先日、とある古書店で見つけました。
大井廣介さんの本です。年譜によると、戦時中に探偵小説で犯人あてゲームをして遊んだお仲間だったり、あるいは評論家として、記述されています。
ところが、自分の知るところ大井廣介さんの場合、その著作が”全集”としてまとめられていないようで、こうして古書店で単行本をゲットする以外に、作品を読む方法が無いようです。そういう意味では、珍しい一冊なのではないかと思います。
ところで、この一冊ですが、目次を開くと、5項目あるうち1つを「安吾と小熊」ということで、特別に項目立てしてくれています。

ところどころ拾って読んでみるとなかなか楽しいので、このエントリーでは、安吾さんにまつわる箇所を引用して、ご紹介してみます。

まず、「殿様のような安吾」から。

 あるとき、平野謙の話がでた。すると、坂口が、平野が文学上の話で、あまり執拗にからむので、ある時、古谷綱武が腹を立てて涙を流したという話をしてくれた。半年ほどして、酒癖の話がでた。すると、酔った古谷綱武に、うるさくからまれて、酒をのまない平野が、口惜泣きをしたという。

 被害者と加害者が、アベコベになっているので、私が、それは先達きいた時とアベコベになっていると、いうと、オヤ、一方が一方を泣かしたので、同じではないか。違うなんておかしいやと泰然自若としている。どちらが加害者で、どちらが被害者か、坂口の記憶では、渾然として、どちらでもいい話になっていたわけである。
 こういう発想法は、彼独自のものである。

たしかに、安吾さんらしい感じです。どっちが勝った負けた泣いた笑ったなんて、どちらでもよくて、安吾さんの関心は、人間のあらゆる所業を受け入れて、自分の洞察のタネにしてしまえば、それで整理されてしまう件なのかもしれません。

(いや、ただ単に、鷹揚で、適当なだけかもしれませんが。)
もうすこし読み進めてみます。

 よく世間には彼のエッセイの方が、彼の小説よりも面白いという人がいるが、私は一にして二にあらずと思っているが、強いて言えば座談が一等面白い。独特な発想法で、録音しておきたいような話をする。アルコールが入ると、語彙が極度に減少し、「無暗」「無茶」「途方もない」「世界一」「大馬鹿」というような最大限な形容詞の十語かせいぜい二十語に、固有名詞をあしらって、結構話になるから不思議だ。話のうちで、最も彼の得意とするのは罪のないダボラである。


むむむ、ちょっと得体がしれないが、この一文を読んでみると、一度、安吾さんと酒をたらふく飲んでみたいような気持ちになります。最大限の形容詞だらけの、大ゲサなホラ話で、バカバカしく盛り上がるのではないかと。


「坂口・太宰・織田作」でも、同じように、人と作品と座談の件との記述があります。


 モノを書く人には、談話の方がずっと潑溂としており、書いた方はぬけ殻のようで、全貌をだし尽くさぬうらみの方がある。坂口や武田麟太郎がそうである。いかにもその人らしく、しゃべっていることと、書いていることが、バランスのとれている人もある。小熊秀雄や高見順がそうだ。ところで、書いたモノでは才気煥発、あってみると、談話は尋常で、案外才気煥発でなかったというひともある。花田清輝や太宰治がそうなのだ。何かのはずみで花田清輝がこの小文をみかけ、ひでえとボヤクかもしれないけど、談話のほうが潑溂として、書いたモノがぬけ殻みたいなより、談話は用を達するていどで、書いたモノが才気煥発なほうが、モノを書く人の本懐であり冥利でもあろう。話してみると、太宰は、たどたどしく、ボソっとしていた。東北人的遅鈍さともいうべきものが感じられ、才気煥発な文章は地で書き飛ばしたわけではなく、非常に工夫をこらして書いたのではないかと思う。太宰の作品で太宰の地が、素直にでているのは「津軽」だ。あれは単に才気煥発では書けない。ほのぼのとした滋味乃至厚味といったものがある。

 才筆をこらすのは勿論、得意で、私が400字で何か書いてくれと頼むと、そんなバカなものが書けるものかいという主旨をかっきり400字書いてよこした。短編コンクール或いは特集はきっと太宰がさらった。戦時下飲料水が不足していたじぶん、私が何本かアブサンを貯蔵しているのをききつけ、アブサンが好きだとしきりに謎をかけていたが、私はとぼけて話にのらなかった。
 アブサンの栓を抜くなら、そりゃ談論風発の坂口とやるに限る。

引用が長くなってしまったが、緻密な太宰さんと、適当さのある安吾さんとの好対照が際立っています。それなら、アブサン飲むならやっぱり、安吾さんとなら、という気持ちは同感です。どんだけデタラメで楽しいことになったのやらと思います。


最後に、「あとがき」を読んでみます。


 坂口安吾に関する幾つかの文章のうち、坂口と国税庁のいざこざの裏話をかいたものを、是非いれたかったが、何処へかいたのか、みつからなかったので、やむを得ず、割愛した。それが抜けたので、なんだか、いい話をかいたものばかりになって終った。


これは武勇伝の匂いがします。徴収担当とどんなトンチンカンなやりとりをされたのかが気になりますが、それはどこかの復刊されざる単行本のなかに、一文が在るのでしょうか。寡聞にして読んだことは、まだありません。


新発見の資料ではないのですが、安吾さんの人となりとを伝えてくれる文章としてなかなか面白かったので、angowebbotブログのネタとしてみました。
以上、バカの一つおぼえでした。






大井広介といふ男 ——並びに註文ひとつの事——/作者不明

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