手動瞑想を習慣化して、それを続けることで、心配や後悔から離れやすい脳の回路を育てることができます(長期的変化)。しかし、心配や後悔から離れる回避の手段として、臨時に手動瞑想をつかうことは、やってはいけない。手動瞑想を導入する最初の説明の際には必ず、<不安や憂うつになった時に使うものではない。元気で心穏やかな時にやるようにしてください>とは伝えてあるのですが、ほとんどの患者さんは、不安や悩みが出てきたときに回避の手段として、思い出したように手動瞑想をやり始めます。
それに対しては、<不安や憂うつになって臨時にやる手動瞑想は、単なる気そらし法の一つであって、一生懸命そうじをしたり、草むしりをしたりするのと同じで、瞑想にはなっていません。もっとも、気晴らしで酒を飲んだり、パチンコをしたり、過食になったりするよりはましかもしれません。場合によっては、不安や悩みがかえって強くなることもあります。そういう時は止めてくださいね>と伝えます。
しかし、瞑想経験をある程度積むと、「困ったときに手動瞑想をやると、困ってる自分を外から見れるようになって、落ち着いてきて、冷静な考えが浮かんでくる。だから今は、瞑想にたよれば何とかなると思える」(T子さん)となり、不安な考えや悩みがあっても、それを眺めて放っておくことができ、立派な瞑想になってくるようです。T子さんは、「本当に不安な時はソラナックス(0.4)0.5錠を飲んでた」と、頓服薬と瞑想とをちゃんと使い分けています。以前の私は、手動瞑想が頓服薬の代わりになればと安易に考えていました。しかし今の私は、手動瞑想の使われ方が、回避なのか、不安や悩みと向き合う直面化なのかを、ちゃんと判断して使い分けなければいけないと考えています。