こんばんは
 
 
haruyoshiです。
 
今回でこの話は完結させます。
 
 
銀行というところにどんな印象を持っていますか
 
という質問を1話目で下と思うのですが、
 
つぶれない銀行
これは確か打と思います。
日本で銀行がつぶれることってそうそうありません。
必ずどこかの銀行が資本提携することで助けるか
合併、HDとなるかのどちらかだと思います。
つぶれない会社だから良い会社か。
ということなんです。
 
人としてつぶれてしまうことが
ホントによくあるのが銀行業界だと思います。
この日銀が出したマイナス金利政策により
貸し出しの金利はどんどん下がっています。
決算発表などを見たり、
中期経営計画を見ると
貸し出しの利ざやは縮小していく方向にしか
計画されていません。
 
当然そうなるんですよね。
お金借りて仕事する会社って
ホントに少ないと思います。
その中利ざやが下がった時にやることは
その分量を増やすということです。
 
そうなるとどうなるか。
他行の融資を取ってくるしかないんですね。
そのためには何をするか。
今借りているところよりも安く借りれますよ。
これなんです。
実際に自信も仕事をしていて、
金利を下げたり、下げてとられたりという
経験が多くあります。
 
この時に営業マンに課せられる目標どんどん
増えていくという構造になってきます。
なぜなら、先ほど言った足りない分は量で
カバーするという発想があるからです。
そして、実際それだけではやりきれないから
その足りない分を補うものとして
投資信託、保険商品の販売手数料の
目標がつくわけです。
それでも、まだ足りないから
確定拠出年金(401K)
投資信託と併せてNISA、
遺言信託、
クレジットカード、
消費者ローン等々
 
これらすべてに目標というものがついています。
そして、これは半年ごとに上がっていきます。
こんな状況でした。
 
個人的には仕事の内容はすごく好きでした。
お客さんと話しているとき、
会社のこと考えているとき、
将来の会社の像を社長さんに聞いているとき、
こんな幸せな仕事無いと思うぐらいに好きでした。
 
 
しかし、退職する前の半年は
話する時間すらとれないほどの
事務仕事に追われ、
目標は高くなり、
できていないと毎週の様に会議会議会議
いつやるかを必ず言わされ、
その日になるとなんでできてないかと
いつやるかを言わされ、
またその繰り返し。
 
なんか根本的な対策が違う!
そして、会社の方針にすべて従わないやつは悪。
そんな言われ方をされていました。
 
不満を書くととまらなくなりますが、
実情は非常に大変な状況です。
なので、退職者が非常に多くなっていると思います。
 
そんな中自分の人生を考えたとき
自分が今後一生続けやれる仕事。
リスクを自分で管理できる仕事をする。
日本社会の今後(これはまた次回書きたいと思います。)
を考えたときに会社に頼っていてはいけない。
自分の力を最大限に高めていこうと決意しました。
 
退職してから、まだ落ち着かない日々を
過ごしていますが、後悔は一切ありません。
毎日自分の将来のため全力でビジネスに
取り組んでいます。
 
必ずやり遂げられると信じること。
諦めないことが最強のスキルだと思っています。
まず目標は月収100万円。
現状は30%程度ですが、
今後もっともっと延ばして行こうと思います。
また、その中で得た情報をできる限り正確に届けたいと思います。
 
仕事のことで悩んでいる方や
人生に落ち込んでしまった方。
 
まだなんとかなります。
私がなんとかなる道があること証明するため
全力で取り組みます。
見てて下さい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
学生時代はそのまま休学後
ひたすらバイトする6ヶ月間を過ごします。
 
 
何をするか
大学を途中で休学したときって
こんなむなしく
人生のレール外れたーって
思うものなんだなって思いました。
 
 
その半年間で何を考えたか
まずは大学卒業が必要だろう
 
 
そう思い、もうその時点で親は一切
あてにしませんでした。
自分でバイトしながら
学費が払えるようになる
もう他の要素に影響される人生は
嫌だ。
 
 
そう思っていました。
半年間はバイト三昧
パチン屋を主に、
クラブ、バー、日本料理、
居酒屋等々。
今だから言えますが、
現金手渡しでやっていた
お手伝いも多々あります。
 
このときの月収はおよそ50万
ただ休みゼロ。
最終的には腰の骨を外すぐらいの
怪我までしてバランスの大切さを
学びましたが。
 
 
 
そして、貯めたお金でやっと
人生のどん底から這い上がります。
自分の中では大きな落とし穴に
落ちてその中を上っている
イメージでした。
 
 
 
「薬学部から経営学部へ転入」
この試験はただ筆記試験だけ。
この学部で何がしたいのかを
紙に書くだけで合格でした。
 
 
そして、そこから銀行員になるわけです。
いろんな学問がある中で選んだのが会計学。
学生時代はテスト勉強に困ったことはなく
いつも授業聞いていれば合格できる。
その余った余力で何か薬剤師に変わる資格が
ほしいという気持ちから税理士試験の勉強を
していました。
結果は全科目合格できず。
気がつくと就活の時期になり、
自信の学んできたことから
金融業界を志望し、銀行に入行することになります。
 
 
 
 
これが私が銀行に勤める様になった理由です。
なによりもお金に困った経験が
この業界に引き寄せられた理由。
そんな風に感じます。
 
で、なぜやめることになったのか。
そこを次の話で書きたいと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
銀行という仕事
 
よく言われますね。
 
潰れないから安定してるよね!
お給料とボーナスもいいよね!
と言われます。
 
そして、銀行をよく知っている人は
息子には絶対にやらせなくない仕事
私なら絶対にやらない
なんで銀行に勤めようと思ったの?
 
こんな意見を聞くことがあります。
 
どちらも間違っていません
しかし、実情はなかなか
伝わっていないという
印象を受けます。
 
今回はなぜ銀行員をやめて
インターネットビジネスを
始めることにしたのか。
 
そんな流れを書きたいと思います。
 
 
まず私という人間を知ってもらいたい
退屈かと思いますが
お付き合い下さい。
 
中学時代の夢は
薬剤師でした。
子供ながら未知の可能性を
感じていたことと
自分はその時理系の科目が
得意だったこと。
だから、その時から将来の夢は
薬剤師になることでした。
 
高校時代も理系の学部で
受験をして県内で
もっとも薬剤師が多い
大学に入学することができました。
 
そして、大学の2年の時に
親に学費を払えないと言われます。
 
自分からしたら突然でした。
私立大学の薬学部
しかも、薬学部が
四年制大学から六年制大学に
なって二年目の年でした。
ざっと年間に授業料と
研究費、教科書代を考えて
年間2,000,000円
 
このぐらいが必要でした。
もちろん奨学金の制度を
利用していたため
付き53000×12=636000円は
奨学金で賄いましたが、
それでも、
2,000,000円-636,000円
=1,374,000円が必要でした。
 
もちろん払う算段はありました。
私のおじいちゃんに受験する前に
確認していました。
「そのぐらいの学費こっちでいくらでも
工面するから頑張って勉強しなさい。」
その言葉を信じて進学しました。
 
しかし、合格した翌年におじいちゃんは
亡くなりました。
 
その時に親には
ある程度相続されたはずです。
しかし、それが一年足らずでなくなる
という現実が信じられませんでしたが
受け止めるしかなく
 
翌日に休学届けを提出しました。
30000円と紙1枚で休学出来ると
いうことを知りました。
 
提出したのは8月。
今でもたまに思い出すきつい半年を
過ごすことになります。
 
 
 
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