレベルの回復をきくと、「7割ぐらい」という。自然寛解を期待して、完全休養を指示。2週間様子を見ることにした。
平成24年3月19日、「やっぱり7割どまりです。なんか楽しくないし、おもしろくもおかしくもない。夢ばかり見ます」という。日常生活は何とかこなせるものの、パワーは頭打ちなので、トレドミンからリフレックス(15)1錠にスイッチ。
平成24年4月16日、リフレックス(15)2錠に増量。
平成24年5月1日、「とてもいい状態。力も出てきて、だるさも取れてきた」
平成24年5月19日、「朝も目覚めがよく、治ってきたみたい」その後は順調に経過して、ほぼ完全寛解にいたった。
(注)内因性うつ病に抗うつ薬を使う主たる目的は、“自然治癒過程の促進”である。できるだけ早く寛解導入させ、日常生活を取り戻し、精神療法や運動療法などを可能にし、さらに治癒過程を促進する必要がある。うつ状態が5年間も続いて、ひきこもっていたのでは、その間の生活や仕事が失われ、治癒したとしても、その人の人生に大きな空白期間を作ってしまう。最初の数週間以内に見られる薬の効果は、“第Ⅰ相”といわれる見かけの改善効果で、本格的な薬の効果は“第Ⅱ相”といわれるもので、数週間以後から現れる。トレドミン(SNRI)は“第Ⅱ相”効果が期待できない薬で、“中折れ現象”(短期間で“第Ⅰ相”効果が減弱する)が現れる。リフレックス(15)2錠になって、本格的な効果が得られ、寛解導入に至った。
平成24年9月21日、「順調で気分もいい、朝に(薬の)眠気が強い」というので、リフレックス(15)2錠から1錠への減量を試みることにした。しかし、1錠まで減らすと再燃傾向が見られるため、<当分の間は2錠で行きましょう>ということで合意。無理をせず休養に努め、さらなる自然寛解を待つという方針。
(注)リフレックス(15)2錠を5か月間服用したものの、薬の減量で再燃傾向が見られたことは、自然治癒力が十分に作用しての治癒に至っていないことが明らかになった。
平成25年8月25日、1年ぶりに来院。「7月までは調子よかったけれど、今月に入って、午前中は、体がだるくてやる気が起きない。夜勤をやったり、友人の家のネズミ捕りをやったり、動きすぎたかな」という。<薬はこのまま、1年前と同じリフレックス(15)2錠として、仕事を減らして、休養しましょう>と指示。
平成25年9月13日、「先月は大げさに言ったけど、ゆっくり休んだら、元に戻った。やり過ぎたらダメだと分かったので、夜勤は辞めることにした」といって復活。
(注)リフレックス(15)2錠を1年5か月間服用したものの、生活や仕事の負荷がかかって、症状が再燃しかけたが、休養に努めたことで、もとの生活レベルに戻れた。しかし未だ、うつ病は治癒していないということがわかった。
平成25年11月、平成26年2月、忙しさを理由に薬のみ取りに来ていた。その後1年間は通院中断。
平成27年3月、「2月までは普通に生活できていたけれど、風邪をひいて寝込んでから、気力と体力がなくなった。薬は飲んだり飲まなかったりしていたけれど、最近は飲んでいなかった」という。その後、リフレックス(15)1錠では十分な回復がえられず。2錠に戻して完全寛解に至った。
ところが、平成27年7月中旬頃より、リフレックス(15)2錠を飲んでいるのに、うつ状態が再燃。「兄の仕事のペンキ塗りを手伝うという、重労働が引き金になったかもしれない」という。再び完全休養したが、期待したほどの回復は得られず。サインバルタの増強療法を試みたが、吐き気の副作用で中止。平成28年4月より、リフレックス(15)3錠に増量。平成28年7月になってやっと、「だるさも取れて、気力も出てきた、ちょっといいとやり過ぎてしまう」というレベルまで回復したが、完全寛解にまでは至らず。
(注)「うつ病は治った」と本人は勘違いして、服薬中断。1年間、よくも持ちこたえたと思う。しかし、リフレックス(15)2錠でも完全寛解には至らず。カリフォルニア・ロケット療法といわれている、リフレックス(ミルタザピン)とサインバルタ(デュロキセチン・SNRI)の併用を試みたが、サインバルタの副作用のために服用を続けられず。<うつ病は未だ治っていない。休養に努め、無理をしてはいけない>と再々再々度の忠告。
平成28年12月、さらなる改善を期待して、エビリファイ(3)0.5錠を追加。
平成29年1月、「すごい気力が出てきて、最初はびっくりした。もう治ったかと思って怖くなった。今は少し落ち着いた感じ。普通に家事がやれるようになった」。リフレックス(15)2錠に減量(エビリファイの増強療法が著効したので)。
(注)エビリファイ(アリピプラゾール)という薬は、非定型抗精神病薬といって、初めは統合失調症の薬として発売されたが、近年は躁うつ病やうつ病にも使われるようになった。この薬だけでは、うつ病に効果はないが、他の抗うつ薬との併用によって効果増強が期待される。飲み始めて1週間以内に「びっくりした」というような効き方をする薬です。
平成29年3月3日、「よく眠れるし、体もよく動く。体がよく動くようになってからは退屈で、パソコンをならいはじめた」
平成29年6月23日、「体は動くし順調です。ヘルパーの仕事も週2回やっている。仕事の後でプールにも行く。一人暮らしは孤独だけど、パソコンなんかやって楽しんでいます」と。その後は毎月1回、欠かさずに薬を取りに来ている(9月現在)。
(注)平成30年1月現在、リフレックス(15)2錠、エビリファイ(3)0.5錠、の処方で14か月間、かつてないほどの良好な生活の質を維持している。しかし、うつ病が治癒しているかどうかは定かではない。H子さんは、“喉元過ぎれば熱さを忘れる”タイプで、反復性うつ病の再発予防として期待している、“手動瞑想認知療法”にもなかなか乗ってこない。ここ6ヶ月も「忙しいので薬だけお願いします」になっている。