手動瞑想やり始めの患者さんからよく受ける質問

①    手の動きが覚えられない

<瞑想したことにはならないけれど、手の動きだけを先に覚えるとよい。基本姿勢から、声を出しながら、へその下をめがけて、右手を➊―➋-➌、同じ動きを左手で➊―➋-➌、右手に戻って胸を経由して➊―➋-➌-❹、同じように左手で➊―➋-➌-❹、とやって元に戻る。これを10分間くらい続ける。頭で覚えるというより、体が自然に動くようになるまで繰り返すとよい>。このように、手順を4分割することと、声を出しながら繰り返すことで、早く覚えられます。高齢者には、指先瞑想や手のひらを返すだけの動作に簡略化してやってもらいます。

②    どれくらいのスピードでやればいいのか

<初めは、ゆっくりとやってみてください。速すぎると位置確認ができないし、集中もできない。遅すぎると集中し過ぎて、それも良くない。いろいろな速さでやってみて、いい加減を見つけてください。その日によって速かったり、遅かったりしますが、それにも気づいてください>。実際にやってもらうと、多くの人は速すぎて、位置確認がきちっと出来ていない。しかし、集中し過ぎて疲れてしまう人、悩みに集中してしまう人もいて、スピードを上げた方が良いとアドバイスすることもあります。

③    飽きてしまって続けらない

<初めのうちは、こんなことやって何の意味があるのか、こんな時間もったいない、やらなきゃいけない事がある、などと浮かんできたりするのは普通のことです。そう考えたことに気づいてください。ちょっとした根気や忍耐も必要です。続けていると、そういう考えも浮かんでこなくなります>。

④    どれくらいの時間、いつやればいいですか

<初めは15分くらいを目標にしてやってみてください。時間にこだわらずに、習慣化して続けることが大切です。歯磨きした後とか、何かの生活習慣と結び付けてやるとよい。自分に合った瞑想スポットを見つけて下さい>。動機づけが高い人は、一日15分を2回くらいやることが、自然に習慣化されます。動機づけが低い人には、電車の中での指先瞑想、音楽を聴きながらの瞑想、就寝前の寝床での瞑想、などを勧めています。

⑤    どうしてもできません

もともと注意障害がある、統合失調症やADHDの患者さんに多く見られます。歩行瞑想や指先瞑想を試してもらいます。できない理由について話し合って、継続するかしないかを決めます。

⑥    これをやると、眠くなってしまう

<それだと瞑想ではなくて、リラクゼーションをやったことになる。それはそれで構いませんが、できれば眠くならないような状況で、シャキッとしてやってみてください>。寝床でやると、それだけで眠ってしまい、「睡眠薬がいらなくなった」という人もいます。手や指の動きが、「眠れなかったらどうしよう」といった予期不安からの気そらし法として作用するようです。逆に覚醒して眠れなくなるような人には、寝床での瞑想は避けてもらいます。

⑦    これをやると、かえって辛くなります

導入のタイミングとしては、時期尚早と思われるので、<しばらくやめときましょう>と伝えるか、歩行瞑想を勧めることもあります。

⑧    手動瞑想の技法に関する質問

手動瞑想を導入する時に渡してあるプリント、『プラユキ・ナラテボー 著 “ 脳と瞑想 ”より』をもう一度取り出して技法の確認をします。

⑨ ヨガや座禅の瞑想との違いは

 伝統的瞑想には、“サマタ瞑想”と“ヴィパッサナー瞑想”があります。手動瞑想や呼吸瞑想は、“ヴィパッサナー瞑想”に属します。

 サマタ瞑想:

注意の集中高めることを目的とした瞑想法で、ヨガや座禅など、多くの人が瞑想という言葉を聞いて想像するものです。

 ヴィパッサナー瞑想:

「気づきの瞑想」や「洞察の冥想」ともいわれ、今の自分に気づく。パーリ語でvi ヴィとは「ありのままに・明瞭に・客観的に」、passanâ パッサナーとは「観察する・観る・心の目で見る」という意味です。「今この瞬間の自分自身をよく観る」ということです。精神集中や精神修養、リラクゼーションなどを目的とするものではありません。

 ヴィパッサナーは、一つの型にはまった瞑想法ではありません。特別な世界に到達したり、人と違う超越的な力を得るためのものではありません。また、なにかを信ずるという宗教でもなく、イデオロギーや主義でもありません。あらゆるとらわれや執着から生まれる悩み苦しみを離れ、苦を超える方法なのです。普通の生き方と変わった行法ではなく、日常の生き方そのものに智慧の光を照らしてみることです。

 ヴィパッサナーは“今という瞬間に完全に注意を集中する”実践です。何をしていても、“今・ここの自分に気づいていく”こと。それが、ヴィパサナーです。自分を客観的に“よく観る”(内省力を高める)トレーニングです。

 

 解脱を目標とする仏教瞑想(ヴィパッサナー瞑想)からすれば、なんと他愛のない、甘っちょろい、低レベルの話をしているのかと言われそうです。しかし、瞑想修行の道筋で得られる智慧の、ほんのさわり、ほんのおこぼれ、ほんの一滴でも頂ければ、精神科レベルでは多大の恩恵が得られる。「私はやりません」と断られない限り、根気よく勧めています。「私はやりません」と一度は断られた軽うつ状態の患者さんに、3か月後にもう一度勧めたところ、「やってみます。何か希望が見えてきました」と言われたこともあります。説明の仕方やタイミングがいかに大切かを知らされました。