年を取るごとに偏食の度合いが強くなってきた。
若いうちはなんでも頂けたが、それは欲のせいだろう。若いうち、特に10代後半から20代前半は、頂けるものならとにかく頂きたいという時期だ。
その時期を過ぎると「好きなものを頂きたい」という傾向になる。好きなものとおいしいものとは、似て非なる基準である。おにぎりが好きの人にとっては、あまりおいしくないおにぎりでも「好きだから頂く」と言う形になるが、おにぎりが嫌いな人は、どんなにおいしいおにぎりでも、頂かないか、一口ぐらいが関の山である。
この傾向は、欲が減退してくればくるほど強くなる。しかし、おにぎりが嫌いの人でも、自分の好きな人が作ったおにぎりなら、食べるのではないだろうか。うまいまずいを問わず「このおにぎりは自分のためだけに握られたおにぎりであり、他の人は食べることができないおにぎりである」となれば、喜んで食べるのではないだろうか。つまり「おにぎり」に欲を満たす以外の意味づけがでてくることにより、欲を越えた部分での充実が得られるということである。
また、欲が減退してくると、好きなものでも欲を満たす以外の意味づけがないと、たくさん頂こうとは思わなくなる。そして、欲が減退して、偏食の度合いが強くなっても、欲を越えた部分での充実は、まったく違うステージで喜びを与えてくれるのだ。
私はなんの話をしているのだろう、、、わかる人にはわかると思うが、遊びと本気の話である。
めんどくさいのは、こういった話とは別に、男には「狩猟本能」があるということだ。仕事でその本能を満たすこともあるが、やはり異性にそれが向く。
まったく、男というのは、しょうがないな、、、