あまり方向性のある旅行ではなかったですが、9月連休中は長崎に出向いていました。

長崎に来たら、まずこれで腹ごしらえですね。

そういうことを言いながら、ちゃんぽんの方ではなくて、皿うどんの方をいただきました。

そして市内では、眼鏡橋を眺めたり。

出島に立ち寄ったりの、いわゆる観光的なぶらりでした。

だけど、こればかりでは、このブログを更新する意味はないですね。そろそろ安吾的なスポットを訪ねていきます。

長崎市内でも、だいぶ南寄りの、松が枝町地区です。手前の橋が、弁天橋であり、そして橋の向こう側にある茶色いビルが、伊野ビルです。ここにむかし、イーグルホテルがあり、ここに安吾さんが泊まって、キリシタン関連の取材の足がかりにされていたようです。

同じ角度から撮った当時の画像がこれです。建物は変わってしまっていても、地形的にはほぼリンクしてるのが、よくわかります。

ちなみに、この伊野ビルですが、現在は、1階にて、土産店とドラッグストアを営業しています。2階より上は、マンションのようです。

そして、いきなりですが、松が枝町から、バスに乗り、戸町地区まで移動しました。キリシタンバテレンである金鰐次兵衛が捉えられた洞窟を、見に行こうというわけです。グーグルマップにも「金鰐大師」と表示されているので、そこかなと思って歩道を歩いていると、いかにも、ここを登ってください、と言わんばかりの階段が現れます。

草刈りもきちんとされているようで、けっこう登りやすかったです。ただ、洞窟が視野に入ってくるあたりで、急に石段が急になり、右に固定されているクサリをつかまないと上ってられなくなります。このクサリも安吾さんがつかんでたのではないか、とたしか若月忠信さんも「坂口安吾の旅」でお書きでしたっけ。

洞窟の中は、このように、人間一人が寝そべって、雨露をしのげそうなスペースが、たしかにありますね(だけど、現代人の感覚からすると、洞窟暮らしは、正直、じめじめしてて、気持ち悪いなと思いますが)。

洞窟から海を見下ろすとこのような、だいぶ地味な眺望です。逃亡場所に選ぶ場所ですから、眺望までは望むべくもないのでしょうが。

というわけで、少し視界のひらけた光景をみたくなりました。歩道を少しあるき続けていると、もう目の前には、女神大橋が見えます。

なんと、この吊橋、歩道もあるので、歩いて渡ることもできます。65mもの高い空中を歩いているのだなと思うと、足がすくみます。なので、いつもの道を歩いているんだ歩いているんだ、という気持ちで淡々と渡りましょう。

橋の上から眺め下ろす、長崎の街。いいですね。これはさすがに、かつてのキリシタンはおろか、安吾さんにも見ることができるわけのなかった、景色です。過去に積み重ねられた歴史が何を言おうとも、未来はいつでもひらけていて、何がどうなるかわかりません。橋の上をびゅうと吹き抜ける風を身に受けながら、未来に向かって、自分らはただ歩いていくだけなのだな。そんなことを思いながら、女神大橋をてくてくと渡りきったところで、・・・文面は以上、というわけでした。