初診の患者さんのためには、診察時間を60分とってあります。経験を積んだ精神科医なら、2~3分も問診をすれば、患者さんの診断はほとんどついているし、出そうと思うクスリも決まっています。初診において、診断と処方のために要する時間は、数分もあれば十分だと言えます。ということは、長い時間話を聞いてくれた医者が、正しい診断をし、正しい薬を出しているとは限らないということです。精神科の病気の中には、正しい診断と薬が絶対条件で、精神療法などどうでもいい、というものもあります。それでは、残りの50分以上は何に使っているのでしょうか。
精神科の場合、検査や診断のための時間ではなく、医師が話を聴くことで患者さんが納得するための時間と、病気や薬の説明をするための時間がほとんどなのです。患者さんの医師に対する不満の多くが、「あの医者は話を聞いてくれないし、病気や薬の説明が全くない」というものが圧倒的に多いので、それに答えるためでもあり、患者と医師との信頼関係を築くための時間なのです。
T子さん 77歳 通院歴:8ヶ月 診断名:恐怖性不安障害(ADHD傾向あり)
初診時、診察室の椅子に座る間もなく話始め、延々と一方的に話続けた。それも自分のことではなく、発達障害の孫の話でした。たまたま時間に余裕があったので、黙って聴いていました。50分間余り過ぎたころ、<ところで、あなたの悩みは何ですか>と尋ねたところ、「常に孫のことを考えていて、息苦しさがずっとある。パニック障害ではないかと思う」という。同居しているお孫さんが退院して自宅に戻ってくるので、予期不安が(また何かしでかすのではないか)、最高潮に達しているようでした。病状とクスリの説明を始めようとしたのですが、間髪を入れずに、また孫の話がはじまりました。結局さらに30分間、お孫さんの話を聴くことになりました。最後に10分間、お孫さんの病状をどのように理解するのが良いか説明して、その日の診察をおえました。本人はとても満足そうな顔をしていたのですが、私の方は、お孫さんをたっぷり診察した気分でした。ジェイゾロフト(25)1錠、夕食後1回、を処方。<次回から、自分がもっと楽になる方法を考えましょう>と伝えて、その日の診察を終えました。この日の90分間、初診としては最高の精神療法だったのではないかと思っています。
薬が効いて、不安症状や反芻思考は間もなく落ち着きました。しかし、次第に衰えて来ているものの “お孫さんの話の勢い”は未だ健在。診察中に<ストップ!それでは、○○さん自身の話をしましょう>と、笑いながら声かけせざるを得ないこともあります。手動瞑想をやってもらっていますが、現在のところ成果は今一つです。この患者さんのADHD傾向が、技法習得の妨げになっているように思えます。