おじいちゃん先生になってからは、あまり訊かれることはなくなったが、若い頃には「どうして精神科を選んだのですか」とよく訊かれた。私にとっては訊かれたくない質問で、当時は、「自分でもよくわかりません」と答えていた。

 優等生的な答えは、「精神科に興味があったので」「精神病の患者さんの助けになりたかったので」「自分の精神(心)のことをもっと知りたかったので」などがあり、相手の方もそれほど深く知りたいわけではない。その後も、自分なりに考えてはみたものの、その確たる結論が出ることはなかった。

 世間では、自分の好きな仕事、自分のやりたい仕事を見つけなさい、とよく言われる。私のクリニックでも「自分が何をしたいのかがわからない」と訴える若者がいる。しかし、自分が好きで、やりたい仕事に就いたからと言って、いい仕事ができるという保証もないし、自分が幸せになれるという保証もない。好きだと思ってやり始めた仕事に絶望して、うつ状態になった患者さんを何人も診てきた。いやいやながら、親の跡を継いだけれど、今はその仕事に誇りを持って生きている人もいる。

 10年ぐらい前だったと思うが、世間では名人と言われている、老境を迎えた鮨職人が、テレビのインタビューに答えて「鮨職人になりたいと思ったことは一度もない。奉公に行けと言われて、行った先がたまたま鮨屋だった。目の前のことを一生懸命やっていたら、この年齢になっていた」といった。さらに、鮨職人になってよかったと思うか、という質問には「わからない」と答えていた。それを聞いて私はとても感動した。自分もこういう生き方ができるといいなと思った。どうしてそう思ったのかは、当時はよくわからなかった。

 数年前から私の仏教理解が深まってきて、気がついたら、“手動瞑想認知療法”などと、一年前には想像もできなかった事を今やっている。鮨名人のような生き方に少し近づけたような気もしている。そして今、「どうして精神科を選んだのですか」と訊かれたら、迷わず、<いろいろな良き縁に恵まれたので>と答えようと決めている(残念ながら、おじいちゃん先生に訊いてくれる人はいなくなったのだが)。仏教的な見方からすれば、結果はどうであれ、目の前の瞬間瞬間の出来事に良き縁を求めて生きていくしかない(これはお釈迦さまの教えです)。