怒れる男の別館だった…。 -2ページ目

怒れる男の別館だった…。

別館としてやってきましたが、紆余曲折あって、こうなりましたw

平成19年(ワ)第4156号 著作権侵害不存在確認等請求事件
原告 槙原範之 (槙原敬之)
被告 松本晟 (松本零士)

槙原敬之(以下、マッキー)と、松本零士が証人として出廷すると聞いて、傍聴してきました。
えぇ、勿論ヤジウマ根性ですがw

マッキーの第一印象はこんな感じでした↓
「マッキー…、全然オーラがないよマッキー!くたびれたオッサンにしか見えないよ!」

いや、ホントTVで見るマッキーとは大違いでw
でも、証人として質問に答えてるマッキーは輝いてました。
あぁ、この人は本当に自分の気持ちとか考えとかを伝えることが好きなんだなぁって思いました。
ただ、質問に対して、「うん」とか合いの手をいれる時、非常に表現の仕方に気を使いますが、なよなよしてるというか、女性的というか…
まぁ、そういうことですw

松本零士のほうは、威厳たっぷりのおじいちゃん。
大物政治家です!と言われても、あっさり信じてしまうでしょう。
第一印象で、きっとこの人はこういう人だと見抜かれるタイプですね。
これまた表現の仕方に気を使いますが、頑固というか…。


この事件の発端は以下の通りです。
マッキーがケミストリーに提供した曲「約束の場所」の歌詞の中に、松本零士原作の「銀河鉄道999」に出てくる台詞と似通ってるものがあるとネットで噂になりました。
そこから問題が広がり、松本零士の知るところとなったようです。

●盗作と噂された部分
約束の場所「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」
銀河鉄道999「時間は夢を裏切らない 夢も時間を裏切ってはならない」

この事に激怒した松本零士は、メディアなどでマッキーを泥棒扱いします。
これに対してマッキーは、盗作だとする根拠、証拠を示せ。
もし、それが出来ないのなら、名誉を毀損したんだから2200万円支払えと提訴したわけです。

この時点で個人的感想を言わせてもらうと、これはマッキーが怒って当然です。
大体、松本零士が著作権侵害でマッキーを訴えたとしても、全く勝ち目はありません。
それなのにメディアを通して、泥棒扱いするなんて、大人のすることだとは思えないのですが。

で、裁判ですが。
マッキー、松本証人の前に、デフスターレコーズ(ケミストリー所属のレコード会社)の人が証人に立ちました。
彼はどうやら、松本とマッキーが電話で直接話した時に、仲介をしていたらしいです。
この直接話した時の言い分が、マッキー、松本、双方違っているので、重要な証人です。
が、マッキーと殆ど齟齬がないので、省きます。

まずは、客観的事実を並べます。
それから、それぞれの言い分を書いていきます。

松本側、マッキー側が電話で話したのは計3回。
そのうち、2回が直接話しています。
1回目の電話では、マッキーは一切盗作を認めていない。
2回目の電話では、マッキーが謝罪。(ただし、言い分がお互い食い違っている)
更に、松本はデフスターの証人に対し、新聞などのメディアに謝罪文を掲載することを要求する。
3回目の電話では、デフスターの証人に対し、ケミストリーの歌を使っているテレビCMに、コピーライト表示を松本が求めるが、拒否される。

デフスターレコーズは、文案として、サイトに乗せる文章を作成し、マッキー、松本、両サイドに提出。
その文案の問題となった文章は、「松本先生の快諾を得た」というところです。
松本としては、自分は認めてないし、本人が謝罪に来てないのに、話にならないと主張。
マッキーとしては、この表現では、自分が盗作したように受け取られると主張。
お互いがこの文案を拒否し、ご破算に。

そして松本が、TVなどでマッキーを泥棒扱いしだしたわけです。

ここまでが事実。

てか、コピーライト表示を求めるとか、なにを考えてるんでしょうか。
そんな言い分は通らないでしょう。


大体、松本零士は、言ってることが矛盾してます。
まぁ、それは次回に述べることにしましょう。

次回は槙原敬之、松本零士の言い分を書きます。
てか、マッキーって言葉の選び方が、なんていうか、クリエイターって感じで、なんか…、マッキーはやっぱりマッキーなんだなとw
勝手に納得しました。
本日は、ヒトラーから見た、マスコミの報道に対する大衆の評価を紹介します。
私の評価とは、多少違いますが、まぁ殆ど同じです。
その結論には、我々の無力さを痛感することになりますが…。



新聞の読者は、その際に3つのグループに分類されうる。
すなわち、第一は読んだものを全て信じる人々。
第二に、もはや全く信じない人々。
第三に、読んだものを批判的に吟味し、その後で特定する頭脳を持つ人々である。

第一のグループは、数字の上からは桁外れの最大グループである。
彼らは大衆からなっており、したがって、国民の中では精神的にもっとも単純な部分を表してる。
しかし、彼らを職業でもって示すことは出来ず、せいぜい一般的な知的程度で示すことが出来るだけである。
自分で考えるだけの資質もなければ、また、そのような教育も受けてない人々は、皆このグループに入る。
そして彼らは半ば無知から、半ば無能から印刷して提供されたものを全て信じる。
更に、自分の頭で考えることも出来るのに、それにもかかわらず、考えることのたんなる無精さから、他人はきっと正しく頭を働かしたに違いないと慎ましく仮定して、その他人がすでに考えたことを有難く全部そのまま貰ってしまうような無精者もこのグループに入る。
これらの全ての人々にとって、新聞の影響は凄まじいものになる。
彼らは提供されたものを自分で吟味する境遇にもないし、また、そんな意思もないので、あらゆる時事問題に対する彼らの一般的な態度は、殆ど例外なく他からの外的な影響に還元出来る。

第二のグループは、数では決定的に少なくなる。
彼らの一部は、最初は第一のグループに入っていたが、長い間の苦い幻滅を経験した後、いまや反対側に移って、印刷されたものならばなんでも、もはや信じなくなってしまった分子から構成されている。
彼らからすると、新聞という新聞は、嘘と事実でないことだけで構成されてるに過ぎないのだから、例外なしにそういった内容に憤慨するか、読まないのである。

第三のグループは、桁外れに最小のグループである。
彼らは生まれつきの資質と教育によって、自分で考えることを教えられ、あらゆることについて、彼自身の判断を形成することに努力し、また、読んだものは全て極めて根本的にもう一度自分の吟味にかけて、その先の結論を引き出すような、精神的に実に洗練された頭脳をもった人々から成り立つ。
彼らはいつでも、自分の頭脳を働かせながらでなければ新聞を読まないであろう。

この第三グループに属する人々にとって残念なことは、このような優れた人間の価値が、まさに彼らの知能にだけあるにすぎず、その数にはないことである。
このことは、賢明であることに意味はなく、多数が全てであるような時代において、不幸なのだ。
今日では、決定的な価値は、まったく最大多数グループにある。
そして、これこそ第一のグループ、つまり、愚鈍な人々、あるいは軽信者の群集なのである。



ということで、大衆の殆どは馬鹿であると結論付けています。
まさにその通りです。
今の世の中では、間違っていようとも、所詮多数が真実になりがちです。
しかも、その真実を決める人間が愚鈍な人々であることも大問題です。

そして驚いたのは、ヒトラーも私と似たようなことを言ってる点です。
「“新聞の自由”などという嘘に惑わされ、義務を怠っている国家は、新聞こそ監視しなければならない」
と述べているのです。
当時は新聞なのでしょうが、これを今に置き換えると“報道の自由”という嘘に惑わされ、マスコミを監視する義務を国家はおこたっている、となります。
これって、ちょっと前に怒れる男で言いましたよね?
ヒトラーの場合は、ユダヤ人に支配された新聞を指してますが、私の場合は朝鮮や中国に支配されたマスコミを指してます。
本当に当時のドイツと今の日本は似ていることが分かります。
マスコミは信用出来るか?というアンケートでも、日本人は他国に比べ、飛びぬけて信用出来るとした人が多かった。
これはすなわち、欧米各国がユダヤ人によって通った道を、日本は今、朝鮮や中国によって歩まされてるからに他ならない。
よって、これをいつかぶち壊さないと、本当の意味で欧米諸国に追いついたとは言えない。
中国が今、植民地主義を推し進めてるように、そこを乗り越えることにこそ成長がある。
じゃなければ、ヒトラーの言葉を批判的に見る時代が、ここ日本にはいつまで経ってもやってこないことになる。
つまり、今やヒトラーの言葉は、こう置き換えられるのである。
「中国、日本、朝鮮の大衆は馬鹿である」

日本も現状から抜け出し、一歩先に進まなければ、いつまで経っても日本の大衆の殆どは馬鹿ということになる。
そしてその馬鹿がマジョリティの国に、決して輝かしい未来などはないのは自明です。

御殿場事件の時もそうでした。
テレビ朝日は、とっくに崩れたアリバイをさもあるかのように報じ、何故アリバイがあるのに有罪になったのか?これは冤罪である!と、第一の層の人間、つまり愚民を欺いた。
あのように、調べれば分かる大嘘を信じ、冤罪を叫ぶ大馬鹿のなんと多いことか。
まさにヒトラーのいうように、テレ朝は正しく頭を働かせたに違いないと慎ましく仮定し、テレ朝の考えたことや大嘘を全部頂戴し、それが自分の意見であると本気で信じる。
彼らは自分で調べたり情報を吟味する意志もないので、例外なく、彼らの主張は外的要因のみで出来ている。
こんなやつ等がマジョリティじゃ終わってるでしょ?




いつの日か、我々がマジョリティにならなければ、日本は中国の一部になることでしょう。
女子高生コンクリート詰め殺人事件に匹敵する犯罪で、“栃木リンチ殺人事件”というものがあります。
2ヶ月間に亘って監禁同然の扱いをし、その間にリンチを繰り返したあげくに首を絞めて殺害し、穴を掘って死体を入れ、コンクリートで蓋をした事件です。
今回は、この事件を元にどれだけ加害者側の親というものに常識というものがないか、また、このような親だからこんな子供が育つんだということを学ぶと共に、怒れる男の記事に出てくる情状証人も同じなのだということを学ぶ、人の親である人は反面教師に、これから人の親になる人も反面教師として記憶にとどめましょう。

犯人の名前は主犯の萩原克彦(当時19歳)、梅沢昭博(当時19歳)、村上博紀(当時19歳)、少年A(当時16歳)です。
女子高生コンクリートの鬼畜らは、個人的には性欲と遊びによってもたらされた事件であると考えていますが、この事件は金銭欲と遊びによってもたらされました。

1999年、須藤正和君(当時19歳)を同じ日産自動車の工場で働いていた梅沢が恐喝のために呼び出し、それ以降、知人や親や消費者金融から借金させるなどして、計700万円以上を奪いました。
正和君に加えられたリンチは壮絶なものでした。
死体で発見された1999年12月、正和君の皮膚は爛れており、なんとその80%が重度の火傷を負っていたのです。
少年Aを除く3人は、正和君に対し、シャワーから熱湯を出し、正和君に毎日のように浴びせていたのです。
それを彼らは、“熱湯コマーシャル”とゲームのように名付けていました。
正和君の死体は陰毛も剃られていて、なんと陰茎の先の部分も火傷を負っていました。
それだけでなく、もはや正和君は人間としてではなく、物として扱われていました。
犯人らの精子を入れたジュースを飲ませたり、村上に命令されて村上の陰茎をフェラチオさせられたり、萩原の命令で少年Aの陰茎をフェラチオさせられたりもしていました。
殴る蹴るは当たり前で、沸騰させたお湯を体にかけたり、泣いて許しを請う正和君に、もはや人間とは思えないリンチを2ヶ月間に亘って加え続けたのです。
そして、最後が近づきます。
親に金の無心をさせられた時、正和君の親は丁度警察にいました。
親は当時、何度も警察に行ってますが、事件になってからでないと動けないと相手にしてもらえなかったのです。
そしてその時、お父さんの知り合いがいるから、話を聞いてもらいなさい、そう言って、刑事に電話に出てもらいました。
ところがその刑事は、自分が警察の者であることを名乗ってしまったのです。
すぐに電話は切られ、焦った犯人らによって、殺害が決められました。
梅沢と村上で、正和君の首に巻いたネクタイの両端を掴み、絞殺したのです。
絞殺する前に、まずは穴を掘ったのですが、その時に萩原は、あの穴は車を埋める穴だと正和君に説明したのですが、正和君は『生きたまま埋めるのか、残酷だな』と言ったそうです。
首を絞められる時も、一切抵抗することもなかったのだそうです。
女子高生コンクリートの被害者と同様に、もはや早く死にたいと思うまでになっていたのでしょう。
そして犯人らは、15年逃げ切れば時効だ、そう言って乾杯したのです。

この事件は発覚後、警察の怠慢が批判されました。
主犯の萩原の父が、当時栃木県警に勤めている警察官だったので、その所為だと騒がれました。
しかし、どうやら実際のところは日産自動車が事件にするなと、日産に天下りしてきた元警察官に圧力をかけさせていたというのが真相らしいです。
何故なら、警察よりも早くから事件の真相を把握していたことが明らかになっているにも関わらず、当時警察に提出した報告書では、まるで正和君が悪いかのように書かれていたからです。
日産は正和君の同僚が正和君から土下座して金の無心をされ、それを断ると、犯人3名から『お前の頼み方が悪いからだ』といって殴られているのを聞き取っているのにです。
日産にとっては、被害者が日産の社員、そして加害者である梅沢も日産の社員であることから、隠蔽を図ったものと思われています。

さて、この事件が発覚した理由は、少年Aの自首です。
彼は唯一の東京の人間だったので、警視庁に自首をしたのです。
だからこそ、栃木県警にもみ消すことは出来ず、事件が発覚してしまいました。
この少年Aは、途中から犯行に加わったのですが、彼はリンチに加担していたわけではないようです。
実際、少年Aは、正和君に『殴られて痛くないんですか?慣れるんですか?』とか、萩原に『なんで須藤さんを苛めるんですか?』などと聞いたりしています。
この4人の中で、唯一普通の人間の感情を持った者であったことは明らかです。
何故なら、彼は犯行を打ち明けた母親に自首を止められたにも関わらず、良心の呵責に耐えられずに自首しているのです。
ここにきて漸く本題の救いがたい親というものが、まずひとり出てきました。
ただし、少年Aは少しはまともに育ってくれていたようです。
ちなみに、彼は少年院送りになりました。

判決は以下の通りです。
萩原克彦 無期懲役
梅沢昭博 無期懲役
村上博紀 5年以上、10年以下の懲役

みなさんは、なんで村上だけそんなに軽いのかと疑問を持つでしょう。
その理由は、首を絞める時に途中で手を離したからです。
しかし、それだけでこんなに差が付くのか?という疑問は消えません。
その理由は、彼らは少年法があるからです。
当時、少年法で無期懲役の次に重いのが、5年以上、10年以下の刑だったのです。
ちなみに、無期懲役を食らった2人も、無期懲役といっても少年法での無期懲役なので、10年で出てこれます。
こんなに生きてる価値のない者たちが、19歳だったってだけで、あまりにも理不尽です。


本題に入ります。
この3人の救いがたい親は、事件発覚後にこんなことを言っています。

●村上博紀の母
息子がまだ家に帰ってきていた時、息子を呼び出す萩原や仲間からの電話が夜中といい明け方といいかかってきた。
本当に執念深く、結局息子はその手から逃げられなかった。
反対の立場になった時、須藤さんには申し訳ないと思うし、寺での供養もした。
でも、殺人とされているが、息子は熱湯もかけてないし、一緒にいただけです。
私たちは息子を信じているし、可愛いんです。
言いたいことは色々あるが、下の弟もいるし、騒ぎにしたくはないんです。
(産経新聞・2000年4月9日)

●梅沢昭博の母
息子は高校までは問題なく育ってきた。
就職も学校から推薦をもらって会社に入った。
こうなったのも、1番悪いのは息子本人。
付き合ってはいけない人たちと付き合ってこうなった。
それを跳ね返す勇気がなかった。
(読売新聞・2000年11月15日)

●萩原克彦の父
弁護士を通してくれ。
これは脅迫だ。
肖像権の侵害だ。
警察を呼ぶぞ。
(こう言って報道陣から逃げ回る)



村上の親と梅沢の親は、共に息子以外の所為にしてます。
ところが、梅沢と村上は自分が入った暴走族で知り合っています。
普通の人に言わせれば、付き合う相手を間違えたと言われる側の人間がお前らの息子であることは一目瞭然です。
まさに厚顔無恥も甚だしい。
萩原の親については、もはやなんら価値を見出せない。
こんな親だから、こんな鬼畜が育つんだと言わざるを得ません。

ちなみに、この親は一銭も支払ってません。
萩原の親はたった約300万円を提示しましたが、受け取りを拒否されました。
梅沢の親は、金がないという理由で払ってません。
村上の親は他に比べて裕福な家庭で、犯行に使われた車も息子に買い与えたものです。
ところが、金は息子に請求してくれとのことで払ってません。
信じがたい親たちです。


正和君は、とにかく優しい子だったそうです。
同僚が、1万円貸してくれと言うと、それじゃ食事が取れないだろと言って、3万円を自ら貸すような人間だったようです。
生きてきた中で、無慈悲で圧倒的な悪意による暴力に直面したのは初めてだったのでしょう。
だからこそ、抵抗することも逃げ出すことも出来なかったんだと思います。


みなさんも子供の育て方を間違えないようにして下さい。
我が弟も間違えないことを祈ってます。





もっと詳細を知りたい人の為の本↓
栃木リンチ殺人事件―殺害を決意させた警察の怠慢と企業の保身 (新風舎文庫)
わが子、正和よ―栃木リンチ殺人事件被害者両親の手記