1.前胸部経穴位置の特徴
 
前胸部は肺、心臓、乳房、横隔膜などで他に気管や胃などの重要組織があるが、前胸部のツボは、胸骨上もしくは肋間に整然と並んでいて、あまりに機械的すぎる印象を受けがちである。
では実際どういう構成になっているのだろうか。ツボの特性を大きく4つに分類して色分けして調べることにした。(下図)
 

①前胸部で<青色>で示したのは肺・呼吸器関係のツボである。昔の中国では肺はハスの花に例えられたこと、あるいは肺は現代と同じく呼吸作用で、他に宣散粛降作用がある関係で、解剖学敵な肺の位置より上になっているのだろうか。
②前胸部中央<赤色>には心臓・精神関連のツボがある。中医でいう心とは、血液ポンプ+ハート(精神)の作用になる。
③心関連のツボの周囲は<緑色>で、私の分類では区分・部屋・建物といった比喩的なものを示すツボがある。これには心を守る役割もあるのだろう。
大包は、私見であるが脾の大絡として胃泡の診察ポイントであり、胃や横隔膜の動きに関係していると解釈している。
④乳房と乳汁および胃の関連は<ピンク色>で示した。食竇穴は従来は食道と解釈すると位置的に横にありすぎて合理性がないので、私は胃泡を示すものにした。なお乳根穴は文字通り乳房と関係するが、胃の大絡として心尖拍動の診察点ともなる。

      

2.胸部経穴名の由来
巻末に提示した4種の文献を参考にしたが、不満が残ったので※印として自説を示した。

1)胸骨頸切痕ライン

①天突(任) 
胸骨頚切痕の上に向かう形。

②気舎(胃) 
「舎」=場所。肺(気の出入り)のある場所。

③缺盆(胃)  
欠けた盆のこと。丸い鎖骨窩を二分するのが鎖骨。これを欠けた鉢に例えた。缺盆骨=鎖骨のこと。


2)鎖骨下窩

①璇璣(任)  
北斗七星で、璇(せん)は2番星、璣(き)は3番星。

璇は法をつかさどる星で、璇には玉に次いで美しいという意味があり、とくに翡翠(ひすい)を意味した。狭義には乳白色の和田玉のことをいう。和田玉(ホータン玉)とは、中国新疆ウィグル自治区のホータン地区で、採取される玉のことをいう。王に匹敵する価値があるが、王と区別するため王に「、」をつけた。
 

 

北斗七星を構成する上から3は番目の星を璣といい、法をつかさどる星とされた。璣は王+幾に分解できる。幾は幾何学の幾で、精密という意味がある。回転仕掛けの渾天儀(天体の動きを模した機器)の回転部分のこと。星の運行は、人々に方角を教えてくれるばかりではなく、国家の命運をもにぎると考えられていた。

 ちなみに北斗七星の一番目の星は「天枢」という。 北斗七星が北極星を中心に規則正しく回転しているように、本穴も呼吸により上下に規則正しく動く。転じて天枢は回転扉の軸部分のことをさすようになった。人体においては、天枢を軸として上半身を折り曲げる処と考察した。扉自体は開閉で位置が変わるが、軸部分は位置を変えないので、北極星に似ている。

 

    渾天儀

②兪府(腎)   
 a.腎経の走行は肋骨を上行し、最後には、この穴に集結することを示す。

※b.「府」=は集合で肺の宣発作用、「兪」=輸送で肺の粛降作用をいう。すなわち兪府とは肺のもつ宣発粛降作用のこと。
 吸気時、体内の水分を一度肺の処まで引き上げ、息はく時に、その水分を内臓全体に、ジョウロで水をまくようにする。これはポンプの仕組みと同じ。

③気戸(胃)  
※前胸で、鎖骨と第1肋骨の間の小さな間隙を戸に例えた。気の出入りをする肺の入口。

 

3)第1肋間

①華蓋(任)
肺は蓮の華の形ににており、また天子の頭上にある絹の傘の形にも似ている。天子は華であり、その頭上にあるのが蓮花である。
天子の頭上を華蓋で覆うのは、遠目から見て、誰が最も偉いかを知らしめるためであろう。

ちなみに中国で祭礼の際に高貴な者が頭に載せているのは、冕冠(べんかん)という。四角い板状の前後から、旒(りゅう)という前後24本の簾が垂れ、個々に12個の飾り玉があり、視線を隠している。一説によると、一説によると皇帝は、あまりにも洞察力が鋭く、すべて見通すので、冕冠により世の中の見たくないものまで、見えてしまうのを防ぐ役割だという。しかし、冕冠は深編笠(一種のサングラス)のような役割があって、自分から相手は見えるのに、相手から自分は見えないという心理的優位性を目的としたものだと考えている。 

②彧中(腎)  
※「彧」=区切り、枠取り。肺と心の区切りのこと。

③庫房(胃)
「庫」は倉庫、「房」は厨房や工房。その下にある臓器「肺」を収納するための部屋。


4)第2肋間

 

①紫宮(任)  
天帝が住んでいる星、すなわち北極星を紫微星とよんだ。紫微星とは貴重な星の意味で、心臓の位置にある。

 

中国皇帝といえば古来から黄色(五行色体表の五方すなわち東・西・南・北・中央の中で、中央に相当するのが黄色)を最重要視しており、その代表が黄帝。

その一方、貝からとれる紫染料(これを貝紫とよぶ)が非常に希少で高価なことを知ると、紫も重視するよう変化した。北京にある昔の皇帝の住居(故宮)の別名を紫禁城という。これは一般人が入ることのできない特別な場所との意味がある。
(聖徳太子が制定した冠位十二階の最高位も紫色だったが、この染料は安価な紫芋(これを芋紫とよぶ)によるものだった。さすがは聖徳太子で、つまらないところに費用をかけない賢明な判断だった。

 

②神蔵(腎)  
心に近い紫宮の両側で霊墟の上にあり、神霊(心)を守る。

③屋翳(胃)  
「翳」とは屋根、「翳」は羽でできたひさし。

④周栄(脾)  
「栄」は活力源で栄養素と同じ。全身に栄養素を巡らす。

 

5)第3肋間

①玉堂(任)  
玉堂=高貴な場所。皇帝の秘書。中国の科挙合格者の中でトップが配属される部門で、歴史編纂、皇帝の発言を記録する部署。

②霊墟(腎)
a.「墟」は土で盛られた高い山。 仰臥位になると霊墟は前胸部の高い位置になることから。       
b. 秦始皇帝が築いた運河のこと。中国の桂林市興安県に現存している。

③膺窓(胃) 
「膺」は胸、「窓」は気と光を通すところ。胸の辺縁にあり、本丸に
換気と光を通す役割。

④胸郷(脾)
※「郷」は人が集まる村々(=故郷など)のこと。胸郭はタル型をしていて、その
側面中央の断面積が最も広い処になる。
吸い込んだ清気(≒空気)がたくさん貯まる処として胸郷と名づけた。


6)第4肋間

①膻中(任)  
a.両乳間の間を膻という。膻にはヒツジのような生臭い。乳児がいる女性では仰臥位で寝ている時など、乳頭から漏れ出た乳汁がこの部に溜まるので生臭くなることがある。

b.君主(心)の住まいである宮城(心包)の別名。

②神封(腎)  
※「神」=心、「封」=境界線。胸中線の脇で心に近い部。

③乳中(胃)  
乳頭部

④天池(包)   
肋間のくぼみのような池(汗をかくところ)

⑤天渓(脾)  
この場合の「渓」は、乳汁分泌を川に例えている。

⑥輒筋(胆)  
「輒」は荷車の左右の側板をいい、荷崩れしないで多くの荷物を積めるようにしたもの。これが転じて胸横部の前鋸筋をさす。
※「輒」には耳タブのように軟らかいとの意味がある。これは前鋸筋筋腹の形容になっている。

⑦淵腋(胆)  
 脇の下に隠れる水溜まり。腋下の汗をかきやすい部。

                                   
7)第5肋間

①中庭(任) 
「庭」=宮殿(君主)正面の庭園。膻中(宮殿)の下に位置する。胸骨体下端の陥み(胸骨体下端)で、腹直筋停止部になる。

②歩廊(腎) 
「廊」とは建築用語で、2列の柱を繋ぐために作られた通路(腹直筋停止)のこと。歩道橋がその典型。中庭穴を跨ぐ通路のように左右の肋軟骨上に歩廊穴がある。


③乳根(胃)
 乳頭の根元。乳根は胃の大絡であり、心拍による左前胸部の上下動を虚里(わずかな振幅)の動ととらえたのだろう。

④食竇(脾)  
※「竇」=洞。私は、左食竇は胃泡のことと解釈している。胃の中に食物が入る場所との意味。  

従来の説では「食道」と解釈するが、本穴の位置は前正中付近にはないので、本説の信憑性は疑問である。


7)胸骨弓縁、その他
①極泉(心)  
泉(汗)がわき出る最も高いところ。

②期門(肝) 
十二正経は肺経の中府から始まり、肝経の期門で終わる。一周りしたとの意味。

③日月(胆)   
日月(胆募)の上方5分には期門(肝募)がある。

※「肝胆相照らす」との表現にあるように、両雄とも相手に影響を与え合う存在。期門と日月は近い距離にあり、影響を受け合うことを示す。

④章門(肝)  
※「章」=ひとまとまり。他の肋骨と異なり、本穴は第11肋骨前端という浮遊肋骨
にあることを示す。

⑤京門(胆)
※「京」はみやこという意味の他に、高い丘の意味がある。京門は第12肋骨前端という浮遊肋骨にあることを示す。

⑥大包(脾)   
脾の大絡として、内臓診察点。

左大包は胃泡を示すと私は判断した(打診で鼓音の存在で調べたのだろう)。要するに食竇と同じ意味になる。その上の横隔膜の動きにも関与。横隔膜は陰である胸部臓腑と陽である腹部臓腑の境界。
 仰臥位で食竇を打診すると太鼓音になることと同じ。

⑦鳩尾(任)  
剣状突起が鳩の尾の形に似ていることから。

 

引用文献
①森和監修 王暁明ほか著「経穴マップ」医歯薬
②周春才著 土屋憲明訳「まんが経穴入門」医道の日本社
③ネット:翁鍼灸治療院 HP
④ネット:経穴デジタル辞典  ALL FOR ONE
⑤漢和辞典「漢字源」学研

 

   上肢や下肢の痛みやシビレを訴える患者に対し、頸椎や腰仙椎あたりから刺針して症状部に響かせる方法は、針灸臨床ではきわめて普通に行われている。ただ頚椎や腰仙椎付近を刺激するといっても、どこを刺激するのか、なぜそうするのかといった点を改めて問い詰めると、考えれば考えるほどわからなくなってくる。

 

 神経根性の痛みとは、椎体と椎体の間にある椎間孔から脊髄神経が出る部分の圧迫刺激だとみなされてきた。そこで神経根症に対して、ペインクリニックでは神経根ブロックが行われてきて、ある程度の症状緩和されてきたが、症状は再発しやすく、完治に至る方法でもなかった。そもそも神経根圧迫で上下肢の痛みや知覚鈍麻が起こるということは、考えにくいことである。なぜなら知覚神経は上行性に情報伝達するからである。これをベルマジャンディーの法則とよぶ。

 例えば梨状筋症候群は、梨状筋が緊張して直下を走る坐骨神経痛を絞扼した状態とされるが、知覚神経は上行性なので、それだけでは下肢痛は生じることはない。ただ運動神経成分は下行性なので、下肢の知覚鈍麻は生ずる。梨状筋症候群時にしばしばみられる下肢痛は、梨状筋トリガー活性による関連痛が下肢に生じた状態ともいえるのである。


    解剖学に針先は神経根に入り込むことはできず、その手前の筋層にしか達しない。針灸治療でも、神経ブロックの手法を使って神経根近くに針先を誘導するという神経根周囲刺針が行われていいる。しかし局麻剤を使わない分、神経根に直接針先をもっていくことは至難の技で、治効も神経根ブロックに比べて、劣るものとみなされているようだ。もっとも神経根ブロックでも局麻剤ではなく生理食塩水やドライニードル刺激だけでも同様の効果が得られるという意見がもる。




1.神経根症に対する神経根刺針の効果
 

    古来から、神経根症とよばれる病態が認識されている。ただし神経根は椎間孔で機械 的圧迫刺激圧迫されただけでは痛みは起こらず、痛みが起こる原因は、神経根の傷害や炎症に伴う異所性発火(正常ではみられない部位に出現する神経の興奮)により生じるとされている。
 すなわち侵害受容器への反復刺激→神経細胞の感受性増大→後根神経細胞のシナプスの変性→痛みの慢性化・難治化という反応を呈するというのだが、そのことが臨床でどのように対応すべきかは判然としない。治療家にとって役立つ説明とも思えない。
   要するに針灸治療に際しては、神経根周囲に対する刺激し、神経損傷の修復や神経の 炎症を抑えることが針灸治療ポイントになるのだろう。

   井上基治らは、このような神経根ブロックの方法に従って4症例にX線透刺下で神経根部に刺針+通電刺激したところ、どれも治療直後の効果は著しく、しかも持続効果も大きいことが分かったという。
この作用機序としては、神経を鍼で刺激→神経血流の増大→神経損傷の修復と考察した。
 ただし鍼通電療法は、鍼治療(筋パルス、鍼麻酔方式による通電療法)よりも効果的だったとしているのが少々気になった。
 (井上基浩 他「根性坐骨神経痛に対する神経根鍼通電療法の開発と有効性」明治鍼灸医学 第30号:1-8  (2002)
 

2.神経叢刺針
 

 神経叢が発達しているのは上肢症状を生ずる腕神経叢(C5~Th1前枝)と腰臀大腿部症状を生ずる腰神経叢(L1~L3前枝)で、これらの神経叢刺針は針灸治療で多用されている。
   腰神経叢刺針として頻用するのが志室から腰椎横突起に向けて深刺する針で、これは腰仙筋膜刺激となり、腰神経叢から出る神経枝に広範な針響を与えることができる。
   腕神経叢に対する刺針の代表穴としては天鼎穴が知られている。天鼎穴は書籍によりその位置が異なるのだが、私は中国の「経穴断面図解図譜」での天鼎位置を、解剖学的に意味をもつものとして評価しており、これを「中国天鼎」と称している。 
 中国天鼎:側臥位。甲状軟骨と胸鎖関節の中点の高さで、胸鎖乳突筋後縁から下方1寸。胸鎖乳突筋と中斜角筋間に刺入すると腕神経叢を刺激し、上肢へと電撃様針響を与えることができる




2.傍神経刺としてのモーレー点
    

 

 

 

 

    天鼎は側頸部からの刺入になるが、前頸部から胸鎖乳突筋鎖骨枝から直刺すると前斜角筋直下に腕神経叢があり、やはり電撃様針響を与えることができる。これは胸郭出口症候群の一つ斜角筋症候群の判定に用いるモーレーテスト部位に一致するので、こ の天鼎傍神経刺を「モーレー天鼎刺針」とよぶことにした。


3.筋膜性疼痛症候群(MPS)
 

1)椎間関節刺激による偽神経根放散痛
  神経根症とMPS(筋膜性疼痛症候群)はともに「しびれ」を引き起こすため、

     判別が難しいことがあり、MPSを「偽神経根症」として取り扱われるケースもあ

      る。
      神経根症によって筋肉が常に緊張し、その二次的な結果としてMPSが発生するこ

     とがあり、この場合、神経の圧迫だけを治療しても、筋肉由来の痛みが残り続け

 る。

  痛みを誘発する部位を、トリガーポイントとよび、トリガーポイント活性すれば

     別の場所に痛みやしびれが飛ぶことも多く、これを関連痛とよぶ。


        MPS研究会の木村裕明医師は、神経根症状の発痛源の多くは、ギザギザ底部の筋

    膜(=fascia)の重積(=組織が癒着して滑走性が悪くなった部)のようだとする見

    解をした。「L5根症状がある場合は、大抵L5/S1椎間関節の上か下のギザギザの底

   部にfasciaの重積が見られる。そこに圧痛が出る。上下の椎間関節を結ぶ、ギザギザ

   の底部のfasciaに針をもっていき、リリースすると下肢に関連痛が出ない場合は、ち

 ょっと針先を外側にずらすとよい。そこに造影剤を入れると、たいてい神経に沿っ

 て広がる」



2)C6横突起刺針刺針による上肢への放散痛 
     

 フェリックス・マン(Felix Mann)1931年ドイツ生まれ – 2014死去は、イギリスで活躍した医師で、中国に留学して中国古典針灸を学んだが、中医学の非科学性を改めて知ることとなり、科学的根拠に基づく鍼灸治療に転向した。わが国では医歯薬出版から「鍼の科学」を出版した。
  私は「鍼の科学」で、頚椎椎間板症など頸神経根症状に類似した病態に対して、腕神経叢を形成している数本の神経を針で刺すよりも、第6頸椎の横突起を刺激する方が効果的だとする記載を発見した。
   頚椎横突起は胸椎や腰椎の横突起と比べて目立たない存在だが、改めてフェリックスマンの示すであろう部位を図示すると次のようになった。なお仰臥位でC6棘突起は輪状軟骨の高さになる。私はこれをフェリックス天鼎と呼ぶことにした。

 

   

     フェリックス天鼎刺針を追試してみた。被験者を椅座位にさせ、側頸部中央で輪状軟骨の高さから横突起に命中するように刺針する。針は2寸#4を使用。すると上肢に放散痛を与えることができるようだった。
   このフェリックス天鼎は、先に紹介した木村裕明氏のいう椎間関節の筋重積部と同じことを示しているのではないかと感じた。
 

 

3)深部痛刺激の放散痛パターン

 厳密に椎間関節部に鍼先をもっていくことは、臨床では難しいことであり、症状に一致した放散痛が得られたことをもって施術成功としているようだ。先のC6棘突起刺針も同じことである。
   Tomas Lewisは、身体深部筋を刺激した際に生ずる関連痛パターンを調べたが、あ

たかも神経根刺針による放散痛とよく似た分節パターンを呈した。下図でC5の高     さの深部筋刺激により肩関節部あたりに放散痛を生じ、C6の高さぶ深部筋を刺激すると上肢外側に放散痛を生じ、C8の高さの深部筋刺激では上肢尺側に放散痛を生じた。

 

   

    このことから、椎体にぶつけるように深部筋を刺激すると、神経根刺針または神経根周囲刺針と同じような放散痛を与えることができるのではないだろうか。
 針灸臨床では、症状をもたらしている筋コリを指頭感覚で見出し、コリ中に刺入し、症状に一致した放散痛を得ることが効かせるための治療の秘訣といえるだろう。


 

                 
1.はじめに
 私が当ブログで陰部神経刺針について何度も書いているせいか、当院では肛門痛で来院する患者が多いようだ。確かに陰部神経刺針の適応は、仙棘靭帯で絞扼された陰部神経を刺激することで、馬尾性脊柱管狭窄症症状に効果があるのは間違いない。

 陰部部神経刺針をすると、その響きは陰部(肛門や生殖器)に与えることができるので、肛門症状にも効くかもしれないと思い、痔疾とは異なる肛門奥の痛みをで来院する患者に陰部神経刺針を試行したことも何例かあったのだが、1~2回の治療で来院しなくなる例が多かった。
 初回の治療効果による変化を2回目治療方法の改良に反映させることができないので、治療法の改良につなげることはできず、悶々としていた。
 しかしこの4ヶ月前頃からほぼ同時期に肛門痛を訴える患者が2名来院し、両名ともある程度早期から治療効果が得られ、しかも週1回程度の継続来院していただけたので、計画的に新しい試みを、2名の患者に試すことができ、その効果をフィードバックして効果の期待できる治療へと改良することができたように思う。
 

2.肛門挙筋症候群の概要(Web日本医事新報より)
1)概念

 慢性の直腸肛門痛を主訴とする機能性直腸肛門痛。骨盤底筋群の痙攣と上昇した肛門静止圧(肛門を安静時に締めている圧力)や,排便時の骨盤底筋群の協調運動障害に由来すると想定。

2)特徴的な症状 

 ①慢性あるいは反復性の直腸の痛み
 ②30分以上持続する痛み
 ③恥骨直腸筋の牽引による圧痛
 

3.症例報告2例

1)症例1  45歳、男性
症状:医師から肛門挙筋症候群といわれている。肛門奥の痛み。肛門が時々突き上    

 げるように痛む。仕事は普通にできている。
現病歴:当院初診約1年前から肛門奥の痛み出現。肛門左側>右側痛。内痔核Ⅱ度。治療:肛門周囲の知覚は陰部神経なので、腹臥位にて3寸#8針で両側の陰部刺針実

 施。肛門へ針響を与えた。30分間置針。

第2診(1週間後)
症状:肛門痛軽減
治療:陰部刺針に加え、陰部刺激点の内方1寸前方1寸、後方1寸にも刺針。陰部神

 経刺激の刺激量増加を図る+柳谷便通穴深刺(3寸#4)で肛門へ針響を与えた。
   ※柳谷便通穴:臍の下方2寸に石門をとり、その左方1寸。仰臥位で2寸以上直刺

        腸間膜根刺激となる。

第3診(1週間後)
症状:肛門痛には波があり、午前中の方が楽。陰部神経刺針よりも陰部神経多数刺

 針の方がマトに当たっている感じになる。
治療:陰部神経周囲置針に加え、肛門挙筋刺針追加。
   柳谷便通穴中止←腸間膜の症状はなく症状は肛門奥なので骨盤底筋刺激を追加
  ※肛門挙筋治療では、会陰の前後左右1寸に、3寸#8で直刺パルス30分
    これは骨盤底筋とくに肛門挙筋に対する刺激になる。(詳しい技法は後述)

第4診以降
症状:肛門周囲刺針を加えた方が症状軽減する。陰部神経刺針は刺針数が多い方が効

 果がよい。
治療:陰部神経周囲置鍼パルス30分間+肛門周囲刺針パルス30分。いずれも3寸

 #8針にて実施
 仙骨部ハコ灸で20分温補→治療効果不明
     閉鎖神経刺針追加←肛門の外方で大腿内側足の付け根も痛むと訴えたので試行。   仙骨部カッサ10分間→仙骨部にカッサ刺激をしてもカッサ皮下出血斑おろか発赤    もしないようだ。仙骨部カッサは、骨盤内臓神経刺激を企図している。
        カッサ後は、非常に仙骨部が軽くなったとの訴えた。

2)症例2 31歳、女性 既婚(妊娠していない)
主訴:数年来の右肛門痛、医師から肛門挙筋症候群といわれている。
現病歴:排便痛あり。排便後肛門がピリピリする。時々肛門が引きつるように痛み、

 立ち座りができなくなる。
  治療:右側臥位にて右側陰部神経集中置針パルス30分間

第2診(1周間後)
症状:陰部神経ブロック針をすると2週間程度は肛門痛良好だった。
治療:陰部神経集中刺針+左右会陽深刺、柳谷便通穴深刺

第3診(1週間後)
症状:初回治療の方が効果あった。→会陽深刺中止。
  下肢坐骨神経走行に一致した症状があるので坐骨神経ブロック点刺針追加
  大腿内側基部も痛む→閉鎖神経刺針追加

第4診(1周間後)
症状:針灸治療すると、3~4日は悪化。肛門つきあげる痛み。しかしその後に症状 

 楽になる。→返答:この程度の刺激量でちょうどよい。翌日から軽快すると刺激不

       足になるだろうから。
治療:腹臥位にて、3寸#8で陰部神経周囲置鍼パルス30分
   腹臥位にて、3寸#8で肛門周囲4点深刺パルス30分
 

第5診
治療:同上治療
 加えて仙骨部カッサ10分  カッサすると治療直後から仙骨部が軽く感じられると 

 のこと。

それ以降
 私が胆石で18日間治療院を閉めていたこともあり、当患者はMSMというサプリメント(有機硫黄)を飲み始めた。すると回復が加速して痛みが完全にない状態にまでくることができたので、現在来院休止中。
 針灸する前はどの体位をとっても肛門のひきつれ感があったのだが、一人で電車に 乗ったり歩いたり電車に乗ったりもできるようになったので、針灸は一定の効果があったと患者は評価している。

4.症例を通じて感じたこと
 

1)肛門痛では、肛門挙筋と外肛門括約筋の運動と知覚を支配する陰部神経刺針が第

 1候補になる。陰部神経刺針は、一本の針でねらうよりも、4本程度の針で包むよ

 うに刺激する方が刺激量が増すせいか、治療効果が高まるようだ。



 2)肛門挙筋症候群という観点から、肛門周囲を刺入てとして肛門挙筋に深刺しす

 ることは有効性が高かった。肛門挙筋の主要神経支配も陰部神経である。
  外肛門括約筋(肛門を締める作用)の外周にあるのが肛門挙筋で、とくに排便

 時に直腸やS状結腸を引き上げる作用。肛門挙筋は、骨盤底筋の一つ。

 

3)肛門周囲刺針の方法
  部位的に施術が難しいところだが、患者にはどこに行っても治らなかったという

 必死の思いがあるので、治療に協力していただけるのが普通である。ただし心の準

 備が整のっていない初回から実施することは、避けるべきだろう。
 ①体位:マクラをしない。腹臥位で、上前腸骨稜あたりに膝マクラをあて、尻を後

   に突き出す体位とする。(写真) パンツを大腿まで下ろさせる)
     大腸内視鏡で使う紙パンツが市販されている。肛門あたる部分にスリットがあ

   り、患 者の羞恥心を減らすことができる。患者に用意させてもよい。

 ②肛門を視認。ゴムぶくろをはめ、指にはゼリーをぬる。このゼリーは当初はベ

   ビーオイルを使ったが、滑りが不十分なため、ぺぺローションに変更した。
      肛門周囲を十分にアルコール綿で滅菌し、会陰前後1寸外方から、計4本を3
             寸#8にて5cm  刺入。30分間置針。

 

 

 

 

4)仙骨カッサについて
    
     私の治療経験から、骨盤内臓神経刺激は、腸の迷走神経興奮状態を落ち着かせる作用すなわち切迫性尿失禁や頻回下痢に効果的だと考えているが、陰部神経症状である肛門の痛みに効果あるかは不明だった。
 骨盤内臓神経は、深部から細い枝が多数分岐していて仙骨孔を通って仙骨後面にも

分布しているから、必ずしも骨孔内に針を入れる必要はない。そもそも骨盤内臓神経を刺激したとしても知覚成分がないのでそもそも響かせることはできない。
 北小路博司氏は中髎から斜刺し、仙骨骨面に沿うように水平刺する方法を行ったが、これが仙骨部副交感神経機能を亢進するのであれば、必ずしも針刺激でなくても、皮膚刺激でも代用できるのではないだろうか。 ただし灸では刺激量不足になりかねないので、有効刺激となるためには、ある程度刺激面は広い方がよい。このような発想から仙骨部カッサを試してみた。

 

 

 
 カッサ刺激は、皮下出血させるまでこすることを刺激量の目安とするのだが、仙

骨では、皮下出血させるのは難しく、少々発赤する程度がせいぜいだった当初は仙

骨部を5分間カッサ実施したが、軽快が得られので、次からは10分間に変更した。それ以上時間をかけることは治療時間的に、術者の体力的にも限界だった。

 仙骨部カッサが肛門のひきつれるような痛みに効果あるのかは不明だが、患者自身「仙骨部が軽くなる」とする効果はあるようだ。

 

忘れていたが、筆者は4年前にブログ「肛門ひきつれ感に対して、肛門挙筋刺針が有効だった例」を発表済だった。今回のブログと大きく異なる点は、肛門周囲刺針の体位であり、今回のように尻を挙げた伏臥位で行う方が実用的だと改めて思った。

 

 

 










 

昨年7月に、無症候性心不全となり、心臓バイパス手術して1ヶ月間入院しましたが、今度は本年3月27日に胆石+麻痺性イレウスにて急遽手術入院となりました。18日間の入院で、本日4月14日退院できました。

腹痛を我慢したので、胆嚢が破れ、内容物が腹膜に流れて腹膜炎を誘発、これにより麻痺性イレウスになったとのことです。

手術時間は4時間半。巨大な胆石と普通大の胆石を摘出しました。破れた胆嚢は縫ったと聞いていたのですが、実は胆嚢自体を切除したとここと。術後1週間は飲食不可で、うがいのみ許可。腹部から廃液ドレーンを4本、鼻から胃へもチューブをつながれ、膀胱にも管が入った状態。胆嚢を摘出したので、肝臓から製造された薄い濃度の原液は、胆管を経由して十二指腸に流れ込むようになりました。医者が言うには、それでも差し支えないとのことでした。胆嚢がないので、今後胆石症になることはないとのこと。

ともあれ、何とか退院できましたが、とてもじゃないけど体力が低下し、自宅の2階に昇り降りすることが非常につらい状態です。

術前の体重は、76kgでしたが、退院時は72.5kgになりました。何しろ食べていないので。相変わらず食欲がなく、うどん一玉を持て余す始末です。

体力回復に努め、4月18日(土曜)から診療再開です。

 

 

 

 A.森秀太郎著「はり入門」とは  



 

森秀太郎著「はり入門」は昭和46年、医道の日本社から刊行された。歯切れのよい文章で明快に説明していることで人気となり、ロングセラーとなった。全般的に浅刺しているが、背部兪穴刺針では交感神経節刺を行っていて、深刺していることに驚く箇所もある。
「はり入門」は柳谷素霊著「秘法一本針伝書」の三十年後の本ではあるが、現在から五十年前にできた本である。解剖学図は不十分で、本文中に筋肉名や神経名も出てこない。これは著者の森秀太郎は針灸界の重鎮だったので、解剖学的に経穴位置を明記しなかったのは、異なる意見をもつ者のことを配慮した結果なのだろう。その証拠に奇穴の説明では、きちんと解剖学的に説明している。
視点を変えれば、こうした不十分な要素があるから、現代針灸の視点から内容を書き改めてみる価値があるのではないかと思った。私の針灸治療経験も40年を越えた現在、各穴の<臨床応用>の項では、従来の「何々に効くとされている」といったあいまいな表現ではなく、できるだけ自らの治験による印象を記すように努めた。「はり入門」の掲載穴は計80穴であるが私が必要と考える、81)天鼎・82)夾脊・83)環跳・84)居髎と 85)丘墟を加えた。ただし78)然谷 は使用頻度が低いので省略し、全部で85穴とした。テキストは計68穴、103ページ。

 

C.「はり入門」セミナーの要項    

1.会場:東京都国立市中1丁目10-34「国立市中1丁目集会所」
  JR中央国立駅、南口下車 徒歩3分



2.開催時間 午後4時~6時30分頃  
3.定員:各回とも12名、 見学は2名以内。(定員になり次第〆切)
4.日程と予約状況

  残席数は令和8年3月22日現在の状況。

 ◎参加特典として初回参加時、「五十音順 経穴名の語源」PDF送付。
 ◎参加予定者には毎回、開催約1週間前にPDFを送付。

 第一回 2月8日(日曜)終了

 第二回 2月22日(日曜)終了

 第三回 3月8日(日曜)終了

    第四回 3月22日(日曜)終了
 第五回 4月12日(日曜)予定でしたが、似田体調不良(胆石にて手術入院)により延期します。

 第六回 4月26日(日曜)予定でしたが、似田体調不良(胆石にて手術入院)により延期します。 

  実技では、似田のほか当会理事の<小野寺文人><岡本雅典 >

  指導にあたります。
 5.会費:一般8000円、学生7000円、見学4000円。当日払い。

        領収書発行します。
6.当日ご持参品 
 ①書籍、森秀太郎著「はり入門」医道の日本社刊(持参しなくても可。

          古書として2000円未満で購入できます)
 ②筆記用具
     各回オリジナルカラーテキスト配布。針灸実技の用具類支給。
7.懇親会
        講習会後、駅前の居酒屋にて懇親会実施します。 飲食費は3000~3500円程度

    (当日受付)
8.参加お申し込み方法
         参加御希望の方は、①参加希望会のテーマと参加予定日、②氏名、③住所、

  ④電話、⑤Eメールアドレスを明記の上、下記メールにご連絡ください。

  お問い合わせは、下記メールまたはお電話でお願いします。お申し込み〆切は各 

      回とも開催前日午後3時頃まで。参加者12名に達した場合、その時点で受付終

      了。各回ごとに見学者は2名以内。
         連絡先:あんご針灸院 似田 敦(にただあつし) 
        電話042(576)4418 

       メールアドレス nitadakai825@jcom.zaq.ne.jp

1.十二正経の概念図
 
筆者は以前、十二正経走行概念の図を発表した。

 

 

これと同じ内容をさらに単純化した図を示す。この図の面白いところは、赤丸の内側は胸腔腹腔にある臓腑で、鍼灸刺激できない部位。赤丸び外側は手足や体幹表面で鍼灸刺激できる部位となっているところである。鍼灸の内臓治療の考え方は、赤丸外の部位を刺激して赤丸内にある臓腑を治療すること、もしくは体幹胸腹側もしくは体幹背側から表層刺激になる。これは兪募穴治療のことである。

 

 
2.手足の八宗穴を使うことと奇経流注の謎

 

上図は、症状に応じて定められた手足の一組の要穴を刺激することで治療が成立することを示すものだが、この方法は奇経治療以外にも行われている。手足の陰側と陽側それぞれにある定められた12の要穴を使った治療は、1970年代に発表された腕顆針(日本名は手根足根針)が知られている。この図を見ると、手を上げた立位の状態で縦縞模様に区分されている。

    手根足根針が全身を6区分している。奇経は8脈だが2脈をペアで使うので4区分とするので、基本的な分布構造はよく似ている。ただし手根足根針ではオレンジ色区分である小腸経と膀胱経の走行が一本線で描かれていない欠陥がある。実は奇経ペアの陽蹻-督脈の流注の分断性についても同じことがいえるが、私はその解決法を発見したので、下記「4.督脈の宗穴が後渓なのはなぜか?」として記した。

 

 

奇経治療は、八つの奇経を組み合わせて使うのが原則なので、4パターンの治療になるが、同じような縦縞模様となっている図に、「ビームライト奇経治療」というものがあることをネットで知ることができる。

 

 http://seishikaikan.jp/blkikei.htm

 

3.新しい奇形流注図
 

 縦割りの考えで奇経を眺めると、体幹と頭顔面の中央に、陰側に任脈があって背側に督脈がまず存在している。任脈のすぐ外方には陰蹻脈が伴走し、さらに陰蹻脈の外方に陰維脈が縦走している。督脈のすぐ外方には陽蹻脈が伴走し、陽蹻脈の外方には陽維脈が縦走しているといった基本構造がまず想定されている。これは川の流れに似ている。川の中央部は流れが緩やかで波立たず、水深がある。川底には大きな石が堆積している。これを淵(ふち)とよぶ。淵は魚の隠れ場所に適している。一方川辺りは流れが速く浅い。川底には砂や泥が堆積している。これを瀬とよぶ。瀬は魚の餌場である。また川がカーブしているところは、カーブの外側では流れが速く浅く。カーブの内側では流れは穏やかで水深がある。
 例えば督脈や任脈は淵としての性質をもち、陽蹻脈や陰蹻脈は淵と瀬の中間、陽維脈や陰維脈は瀬としての性質をもつのではないだろうか?

 

 これまで奇経を作図するため、試行錯誤しきたが、作図する上の条件は次のようなもである。①手足の八つの宗穴で、定められた手足のペアとなる宗穴を結んだ図を描く。②衝脈と帯脈の走行は無視するが、衝脈の宗穴である公孫、帯脈の宗である足臨泣は。各ペアとなる陰維脈ならびに陽維脈の流注における足部代表治療点として位置づける。以上の2点を重視し、私の考える奇経走行図を示したい。手足のペアとなる宗穴は連続してつながっている必要があるが、本図では背部の陽維・帯脈の流れは、肩甲骨によって上下に分断されていることになる。しかしながら、陽維・帯脈は、肩甲骨・肋骨間を上行している、つまり立体交差していると考えれば、納得いくものとなるだろう。

 
 衝脈と帯脈は、他の奇経と同列に論じられない。この二経は初潮から閉経の間に機能し、婦人病に関与するという共通点があると思える。他の奇経が自己の生命を正常に営むことを目的としているのに対し、衝脈と帯脈は、新しい生命を生むための仕組みに関与している。

帯脈:帯を胴体に巻かないとズボンが落ちてしまうのと同じように、帯脈の機能がなくなると、帶下になるのだろう。帶下とはおりもの意味で月経以外の膣からの分泌物をいう。この意味から広義に解釈し、不正出血や月経異常も帯脈の病証に含めるのではないか?

衝脈:「衝」過とはぶつかるような、つきあげるような勢いのこと。衝脈は子宮から発するとされているから、原意は妊娠時のつわりにあると思えた。次第に広義の悪心嘔吐も衝脈の病証とされるようになったのだはないか? 

 

 

  筆者は、古代中国医師は「おそらくこう考えたのではないか」という視点を骨の隆起など解剖学的立場から奇経を推察しているが、実際に奇経治療で効果を出すという臨床的観点から論説している立場がある。

 

 

4.督脈の宗穴が後渓なのはなぜか?

 

督脈の宗穴が後渓であることは基礎的知識だとはいえ、後正中を縦走する督脈の流注がなぜ小腸経の後渓なのか、経絡的に連絡がありそうに思えなので、合点がいかない話である。


身体の柔軟な者では、左右の肩甲骨を内転せると、左右の肩甲棘基部を接触させられる者がいる。ということは、このポーズで督脈を流れるエネルギーは肩甲棘基部から流れを乗り換え、エネルギーは肩甲棘を外方に移動し、肩峰あたりから上肢を下行(針灸的には上行)して後渓まで達することになる。

 

 

5.奇経宗穴の守備範囲

 

 奇経八脈には各経脈には代表穴があって、定められたニ経をペアとして使うので治療型としては4パターンになり、一つの治療パターンでは2穴の代表穴を同時に使うという治療上の約束があった。


 では1穴のみを使った施術でダメなのだろうか。たとえば一個の荷物を運ぶ際、一人でも運ぶことは可能だが、一人が荷物を引っ張り、もう一人は荷物を押せば、仕事が楽になると考える。とはいえ一穴治効の及ぶ範囲を見極める必要もあるというものだ。

 

奇経は一本の長い道が続いていて、手と足にそれぞれ宗穴があるので、症状部位から、遠いとその力も及びにくくなるだろう。

 十二正経には手所属と足所属に大別されるが、これと同時に手に近い症状部位には手にある宗穴を使い、足に近い症状部位荷は足にある宗穴を使うことは自然な成り行きといえる。

 

 長々と書いてきたが、ようやく結論までもっていけたことを嬉しく思う。ここまでたどり着くには、四十年以上の年月を費やした。

 

 


 上図は、十二正経の、一合(肺・大腸・胃・脾)の各流注である。正経なので各経絡は臓腑に結びついている。十二正経の他の経絡も構造的には同じである。

 これを土台として、奇経走行を図示すると、以下のようなった。奇経は臓腑と連絡しないので、その走行はシンプルである。前述したように衝脈と帯脈は患者自身の命とは直接関係がなく、宗穴との関係も不明なので、ここでは機能イマージを図示すた。正経と同じように手所属と足所属に分ける。
 
 <手の宗穴の守備範囲>
 内関の主治は、手の陰経の尺側。
 列欠の主治は、手の陰経の橈側。

 後渓の主治は、手の陽経の尺側~肩関節。
 外関の主治は、手の陽経の橈側~肩関節。

 
<足の宗穴の守備範囲>
 公孫の主治は、足の脾経~体幹前面内側。

 照海の主治は、足の腎経~体幹前面~鼻を除く顔面部。
 申脈の主治は、足の後側~体幹前面~頭部正中~鼻。
 足臨泣の主治は、足の外側~体幹背面外側~側頭部。

 

<別格>

衝脈は、月経血を下す。帯脈は月経血を保つ。
両者の攻めぎ合いが月経サイクルをつくる。

 

  ◯印は、子宮を中心とした産婦人科臓腑

 

 

 

 

              
1.代田文彦先生の考える針灸の科学化

  昔、私が玉川病院東洋医学科に在籍していた頃、代田文彦先生に「玉川主導で、針灸臨床に役立つ標準針灸テキストを作ったらどうでしょうか?」と質問したことがあった。代田先生はこれに興味を示すことはなく、「そんなことより自分の患者をしっかり治療することを一生懸命になるべきだろう」と一蹴されたことがあった。
  針灸治療の向上は、一人ひとりの努力の結果から生まれるものであり、玉川病院東洋医学科として進歩するものではないということなのだ。
 このような昔話をふと思い出したのは、「代田文彦先生追悼文集 先生の御霊前に捧ぐ」(非売品)を読み返した時、元研修生の武藤由香子先生の追悼文が目にとまったからだ。武藤先生も玉川病院流針灸を普及させるとの意見をもっていたようだ。彼女の質問に対する代田文彦先生の回答は、真摯なものだった。
 「体系的な治療学」を教えるほうが、「科学(実験)的治療」の基礎を教えるより楽である。「体系的な治療学」を教わることより、「科学(実験)的治療」をしてく方が習得に時間がかかる。しかし、「体系的な治療学」の発展性は乏しいが、「科学(実験)的な治療」には限りない発展性がある、と。
 

 

2.澤田流太極療法の限界と今後の方向性
 

  1950年代、月刊誌医道の日本誌で経絡論争が展開された。それは討論会の速記という形でも収録されて記事として紙面を飾った。その激しい論争の中で、代田文誌は「澤田健先生は科学というものを理解していなかった」との発言したことを知った。代田文誌は針灸を勉強したはじめの頃、澤田健の教えを全面的に吸収するため、澤田健の考え方を丸ごと吸収するという態度からスタートした。その様子は、「針灸真髄」(医道の日本社刊)の中に残されている。しかし澤田先生の死去後には、科学派グループに属するようになった。ちなみに代田文誌著「針灸真髄」は業界内では名著として知られている。
 <藤田六朗著「経絡現象」医道の日本社刊、昭和39年9月3日発行(絶版)>には次のような発言が収録されていた。澤田健先生が亡き後、澤田流太極治療は発展しなくなった。代田文誌は、この現状に対して、「太極療法は、全体関連性・全機性にもとづき、病気を機能病理学的に見てく立場へと進んでいる」と回答した。また代田文誌・米山博久らにより「太極療法は、自律神経療法に転向した」(針灸治療第3号と刀根山針灸医学研究会会報第3号に掲載)とあった。
 

 

 代田文彦先生はこのようにも警告している。「針灸師は頭が固いね。親父(雑誌)の言葉を、金科玉条のように信じているからね。」

 

 

 引き続き、あまり知られていないツボの語源について整理してみる。

 1.頭臨泣(胆)
     臨泣には、頭臨泣(胆)と足臨泣(胆)がある。「臨」は見おろすこと、つまり目を伏せた状態。「哭」が声を上げて泣き叫ぶことなのに対し、「泣」は声を上げずにしのび泣くこと。

 

2.足臨泣(胆)
 目を伏せるて泣くと、涙は下にたれる。それは足指の足臨泣(胆)あたりを濡らすことになる。


3.然谷(腎) 
 別名は然骨で、然骨とは舟状骨のことをいう。「然」は、<然り(しかり)>で、然谷は、<そこにまさしく谷がある>こと。舟状骨は飛び出ていて、その直下のくぼみに本穴をとる。後脛骨筋の機能は足の底屈で、この運動を酷使するランナーが痛めやすい処。これが後脛骨付着部炎である。

 


4.頭維(胃) 
  「頭」は頭部、「維」は額の髪と鬢の髪をつなぐこと。頭髪とヒゲの接合部分のこと。  

※もみあげ部には、曲鬢穴もある。
 「 曲」は弯曲、「鬢」は側頭部の髪の毛で、もみあげの一部分で、弯曲した部分にあることから名付けられた。 鬢は、もみあげ後縁の上方で、耳尖の高さになる。

 

5.公孫(脾)

 古代中国では、公(=貴族)の身分は、その子まで引き継がれたが、公の孫は臣民(=平民)となった。公孫は脾経の絡穴になって、胃経と連絡している。本穴は脾経経脈の端付近にあるので、公孫と名付けられた。
 

 

6.懸鐘(胆嚢)

  「懸」はつり下げること。伝統舞踊の踊子がこの部位に鐘の形をした鈴(足鈴とよ  ぶ)をつり下げていたことに語源があるとする文献はいくつか発見したが、足鈴を使った舞踊はインドや東南アジアの風習であり、中国とは異なる。
 

 

 踵骨を後ろから見ると鐘の形をしていて、鐘がアキレス腱というヒモにぶら下がっている。ヒモの元という意味で懸鐘となづけたと考えられる。
 外果の上3寸の懸鐘からあたりで腓骨が腓骨筋に隠れて触知できなくなるので、別名を絶骨という。浅腓骨神経痛では、陽陵泉と同時に 懸鐘にも強い圧痛が現れることが多い。

 

 

 

 

 

 

 

居髎や環跳は、文献により場所が相当違ってくるが、文献的にどちらに正統性があるかを問うよりも、針灸臨床での使い道という観点から整理した方が、実りあるものになるだろう。

 

1.居髎
 
居髎の「居」とは蹲踞(そんきょ)の「踞」と同じで、尻を踵の上にのせる肢位のこと。力士や剣道選手が対戦に臨む前の待機姿勢になる。「髎」とは骨の隙間をいい、孔(貫通するあな)や穴(へこみ)の意味とは別。要するに正座をした時にできる下腹と大腿間にできる隙間のこと。

 

 

本間祥白著『図解針灸実用経穴学』によれば、「居髎(胆)は上前腸骨棘の縫工筋付着部の後方、大腿筋膜張筋の付着部、圧して痛むところ」と記載されている。
 この居髎の解剖学的特徴は、鼠径靱帯下に大腿外側皮神経が通過する部であり、神経絞扼障害の好発部位になると思われる。      
 

(別説)居髎の位置は、大転子と上前腸骨棘を結んだ中点とする説もあって、この方が主流だろう。何といっても東洋療法学校協会教科書での居髎はこの位置。
この取穴では、中・小殿筋緊張緩和を治療目標としているようで、この使い方は納得できるものである。しかしながらこの位置に居髎をもっていくと、日本流環跳(後述)とだぶる結果となり、都合上が悪くなる。この部位は日本流環跳に譲ることにした。



 

2.環跳

環跳(胆) は、「環」は丸いことで股関節回転軸のこと。歩行時、とくに跳躍のような股関節を大きく可動する時に動くことを示している。この語源から、股関節裂隙~大腿骨頭あたりに穴位があることが予想できる。環跳の位置は大きくわけて日本式と中国式に分類できる。日本式は大転子の前方にとるのに対し、中国式は大転子の後方である。「困学灸法」では、側臥位で患側大腿を体幹にできるだけ近づける姿勢で取穴する旨が描かれている。
環跳では正座位すなわち股関節屈曲90°位で鼠径溝のつくる皺の外端を取穴するのに対し、環跳は股関節最大屈曲位で鼠径溝のつくる皺の外端を取穴するという違いがあると思われた。

 

1)日本式環跳

上前腸骨棘と大転子の頂点とを結ぶ線を3等分し、大転子の頂点から3分の1のところに取る。この部位は前述した居髎取穴の別法によく似ている。中・小殿筋刺針である。

 

 

中・小殿筋刺針は、単に側臥位で深刺するよりも、横座り位置で深刺行うと非常に効果的な刺針になる。それは硬く緊張した中・小殿筋が筋緊張真っ最中だからである。
 上図のような横座り位になると、重心が右になるのでこれに対抗するため上体を左にひねる。その結果、中・小殿筋に強い収縮が必要となる。その場合、中・小殿筋のコリをゆるめるには、横座り位にして刺針すると効果が高い。
 


2)中国式環跳

仙骨裂孔(督脈の腰兪)と大転子の頂点とを結ぶ線を3等分し、大転子の頂点から3分の1のところに取る。 

中国流環跳の取穴は、坐骨神経ブロック点とよく似ている。坐骨神経ブロック点は、側腹位にせしめ、上後腸骨棘と大転子を結んだ中点から直角に3㎝下った処にある。坐骨神経ブロック点から直刺深刺すると、梨状筋→坐骨神経と刺激できる。

3.まとめ

①居髎は上前腸骨棘の内縁で、縫工筋の上前腸骨棘起始部にとる。その意義は、正座した際にできる鼠径溝外端で、大腿外側側神経の絞扼障害の改善。
②日本式環跳は、側臥位にして上前腸骨棘と大転子を線で線び、大転子寄りの1/3の部にとる。中・小殿筋緊張の改善を目的として刺針する。治療効果不足の場合、中小殿筋を強い収縮状態にすることになる横座り位で環跳から深刺すると治療効果が高まる。
③中国式環跳は、坐骨神経ブロック点とほぼ同じで、上後腸骨棘と大転子を結んだ中点から3㎝直角に下ったところにとる。梨状筋症候群や坐骨神経痛で用いる。

④居髎・環跳は針灸治療でよく使われる経穴でありながら、その取穴は施術者によってばらつきがあるので、同じ部位なのに異なるツボ名で呼んでいる場合もある。そこで私は、いろいろによばれているツボ名を分類してみることにした。下表で、赤字のツボは、私が普段から使っている呼び名になる。
 

教科書居髎は使っていない。日本環跳で代用している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恩師、故・代田文彦は、経穴のイメージを雑誌に発表したことがあるが、合谷については<針麻酔に使うツボ>以外のイメージがないと書いていた。針麻酔がよく効く身体部位は、脳蓋内手術の際してあったことは知られている。合谷は頭部症状に関係しそうだとはいえそうである。

 

 

脳手術というとわが国の針灸師にとって別世界の話になる。合谷が効きそうな身近な疾患としては、咽痛がある。面疔も効果あるとされるが現代では抗生物質を使って治療するのが当たり前になってしまった。

整形外科疾患では母指内転筋症が重要であり、合谷運動針で即効性がある。

 

 

 

1.面疔に対する合谷多壮灸の効果

針灸師であれば合谷を知らない者はいない。しかしその適応症も知識としては知っている筈だ。最も有名なのは、明治から昭和初期に流行った「桜井戸の灸」だろう。面疔に対して、痛みが楽になるまで合谷に多壮灸(数十~数百壮)する。家伝の灸によくある話だが治効理論といったものはない。ただし古典でいう四総穴の一つであって、<面口合谷に収める>といった文節が存在する。
 

私は合谷の灸がなぜ面疔に効くのかを推理して、すでに本ブログに発表した。その内容をかいつまんで紹介すると、合谷刺激→脊髄→脊髄視床路→視床→大脳という痛みの伝達過程で、一部は脊髄視床から三叉神経脊髄路に分岐し、三叉神経反応をもたらすのではないか。この三叉神経反応の特徴は、末梢三叉神経分布とは異なり、タマネギ様の同心円の縞模様になることが判明しているので、合谷を刺激すると、鼻や口を中心とした顔面部症状に治効があるといえそうだ、とした。
本ブログに発表しているので、こちらを御覧ください。
  

 

2.咽痛に対する合谷多数浅刺の効果


1)咽痛に対する素霊の一本針「合谷」刺針

柳谷素霊著「秘法一本針伝書」の中には、咽痛にしての合谷多数浅刺が効くと書かれている。その内容を簡単に紹介する。
正座位、両手を膝の上に起き、腹部に力を入れさせ、健側の手を強く握らせる。直径1寸3分(3.5cm前後)の丸竹を患側の手に握らせ、合谷を刺針点とする。

 


吸気を腹まで入れる心持ちでウンと力を入れさせ、その時に細指術(針管を使って細い針でごく軽く弾入。針管内の針体の弾性により針柄頭は元の位置に戻る。これを反復して実施)。皮膚が発赤するまで繰り返す。針響が前腕に響くか上腕まで達するか、喉に至るならば成功。また反復刺激していると穴処が赤潮し、または軽く血滲むようになれば咽痛は軽減する。とくに扁桃炎に効あり。
 

2)咽痛に対して合谷刺激が効果的な理由
     
合谷は大腸経のツボ→その表裏関係にあるのは肺経→呼吸器症状である咽痛に効くといった思考は、時代に取り残されるばかりである。
      

合谷がなぜ咽痛に効果あるのだろうか。それは前述した面疔に対する合谷多壮年  灸と同じことがいえるだろう。ここで使っている細指術刺激は、面疔に対する合谷  多壮灸と同じく、皮膚刺激だという共通点がある。

合谷皮膚刺激は、脊髄視床路を経由して大脳に伝達するが、C1~C4頸髄レベ  ルで三叉神経脊髄路も刺激が伝達され、顔面部のオニオンスキンパターンに対応し  た範囲で治効が及ぶのだろう。