便秘の局所針灸治療穴について、先人の針灸家はいろいろと記録を残している。基本的には下腹部で小腸を、大腸では下行結腸・S状結腸を刺激しているものが多いようだ。

 

 

 そうした中で、柳谷素霊著「一本針伝書」中の便秘治療穴として左四満移動穴の意味について新しい発見があり、また左府舎と少腹急結の関連についても進化があったのでまとめてみたい。

1.柳谷便通穴(左四満移動穴)



1)位置
 

臍の下方2寸に石門をとり、その左外方5分に四満をとり、さらに外方5分に柳谷便通穴をとる。四満移動穴ともいえる。

2)刺針(「一本針伝書」より)
 

実証者の便秘には、2~3寸#3で直刺2寸以上刺入して上下に針を動かす。この時、患者の拳を握らせ、両足に力を入れしめ、息を吸って止め、下腹に力を入れさせる。肛門に響けば直ちに息を吐かせ抜針する」「虚証者の便秘には、寸6#2で直刺深刺。針を弾振させて肛門に響かせる。この時患者の口は開かせ、両手を開き全身の力を抜き、平静ならしめる」と記している。つまりは導引と思える技法を併用している。

3)局所解剖と針響
 
四満移動穴刺針は、腹直筋→壁側腹膜→大網→臓側腹膜→腸間膜→小腸と入る。
痩身者では2寸#4で5cm、通常体格者では3寸#5で6~7cmほど深刺すると、局在不鮮明な響きを与えることができるが、肛門に響きを得ることは難しい。私の場合、10回に1回程度である。
 
この響きは、腸間膜刺激より正しくは腸間膜を知覚支配する下腸間膜動脈神経叢を刺激した結果である。それにしても腸間膜は小腸を広く覆うので、なぜ柳谷便通穴を特別視するのかわからなかった。
 

4)柳谷便通穴と腸間膜根

 

腸間膜は解剖時に非常に目立つ組織で、江戸時代の医師、三谷広器はこれを三焦の正体だと考え、腸間膜は腸から栄養分を吸収し体温をつくる機能だと推測した。ただし腸間膜は小腸にまんべんなく広がっているから、このことだけでは便通穴との特別な関係は説明でない。


しかしながら腸間膜の図を改めて注視すると、腸間膜根の位置と関係していると思うようになった。柳谷便通穴は腸間膜がカーテンのように折りたたまれているので、ここに刺針すると腸間膜に対する影響が大きくなると思った。


 腸間膜とは、腹腔内で腸を支持して後腹膜につなげている膜状の組織をいう。腸  間膜は腸機能に必要な血管・リンパ管・神経が集まっている通路として重要であ   る。腸間膜の基部を腸間膜根とよぶ。腸間膜根はL2椎体の左方から右腸骨窩に約  15cmの長さをもつ。

 





2.左府舎(脾)

 

1)位置

 

教科書でいう左府舎の位置は、鼠径溝中央に衝門(胃)をとり、その上方7分であ る。ただし府舎の語源を探ると、「府」は「腑」に通じ、「舎」は建物で、府舎は内 臓(=S状結腸)が指頭で触知できる処といった意味になるだろう。針灸治療的にはS状結腸刺激点としてよいだろう。


    

2)少腹急結との関係
 

腹証の一つ少腹急結がある。左下腹部の撮過痛が出現するものを陽性とし、骨盤内瘀血のサインとされている。私は左大巨(胃経、臍の外方2寸に天枢をとり、そのその下2寸)や左腹結(脾経。臍の外方3.5寸に大横をとり、その下1.3寸)の反応をみて少腹急結と判断していたが、具体的な針灸治療方法に結びつかないのである。

なお湯液では、駆瘀血剤の漢方薬(桂枝茯苓丸や桃核承気湯など)を使うという一貫した流れがある。


左府舎はS状結腸反応と捉えることができれば、便秘に対する治療として成立するのではないだろうか。





 

柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」には、下肢内側の病の鍼の記載がないが、現代鍼灸での方法を説明することにした。


1.大腿内側痛の概要 

1)大腿内転筋の解剖

大腿内側には次の5つの大腿内転筋群がある。すなわち恥骨筋・長内転筋・短内転筋・大内転筋・薄筋であり、いずれも閉鎖神経支配である。なお閉鎖神経とは、腰神経叢から起こり、骨盤の閉鎖孔を貫通していることからくる名称である。大腿内側の皮膚と大内転筋の運動を支配している。

 

 

 

2)閉鎖神経痛の治療

L4棘突起下外方4寸で腸骨稜上縁に力鍼(りきしん)穴をとる。ここからの腰椎突起方向への深刺で腰神経叢刺激になる。閉鎖神経(L2~L4)は腰神経叢から出る枝なので、理論的には深刺で、大腿内側に響かせることができる。健常者でこれを再現することは難しいのだが、閉鎖神経痛患者では、本神経が過敏になっているので、理論的には可能である。

 

 


3)大腿内転筋の筋膜痛

 

5種類の大腿内転筋のうち、とくにどの内転筋が緊張しているかをまんべんなく押圧して調べる必要があるが、患側を下にした側腹位で、押圧すると圧痛が捕まえやすくなると思う。(少し強く押圧するだけで患者は非常に痛がるので注意)

①大腿内転筋で、最大の筋力をもつのは大内転筋である。
→陰包付近の圧痛を調べる

 

②長坐位で開脚し、上体の前屈を行うと、大腿内側恥骨寄りに太く隆起した筋緊張を感じる。これは長内転筋である。

 

 

この筋を緩めるには、局所である足五里や陰廉などに刺針したまま運動鍼を行うとよい。具体的にはパトリックテスト肢位で刺針し、股関節の内転外転運動を行うようにする。


2.閉鎖神経痛の症例(57才、男性)

主訴:左大腿内側痛
現病歴:
元来健康だったが、2週間前、自宅でエアロバイクのペダル漕ぎトレーニングをやり過ぎたせいか、左大腿内側に痛みを感じるようになった。私のブログ<グロインペインの鍼灸治療>を読み、これかもしれないと思って当院来院した。職業柄、日中は立ち仕事をしている。
所見:左大腿内転筋群と内側広筋上に圧痛あり。同範囲の撮痛も陽性。鼠径部に圧痛なし。
      立位で腱側の下肢を床から挙げ、患側のみで立つと、ふらつき、膝折れする。
アセスメントと治療:
 ①鼠径部周囲に圧痛がないのことで、グロインペインを否定。
 ②圧痛は左大腿内側中央に広がる→大腿内転筋群の筋膜症。   
   治療は、患側下にしたシムズ肢位で、大腿内側圧痛点数カ所に置針5分。
  (この肢位にすると大腿内側圧痛を把握しやすい)
  ③立位患側片足立ち困難→ シムズ肢位で左大腿四頭筋とくに内側広筋の筋膜症。
  症状をもたらしているのは大腿内転筋だが、内側広筋まで影響を受けていることによるのだろう。
    治療は、仰臥位股関節屈曲かつ膝関節屈曲位置にして四頭筋伸張肢位にて血海・下血海に置針。 (この肢位で四頭筋刺激するとⅠb抑制され、反射的に筋弛緩できる)
治療効果:
 治療直後は、いくらか痛み減少した程度。3日後の再診時もいくらか症状軽くなった程度。

第四診
  大腿内転筋と内側広筋への刺針は前回通り。  
 大腿内側にラケット状に知覚過敏(=撮痛陽性)があること、大腿内転筋群は閉鎖神経支配なことから、閉鎖神経興奮を考えた。閉鎖神経は腰神経叢から起こり、大腿内転筋を運動支配するとともに、大腿内側の皮膚知覚を支配している。今回の症状は、ペダル漕ぎ運動で内股に刺激を与えすぎたせいだろうか。
 

治療:
閉鎖神経は、腰神経叢の分枝なので腰神経叢刺激として外志室刺針を実施。
この結果、症状は半分以下となっている。
局所である大腿内側の大腿内転筋刺激が効いたのか、大腿内側の皮膚刺激が効いたのか判然としないが、大きなカテゴリーでは閉鎖神経症状になっている。
 
※閉鎖神経の筋支配ゴロ:「閉鎖病棟、大胆!町内で外泊」
閉鎖病棟(閉鎖神経)、大(大内転筋)胆(短内転筋)、町内(長内転筋)で外(外閉鎖筋)泊(薄筋)

 

他の治療の検討:

本症例では実施していないが、閉鎖神経の神経絞扼障害部位が閉鎖孔を貫く部位だとすると、この部に鍼先を誘導しなければならないだろう。それにはシムズ肢位にて、3寸#8を使い、坐骨結節の内端を刺入点とし、骨の内面に沿わせて深刺する。鍼は仙結節靭帯を貫通し、内外閉鎖筋・閉鎖膜中に入れることは可能である。

 

 

3.中殿筋トリガーポイント由来の大腿内側痛(67才、男性)

 

2年前から右下半身に力が入らず、坐位→立位の際、立ち上がるのが困難になった。疼痛は右大腿内側なので、閉鎖神経痛を疑い、外大腸兪や腰宣へ置針するも、深部に筋硬結を見いだせず針響も得られなかった。やむを得す低周波通電をするも効果なし。第2診でも同様の治療を行うも無効だった。
第3診目で、大腿内側痛は腰部ではなく臀筋からくるのかもしれないと思い、大殿筋・中殿筋・小殿筋のトリガーポイントの放散痛図を改めて見てみると、中殿筋の放散痛は大腿内側にも生じていることを発見。患側上の横座り位にて、中殿筋に深刺すると、筋の硬いコリを感じ、また大腿内側に放散する針響も得られたので、抜針。直後から立ち上がりが楽にできるようになった。

 

 

 

 A.森秀太郎著「はり入門」とは  
 


森秀太郎著「はり入門」は昭和46年、医道の日本社から刊行された。歯切れのよい文章で明快に説明していることで人気となり、ロングセラーとなった。全般的に浅刺しているが、背部兪穴刺針では交感神経節刺を行っていて、深刺していることに驚く箇所もある。
「はり入門」は柳谷素霊著「秘法一本針伝書」の三十年後の本ではあるが、現在から五十年前にできた本である。解剖学図は不十分で、本文中に筋肉名や神経名も出てこない。これは著者の森秀太郎は針灸界の重鎮だったので、解剖学的に経穴位置を明記すことは、異なる意見をもつ者のことを考えるとできなかったのだろう。その証拠に奇穴の説明では、きちんと解剖学的に説明している。
視点を変えれば、こうした不十分な要素があるから、現代針灸の視点から内容を書き改めてみる価値があるのではないかと思った。私の針灸治療経験も40年を越えた現在、各穴の<臨床応用>の項では、従来の「何々に効くとされている」といったあいまいな表現ではなく、できるだけ自らの治験による印象を記すように努めた。「はり入門」の掲載穴は計80穴であるが私が必要と考える、81)天鼎・82)夾脊・83)環跳・84)居髎を加え、全部で84穴となった。テキスト合計103ページ。

 

C.「はり入門」セミナーの要項    
1.会場:東京都国立市中1丁目10-34「国立市中1丁目集会所」
  JR中央国立駅、南口下車 徒歩3分



2.開催時間 午後4時~6時30分頃  
3.定員:各回とも12名、 見学は2名以内。(定員になり次第〆切)
4.日程と予約状況(基本的に第2第4日曜) 

  残席数は令和8年2月7日現在の状況。

 ◎参加特典として、初回参加時、「五十音順 経穴名の語源」PDF送付。
 ◎毎回、参加者には開催約1週間前にPDFを送付。

 第一回 2月8日(日曜)終了

 第二回 2月22日(日曜)残席2名
  令和8年2月12日、参加予定者に対し、講習会当日に使用するテキストPDFを

  事前配布をしました。また届いていない方は、お申し出ください。

 第三回 3月8日(日曜)残席なし、見学1名可
 第四回 3月22日(日曜)残席1名
 第五回 4月12日(日曜)残席2名

 第六回 4月26日(日曜)残席5名 

  実技では、似田のほか当会理事の<小野寺文人><岡本雅典 >

  指導にあたります。
 5.会費:一般8000円、学生7000円、見学4000円。当日払い。

        領収書発行します。
6.当日ご持参品 
 ①書籍、森秀太郎著「はり入門」医道の日本社刊(持参しなくても可。

          古書として2000円未満で購入できます)
 ②筆記用具
     各回オリジナルカラーテキスト配布。針灸実技の用具類支給。
7.懇親会
        講習会後、駅前の居酒屋にて懇親会実施します。 飲食費は3000~3500円程度

    (当日受付)
8.参加お申し込み方法
         参加御希望の方は、①参加希望会のテーマと参加予定日、②氏名、③住所、④電        話、⑤Eメールアドレス

  お問い合わせは、下記メールまたはお電話でお願いします。お申し込み〆切は各 

 回とも開催前日午後3時頃まで。参加者12名に達した場合、その時点で受付終

 了。各回ごとに見学者は2名以内。
       連絡先:あんご針灸院 似田 敦(にただあつし) 
      電話042(576)4418 

     メールアドレス nitadakai825@jcom.zaq.ne.jp

側胸部第4肋間で乳頭と並ぶ線で、中腋窩線上に淵腋穴をとり、その前方1寸に胆経上のツボとして輒筋(ちょうきん)穴がある。
「輒」は見慣れない漢字なのでネットで調べてみた。なお淵腋(胆)  は「脇の下に隠れる水溜まり(腋窩腺分泌)」の意味だろう。

すると①牛車(ぎっしゃ)などの両側の手すり、②牛車のひさし部分、③牛車をひかせるため、柄の端を牛の首に乗せる木のこと、④轍(わだち)のこと、とあった。轍とは荷車が道を走った際、2つの車輪により地面につけられた跡が肋骨のようだと説明したものもあった。これまで辞書というのは正確だという認識があったのだが、意外にも内容がバラバラだった。

④は明らかに別物なので除外できた。②の牛の首に載せる木とは何なのだろう。牛車各部の名称を図解したものを見ると、長い柄の先には軛(くびき 首木)とよばれる横木があり、それを牛などの首に乗せ、車を牽かせるというものだった。軛と輒を混同していたようだ。
 

 

軛(くびき)をつけた牛の写真
 

香港で出版された辞書には、「輒」とは荷車の側板だとの記載があった。この側板は、板を何枚も並べて作られていたものである。何枚もの板を、比喩として肋骨に例えたのだろうと、ここで初めて納得できた。輒筋は肋間中にあるツボだからである。肋骨の間にある筋という意味でと輒筋と名づけられたと思った。


  

実はこのイラストにも違和感があた。上イラストでは側板は細板を縦に並べているが、本当は細板は横に並ぶのが本来の形ではないかと思った。板を横に並べれば、荷物の量に応じて横板を取り外し、荷車自体の重量を軽くすることもできる。板を横に並べた方が肋骨に似てくる。この推測の妥当性を裏付けるため、荷車のイラストではなく写真を探したところ、多数発見できた。その一例となる写真を示す。
 

 

ここで、さらなる疑問がわいてきた。前胸部にあるツボの大多数は肋間にあるわけで、肋間にあるのは何も輒筋穴だけの特徴ではない。輒筋穴特有の解剖学的特徴は何かないのかと、再び解剖図と経穴図を見比べ検討すると、側胸の一部分には前鋸筋があることに気づいた。前鋸筋も板が並んでいるように見える。すんわち輒筋の「筋」は肋間筋ではなく、前鋸筋のことだと理解した。

「輒」の字を分解すると、「車」+「耳」+「L(おつにょう)」になる。そして「耳」と「L」で、柔らかい耳タブを意味すると書いてあった。なるほど、そういうことだったのかと、初めて腑に落ちた。前鋸筋のノコギリのようにみえる筋の一つ一つは、耳朶のようにも見えないこともない。

1.鬱滞性乳腺炎の基礎知識

 乳房痛の原因として最多のものに鬱滞性急性乳腺炎がある。乳汁の分泌はあるのに乳腺閉塞がある、または授乳技術が悪いなどで、乳汁が乳管に鬱積するのが原因。
乳房内の乳管閉塞部位に一致した発赤・圧痛・熱感を伴う硬結(鬱積量が多い場合は漬物石様に乳房巨大化)が形成される。
これに感染症が加わると急性化膿性乳腺炎になる。

 

2.鬱滞性乳腺炎の針灸治療
 

 乳房の硬結部に対する局所刺針と、膻中・肩井へ施灸(せんねん灸でも可)が行われることが多い。深谷伊三郎は天宗(膏肓でもよい)への多壮灸を推奨している
 乳房症状に対する天宗刺激の実際の効果は患者に試したことがないが、その昔授乳中の家内が片側の乳房が巨大化し石のように冷たくなったことがあった。天宗の針灸を試したが。ごく軽い刺激では効果なく、中刺激に変えてみると、痛がったり熱がったりで治療中止せざるを得なかった。結局、病院に連れて行き、看護師が乳房マッサージを数分間すると、乳頭から噴水のように母乳が吹き出し、巨大化した乳房が見る見る小さくなったのには驚いた。


1)天宗刺激の古典理論

 

    古典理論では乳汁分泌は小腸に関係するとして小腸経の天宗をとる。整体的には、乳房と肩甲骨は対比的存在である。ということだが、古典針灸は信頼性に疑問があって、それが大して効かない治療法であっても、後進の者は先達のやり方を否定することは恐れ多いことだとする悪しき美徳があるので、無用の知識であっても残り続けるのである。

 

2)中部大胸筋と胸骨筋刺針
 

 鬱滞性乳腺炎に対しては乳房周囲の筋コリをゆるめるという発想は、誰もが考えるものだろうが、小林只医師が次のように主張しているので、改めて検討してみた。
 小林只医師(MPS研究会)は、乳腺炎には大胸筋等コリが関係しているとする見解を記した。母親の授乳姿勢(大胸筋と胸骨筋の収縮)→乳房基底部の大胸筋緊張→母乳分泌低下→乳汁が乳腺に鬱積という機序になるという。
 そこで改めて解剖学の観点から、小林氏の見解を検討して納得できたので、以下に説明する。
 

①胸骨筋
   大胸筋・小胸筋・胸骨筋は、肋間神経が運動支配するのではなく、胸筋神経(腕神経叢の枝)が運動支配していることに注意する。
胸骨筋は、ヒトの10%しか存在しないマイナーな筋であるが、前胸部の胸骨外縁を胸骨柄~胸骨体下端外縁を走行している。前胸部の腎経は教科書的には任脈の外方2寸なので、胸骨筋部位とほぼ一致すると考えてよかろう。
第4肋骨下の外方4寸に乳中があるとされ、これは膻中の横並びになる。
膻中の高さの胸骨筋上の穴は神封穴になる。



②大胸筋
 大胸筋は鎖骨部・胸肋部・腹部の3つの部分から構成されるが、ここで問題となるのは胸肋部である。  起始は胸骨および第2~7肋軟骨の前面、停止は上腕骨大結節稜。
 


 

 大胸筋の筋コリは、ちょうど乳中あたりに一致して出現することが理解できる。
胸骨筋が存在しない大多数の者でもこの大胸筋起始部のコリは起こり得る。すると胸骨筋の場合と同じく、神封穴を中心とした胸骨外縁のコリが治療点として妥当性あり、との結論に達した。







 

上殿部痛を病態把握を考える上でポイントとなるのは上殿部皮膚は下部胸椎~上部腰椎の脊髄神経後枝が知覚支配しているのに対し、上殿部の筋(中・小殿筋)は上殿神経(=仙骨神経叢からの枝)が運動支配するという事実がある。上殿部の皮膚痛と筋膜痛も当然ながら大きく治療ポイントが違ってくる。このように針灸臨床においては、治療する以前に類似症状がある中から正確な病態を突き止める必要があって、これがなかなか難しい。ぜなら除外すべき数多くの病態に関する知識も必要になってくるからである。今回は、上殿部痛を中心に腰痛や下肢痛にも触れることで全体像を見渡し、現代針灸での診断論理と治療を紹介する。より詳しい知識を希望する方は、青字で示した<関連ブログ>を参照されたい。


余談:gooブログへの初投稿は2006年3月10日で、現在に至るまで19年8ヶ月の間に493件のブログを投稿した。しかし2025年11月18日午前11時にgooブログが終了し、データも消滅した。ただしこれまでのgooブログ内容は、「針灸奮起の会」常連の笠貴乃先生の御尽力によりAmebaブログへ移行できた。これまでの蓄積の保全ができ、まずはほっとした。(私自身は入院していて、何もできなかった)

 

 

関連ブログ:小野寺殿点について 

 

 

 

1.上殿部の撮痛(+)圧痛(-)の場合
関連ブログ:メニュエ症候群と上殿皮神経痛の針灸治療の違い  

 

 

 

 

1)概要
上殿部に撮痛があるも圧痛がない場合、皮神経痛を考える。上臀部皮膚は上殿皮神経(=L1~L3脊髄神経後枝)および、Th12後枝脊髄神経後枝が知覚支配している。Th12脊髄神経後枝の興奮は胸腰椎接合部障害によるものが多く、来院頻度も高い。本症は、メニュエ (Maigné)症候群とも呼ばれる。 

 


2)所見
上殿部撮痛(+)、上殿部圧痛(-)、Th12~L3一行の圧痛(+)
 

3)針灸治療   
側腹位にて、圧痛あるTh12~L3一行(=華佗夾脊)に刺針。5分ほど置針することが多い。この刺針は、背部一行深部筋(横突棘筋)緊張を弛緩させることで、後枝神経痛も緩和させるねらいがある。


 
 

4)前枝興奮も併発した場合
 

前述は脊髄神経後枝症状であるが、併せて前枝症状も出現している場合がある。この前枝症状は、腰部の腰仙筋膜深葉(外志室あたり)に圧痛が出る。この時は腰方形筋と腹筋の筋溝で腰仙筋膜に圧痛が生ずる。
腰仙筋膜の深層には腰神経叢から伸びる多数の枝(大腿神経、大腿外側皮神経、閉鎖神経、鼠径神経など)があるから、腰浅筋膜深葉の筋膜癒着が一定程度を越えると、下腹部、大腿外側、大腿内側、大腿前面などに痛みが放散するようにもなる。
治療は、側臥位で志室から腰仙筋膜深葉刺針を追加する。


関連ブログ:腰部神経根症に対する大腰筋刺針と坐骨神経刺針 ver.1.3 

 

 

 

 





2.上殿部の撮痛(-)圧痛(+)時


 関連ブログ:さまざまな適応がある中殿筋治療 

 

 

 


1)概要
 

上殿部に撮痛はなく圧痛がある場合には、中・小殿筋の筋々膜症を疑う。中・小殿筋は上殿神経(運動性)支配で、上殿神経は仙骨神経叢(L4~S3)からの神経枝である。仙骨神経叢は解剖学に直接刺激はできないので、第一の治療点は、側腹位にて中・小殿筋内に刺入して筋緊張を緩める。
 

2)所見
上殿部の撮痛(-)圧痛・硬結(+)
 

3)中・小殿筋のトリガー活性による下肢痛
神経症状として説明できない下肢痛では筋の放散痛を考える必要もある。





4)針灸治療
 

中殿筋と小殿筋どちらに痛みの原因があるかは、膝より末梢にあれば小殿筋、症状が膝より中枢側にあれば中殿筋を考えるが、実際の臨床では、側腹位にて日本流環跳から直刺して中殿筋に入れ、これで硬結にぶつからなければさらに刺入して小殿筋の硬結への刺入を目指す。このためには筆者は3寸#8針を使用している。
   


5)針灸治療の増強法
 

前述の治療で治療効果不足の場合、中・小殿筋を強制収縮させれ状態で刺入するとよい。それには患側に向けて足を横にする横座り位(姉さん座り)にして、中小殿筋を強制収縮状態にしておき深刺する効果が増大する。
 


3. 大腿外側痛の診断と治療
大腿外側痛を訴える場合、それが皮神経痛なのが筋の放散痛なのかを鑑別し、それそれに適した治療法を実施する。

1)皮膚の痛み(大腿外側皮神経痛)
大腿外側皮神経は、腰神経叢から出る枝で純知覚枝性である。鼠径靭帯上縁をくぐり、大腿外側皮膚知覚をつかさどる。きついズボンを履いた場合など鼠径靭帯上縁を圧迫されたことが原因で症状が出現する。代表反応点は、居髎(独自の位置)になる。   
 

①所見:大腿外側の撮痛(+)居髎の圧痛(+)




②治療
関連ブログ:居髎と環跳の位置と臨床運用  ver.1.1 

 

 

蹲踞姿勢でできる鼠径溝の外端に居髎を取穴する。これは蹲踞姿勢(踵を尻につけた状態で座位)で取穴するのが正しいという筆者の主張に基づくもので、東洋療法学校協会教科書での居髎位置とは異なるので要注意。


※参考:東洋療法学校協会での居髎は以下の通り





2)中・小殿筋の放散痛  
①所見:大腿外側の撮痛(+)、居髎の圧痛(+) Th12一行の圧痛(+) 
②針灸治療:側腹位にてTh12一行刺針
関連ブログ:大腿外側痛の病態把握と針灸治療   

 

 

4.殿痛+膝よりも遠位の痛み
関連ブログ:殿部深部筋のMPSと坐骨神経痛   

 

 

1)梨状筋症候群
膝より末梢方向に痛みやしびれがあれば、まずは坐骨神経痛を考える。これまで坐骨神経が梨状筋により絞扼されて痛むと考えられてきたが、MPS(筋々膜性疼痛症候群)の考え方では梨状筋のトリガー活性化し、坐骨神経走行に沿った放散痛が生ずるという考え方が台頭しつつある。MPSによると梨状筋の緊張を緩めることが対症療法ではなく本治療法になってくる。
梨状筋症候群に由来するものであれば、腰部症状は出現せず、殿下肢症状のみの障害となる。
①所見
殿痛+膝より末梢の痛み  坐骨神経走行に沿った痛みと知覚鈍麻       
②針灸治療
側腹部にて坐骨神経ブロック点刺針(=中国流環跳)
中国流環跳とは、事実上「坐骨神経ブロック点刺針」に一致する。





 

2)仙腸関節機能障害        
関連ブログ:仙腸関節異常の病態生理と針灸治療技法の完成 ver.1.5 

 

 

殿痛+膝より末梢の痛みだが、坐骨神経走行に沿った症状ではなく、仙腸関節に圧痛があれば仙腸関節機能障害を疑う。
①所見
ワンフィンガーテスト(+)、神経症状としては説明できない下肢痛パターン 
②仙腸関節運動針
患側を下にした側腹位にて、仙腸関節運動刺針。

 




コメント:

令和8年2月初旬に、ソウル在住のLEE先生から以下のメールを頂戴しました。


先生に質問があります。 以下の内容がよく理解されていません。
2)中・小殿筋の放散痛
①所見:大腿外側の撮痛(+)、居髎の圧痛(-) Th12一行の圧痛(+) 
②針灸治療:側腹位にてTh12一行刺針

 

LEE先生に返信します

これについてご返答します。ご指摘はその通りでした。居髎の圧痛(-)は、居髎の圧痛(+)が正解でした。
訂正させていただきます。上述の本文もこのように訂正しました。
しっかりと日本語の文章を読んでおられることに驚くとともに、敬意を表します。













 

 1.印堂(奇)

「堂」は場所、印堂は重要部位として印をつける場所。道教でいう上丹田の位置。人間には三つの丹田(熱源)がある。上丹田(印堂)は知性、中丹田(膻中)は情動、下丹田(気海~関元あたりの領域)は生命である。この中で最も重要なのが下丹田で、単に丹田といえば下丹田のことをいう。

※下丹田の熱源は、右腎である命門だとする意見がある。左腎である腎水を命門で温め動力源としての蒸気を発生させると考える。

 

 


 

2.強間(督)   
強固な左右の後頭骨の縫合部にある。左右の頭頂骨と後頭部の人字縫合にある部。

「脳戸」の図参照のこと

3.脳戸(督)  
「戸」は出入りする処。脳の気が出入りする場所。外後頭隆起の直上。左右の後頭筋間。



4.率谷 そっこく(胆)  
①「率」は寄り添う。「谷」とはここでは頭骨の縫合だとする見解もある。
②中国語で側頭部を蟀谷(そっこく)とよぶ。蟀とはコオロギの意味だが、次第に鳴く虫の総称の意味で用いらるようになった。Ⅲa型顎関節症では、開口時にコキッという音がする。つまり率谷とは顎関節部のこと。

5.天窓(小) 

 「天」は頭、「窓」は頭部にある七竅(耳2・眼2・鼻2・口1)のこと。七竅の疾患を治す。窓を開け気の通りをよくする穴。           
頸神経叢(C1~C4前枝)の枝が浅層に現れる部。

6.天牖 てんゆう(三) 
 「天」は人体の上部を指し、ここでは頭項部のこと。「牖」は細長い木材や竹を一定間隔で並べた窓(=連子窓  れんじまど)である。採光・通風を目的とする。胸鎖乳突筋後縁の細い溝を連子窓にたとえた。主に頭風、耳竅などの病変を治す。

転じて牖は、知識が狭いという意味でも用いられる。



7.水溝(任)

鼻水の通る溝。人中ともいう。人中の語源は、鼻を「天」、口を「地」とした時、その中間にある部を「人」としたことによる。天地人とは中国の思想家・孟子の言葉で、宇宙万物のことをさしている。

天地人を、三才ともいう。「才」とは才能のことで、三才とは万物の能力をさす。ちなみに「和漢三才図会」は江戸時代中期の医師、寺島良安が30年かけて編纂した。わが国初の百科事典で、漢文で書かれている。代田文誌の愛読書でもあった。
和漢という名称は、本書が中国の明王圻(おうき)が著した「三才図会」に倣って制作されたことによるもの。









 

1.三焦経の調整
   
 澤田流太極治療の創始者として有名な澤田健は、患者全員に左陽池に施灸したという。陽池穴は三焦経の原穴なので、これは三焦経を正常に機能させる意味があったのは異論がないところである。
 しかしそもそも三焦経はなぜ上肢を走行するのかは基本的事項ながら大問題である。三焦経の経穴を施術しても内臓温は操作できるはずもない。

    手に属する腑といえども、治療には足に属するツボを使ったほうが効くのが本当のところで、この理論的欠陥を解決するため、下合穴という要穴を新たに考案せざるを得なくなった。大腸経(上巨虚)・三焦経(委陽)・小腸経(下巨虚)がそれらである。
 
2.<三焦は決瀆の官、水道出ず>とは
  
 臓腑の官職として、<三焦は決瀆(けっとく)の官、水道出ず>がある。昔の都市は、川の近くの小高い丘につくられた。それは川を物資運搬用の水路として利用し、

農業用水として利用したからである。そして川の氾濫から守るため、都市は小高い丘につくられた。
 三焦の役割は、水の運行を妨げずうまく通すことである。上焦で病気を治せないなら水は胸に溜まる、中焦では胃に水が溜まる、下焦ならば水は二便が乱れる。このような状況にならないよう体内の水液を上下に流通し、また体外に排出しなくてはならない。三焦は、容器の中の水や水蒸気を滞りなく回す揚水機のような役割だともいえる。中国では紀元前1世紀頃から機械式の揚水機が使われていた。
 

 

 

    湯液は別として針灸において、三焦経が水液代謝促進の治効とする印象は弱く、古典理論が実体から遊離しているといえる。三焦経は小腸経とともに手足の少陽経に属し、①身体外側面に作用する、②少陽病として胸脇苦満にも関係する、③苦い胆汁から口苦などのイメージになる。

3.三焦は腸間膜が熱源
 

 澤田は、初めの頃は多くの東洋医学臨床家と同じく、三焦の機能は体温発生源だと捉えていた。しかし江戸時代後期の医師、三谷広器著『解体発蒙』(かいたいはつもう)を読み、熱源の正体は小腸の乳糜管にあるとの考えに達した。乳糜管は、小腸の絨毛内にある食物中の脂肪を吸収・運搬する特殊なリンパ管のことだが、『解体発蒙』の図をみると、どうやら腸間膜のことを示しているようだ。

 腸間膜は小腸から栄養を吸収し、血液循環系に運ばれる。要するに血の素となる物質であって、三谷はこれをチノモトとよんだ。澤田は、三焦は熱を利用した反応炉であるのに対し、熱の発生源は小腸にあると考えるに至った。チノモトとは血の素の意味だろうが、乳汁の素の意味を兼ねているかもしれない。現代医学でも乳汁は血液成分を原料として乳房で造られることが解明されている。

 鬱滞性乳腺炎の特効穴としては、天宗の灸が知られている。これは天宗が小腸経上のツボであるとともに、体幹の裏表にあり、乳房と肩甲骨が対比関係にあることからの推測によるものだと考えている。





   4.関節リウマチには小腸兪への施灸
 

 澤田は、関節リウマチの真因は小腸の熱にあるとして小腸兪(膀)への施灸を行った。これは小腸を整えることで三焦の機能更新を抑え、リウマチで起こる微熱を抑制することが狙いだったと推定できる。小腸はチノモトなので、関節リウマチに生じやすい貧血にも効果あると推定したのだろう。
   小腸兪の位置:L5・S1棘突起間に上仙(奇)をとり、その外方1.5寸。

        下図の小腸兪一行とは、上仙穴の外方5分で、腰痛多発地帯として知られる。

           図


5.陽池の灸は、なぜ左側のみを使うのか

 

     中国では昔から左側は右側より優位な位置づけにあった。たとえば右大臣よりも左大臣の方が高位になる。帝が南を向いて座る時、帝の左側は東になり、太陽が昇る方角である。帝の右側は西で、太陽が沈む方向であることが根拠になっている。
 ただし澤田流を使う針灸師の間でも、左陽池を使うのは多分に形式的であって、右陽池を使ってはだめだということではない。
 

 

今から30年ほど前の昭和57年、フェリックス・マン Felix Mann著「鍼の科学  Scientific Aspects  Acupuncture」西条一止・佐藤優子・笠原典之訳(医歯薬出版社刊)が出版された(すでに絶版だが古書として入手可能)。私はすぐに本書を購入して中身を覗いたが、そこに従来的な解剖学的鍼灸よりも進化した<現代鍼灸>を発見した。私が待ち望んでいたのは、このような本に相違なかった。

 


私は「鍼の科学」を熱心に読んで、傍線を引いたり、自分なりに索引を作ったりもした。本稿では内臓体壁反射などのベーシックなものは省略し、興味深い部分をピックアップする。ただフェリックスマンは、実験動物を使った生理学的変化など非常にアカデミックに自説を展開しているのだが、これらを十分に理解できない部分もあった。

 

1.フェリックス・マンの略歴と進展

 

 

1931年4月10日生 - 2014年10月2日没。 医師、鍼灸師。
ドイツ生まれ。3才でイギリスに移住。イギリス国籍。

1)1950年代当時、若手医師だったフェリックスは、ガールフレンドの虫垂炎による腹痛が鍼で鎮痛したのに驚き、これを契機として鍼灸に興味を持った。しかし当時イギリスでは鍼灸を勉強できず、1958年からフランスのモンペリエ、ドイツのミュンヘン、オーストリアのウィーンに行って鍼灸を学んだ。さらには古典的テキストを読めるようになるため中国語を10年間学習した後、中国に渡って中国伝統鍼灸理論を学んだ。その後はイギリスに戻り、当時ほとんど顧みられなかた鍼治療を日々の診療に取り入れ始めた。

 

2)最初に行った鍼治療は伝統的スタイルだったが、ツボでないところに鍼を刺してもツボに刺した時と同様の効果を示したことで、經絡や経穴に疑問を持ち始めた。そして治療点を、点よりも面としてとらえるべきだとする立場に変わった。

 

3)1960年代、フェリックスは医師に鍼治療を教え始め、1970年代には学習者の数も増え、55カ国以上1600人以上の医師が彼の元で鍼灸を学んだ。このことは、医学の痛みに関する科学的な理解が進み、現代用語で鍼治療の機序をより理解できるようになったことが理由だった。特筆すべきは、1972年にニクソン大統領が中国を訪問したことで、鍼麻酔のニュースが世界中に流れ、多くのイギリス人やアメリカ人医師の間で鍼治療への関心が高まったことだった。

 

4)1977年頃には、フェリックスはツボ、經絡、陰陽、五行など伝統的な考えを事実上すべて否定し、<科学的鍼治療 Scientific Acupuncture>を目指すようになった。鍼灸を解剖学や生理学の現代的な理解で説明できる治療法として捉えていた。もはや気や陰陽について、話す必要性はなくなっていた。鍼が効くのは神経生理学的に説明が可能であり、鍼治療に関与する反射の大部分が脊髄性であることが解明された。鍼が効くのが神経システムの活動による調整作用からだと説明した。

 

5)時間が経つにつれ、フェリックスは、多くの伝統鍼灸主義者が患者を過剰に治療していると考えるようになった。フェリックスは、数本の鍼(時には1本だけ)を挿入し、鍼を刺す時間は短く1~2分以上、数秒で済ますような非常に穏やかな治療法を支持するようになった。 このやり方は現代医学の訓練を受けた医師にとって理解しやすく受け入れやすいもので、また多くの者が学びたいと思っていたものだった。

 

6)1980年には、フェリックスの元学生を中心に構成された英国医学鍼灸学会(The British Medical Acupuncure Society)が設立され、彼が初代会長となった。現在の会員数は2000人を超えた。医学的鍼治療学会(Medical Acupuncture Society, 1959年 - 1980年)の創設者であり、元会長でもあった。
※参考文献:Felix Mann(Wikipedia )「Art Dry Needling & Massage 」HP)

 

2.「鍼の科学」の内容紹介

1)足には6つの器官を代表する6つの經絡がある。これら足の經絡は、たとてば胃経が通っているスネは胃の治療に、膀胱経が通っているふくらはぎは膀胱の治療にも影響を与えうる。
一方、古典理論では大腸経や小腸経は腕にあるのだが、私の考えによると、これはまったく間違っている。なぜなら、これらの器官に対する病変は、下半身の刺激によってのみ治療できるからである。三焦経もやはり定義しがたい。(p24)


2)頭顔面部におけるツボの大半は、近傍の器官に作用する。それらの作用は、脊髄分節性反射に類似した局所反射弓によって説明できると思われる。
 

 たとえばKoblankは、鼻と心臓との反射について、ヒトや動物実験で調べた。上鼻甲介の周辺には、鍼治療によって心臓性不整脈を起こす特定領域のあることを発見した。このことから、上鼻甲介への刺激は、三叉神経によって中枢に伝えられ、そこで反射的に迷走神経核を興奮させ、迷走神経を介して心臓に影響を及ぼすのではないかと考察した。
(筆者註:迷走神経反射の典型:肩井に刺鍼して一過性脳貧血を起こすのと同じ)
 Koblankは、下鼻甲介と生殖器官との反応についても調べた。若齢時に下鼻甲介を除去すると、動物が成体になった時、体重は除去していない動物と変わりなかったが、子宮・卵管・睾丸などの生殖器に異常が認められた。

 また実験動物の中鼻甲介を刺激すると、胃液の分泌と運動が増加することを報告した。これらから、上鼻甲介は心臓、中鼻甲介は胃、下鼻甲介は生殖器に作用する。(p25-26)
 鼻甲介は海綿体構造になっているが、それ意外で海綿体構造があるのは、陰茎に限られる。この事実からも鼻と陰茎には何がしかの共通点があるのだろう。


3)健康な器官の機能を変えるには相当大きな刺激が必要である。一方罹患した器官の治療には小さな刺激で十分である。したがって鍼をわずかに刺入しただけで重い病気のいくつかを治すことができるのに対して、健康な器官に間違って治療を行っても、まったく無害になるのが普通である。(p28)


4)中国の文献では、ツボはとても小さく、数ミリ程度のものとされている。しかしこれは必ずしも事実ではない。1デルマトーム(周辺が過感作になっていれば数デルマトーム)のどこを刺激しても十分な治療効果があることが少なくない。このデルマトーム内を注意深く探ってみると、圧痛の強い部位がいくつか見つかる。これがツボと呼ばれるもので、これらの圧痛の最も大きい部位は、鍼に対し回りの部位よりも大きな反応を示す。

もちろん適切なデルマトーム内のどのような部位に刺激を与えても効果のある場合もあるが、その効果はツボに対する刺激よりも小さくなる。一方、全体の1/4に相当するくらいの広範囲のどこに刺激を与えてても、それが適切ば部位ならば十分な効果のある場合もある。(p28)
鍼治療が効くような病態であれば、医師によって異なったツボに鍼をしても患者の大多数は治すことができる。(p35)


5)刺激領域を表現するにはデルマトームではなく、皮膚-筋-硬節という言い方をするのが適切だと思われる。内臓やその他の器官の病気では、しばしば疾患部と関連した体表面に反射性圧痛を感じる場合がある。その際、筋緊張や血液循環の変動を伴うこともある。おそらく疾患部に関連した組織の組織構造が深部にまでわたり過敏になり圧痛を生じていると思われる。(p36)
筆者註:硬節とは別名スケルトームで、骨における分節(デルマトームのような縞模様)のこと。デルマトームは皮膚・筋・硬節の他に、交感神経性デルマトームというものもある。

 

※似田注釈:フェリックスの硬節の考え方は鍼灸臨床に、結びつけることは難しい。現在ではトリガーポイントが主流になっている。これは筋膜癒着が症状をもたらすとの考え方になる。

 

6)神門穴は少海穴よりも効果的なツボである。それは少海刺鍼が脂肪組織を刺激するのに対し、神門の方が少海より厚い皮膚と硬い靭帯を突き抜く。つまりは神門の方が多数の神経線維を刺激することになるからである。神門のように骨膜も刺激されるツボの方が大きな効果をもたらす。(p38)
関節周辺の骨膜を刺激すると、その表層にある上皮を鍼でさすよりも効果が大きくなる場合がある。これは刺激に興奮するニューロンの数の違い、すなわち局所反射の活性化の差異によるものと考えられる。(p38)


7)神経根を刺激すると激痛を引き起こすが、これは決してより効果的というわけではない。いわゆる頸椎々間板症やその関連疾患では、第6頸椎の横突起を刺激する方が腕神経叢を形成している数本の神経を鍼で刺すよりも効果的である。(p38)

 


8)研究者の中には、皮膚の電気抵抗の減少が認められるよう小さな領域がツボであると主張する者もいる。しかし電気抵抗の減少を示す皮膚領域は大小何千とあり、その中でツボと一致する者はほとんど認められなかった。神経生理学的理論に従えば、電気的にもあるいはその他の方法を用いても小領域に独立して存在するツボなどは見つけ得ないはずである。(p39)


9)臨床的な観点からすると人口の約5%が超過敏反応者であり、これに普通の過敏反応者を含めれば、人口の10%あるいは多めにみて30%は過敏者になるかもしれない。
鍼麻酔というものは、私の経験上、超鍼響過敏者の場合にしか効かない。ただし専門家の中には私の意見に反対する者もいる。1974年に私は、鍼麻酔を受けた患者のうち10%の者に完全ではないが、ある程度鍼麻酔の効き目があったと報告した。その後、私がその時用いた麻酔状態の基準は、少々甘いものであり、その数値は5%に修正すべきだとの見解に達した。(p50)


10)Kellgrenの一連の研究から、痛みの分布を次の3層に区分して述べた。
①一般に皮膚の刺激による痛みの分布は小さな区域に局在する。(非常に強い刺激を除く)
②筋膜、骨膜、結合組織、腱など、皮下にある中間層の刺激による痛みは、刺激部位の辺縁部あるいは刺激部位から少し離れた部位など、少し広い領域に存在する。
③深層にある筋層の刺激による痛みは、放散性であり多少なりとも分節的な分布をしてくる。とくに棘間結合組織、肋間腔や体幹部体壁の深部組織に起因する痛みは、明確な分節性を示し、手足の筋肉や関節に起因する痛みは局在して現れる。
→似田見解:体幹部背面は脊髄神経後枝が知覚運動支配する。体幹前面の胸腹部も鼠径部を除けば脊髄神経前枝である肋間神経の知覚運動支配である。

深刺して脊髄神経後枝や前枝を刺激することで、分節性の響きが得られる。

柳谷素霊の五臓六腑の鍼は、その一例になる。

 

手足の筋肉の痛みは、その筋肉の結合している関節が筋と同じ分節に属する限り、関節に関連痛を興す傾向がある。(p58)

 

脊髄神経後枝症候群では、症状部の内上方45~60度後正中方向に延長線を引き、背部一行線との交点が治療点となるとするが、後枝の起点の高さに応じて臨床像はいろいろである。
 

1.メニュエ Maigné 症候群

胸椎は左右回旋可動性に富むが前後の屈伸を苦手としている。腰椎はその逆で、左右回旋可動性を苦手とするが前後の屈伸を得意とする。
したがってTh12/L1椎間関節には力学的歪みが蓄積して捻挫や限局性筋緊張を起こす。そうなると関連する脊髄神経後枝(上殿皮神経)を興奮させ、患部の外下方に症状が現れ、上殿部の圧痛と撮痛が生ずる。
治療は、Th12/L1椎体傍の圧痛を探り、2寸#4で夾脊刺針をする。

※上殿皮神経は、L1~L3後枝からなる。

 

 

2.脾兪-小野寺殿点との相関性
 
代田文誌は「針灸臨床ノート」の中で、脾兪(Th11棘突起下外方1.5寸)と小野寺殿    点の圧痛に相関性があるらしいとの印象を記している。脾兪は針灸では胃腸治療の代表穴、小野寺殿点は胃潰瘍の代表的圧痛点である。いわば針灸と現代医学の共通点が見つけたといえる。


3.帯脈-中背一行の相関性
       

仰臥位で被験者の左右帯脈の圧痛反応を調べると、一側の帯脈に圧痛があるケ ースが多いことを発見した。これは脊髄神経後枝の反応かもしれぬと思って、同側の中背部一行を調べるとTh7の一行あたりに明瞭な圧痛のあることを発見した。対側のTh7一行には圧痛なし。このことから、帯脈の反応もTh7一行刺針でなくなる結果になった。


  

 

4.胸脇苦満は、天宗刺針で効果あり


心下痞硬は中背部起立筋の刺針で消失した。しかしこの刺針法で胸脇苦満は消失せず、天宗刺針で消失した。(寺澤捷年:胸脇苦満の発現機序に関する病態生理的考察、      日東医誌Vol. 67 (2016) No. 1 p. 13-21)

※似田の意見:胸脇苦満に対して、さらに上位の中背部起立筋を刺激したら効いていたのかもしれない。

 

5.左府舎の圧痛は上部胸椎一行に圧痛がなかった理由

        

別の患者で左府舎(鼠径部でS状結腸部)に擦過痛(=少腹急結)がある例があった。  上~中背部一行に反応があるのかも....と調べてみたが、結局圧痛が見つからなかった。この左下腹部は脊髄神経前枝(腸骨下腹神経)由来なので後枝反応は現れないのは当然の結果なのだろう。

 

6.少腹急結語の擦過痛部位


少腹急結とは、左下腹部の擦過痛を認めるもので、骨盤内瘀血徴候の一つである。治療は駆瘀血剤(桂枝茯苓丸や桃核承気湯、当帰芍薬散)などを使用する。

この左下腹部の位置はどのあたりになるのだろうか。玉川病院では左大巨や左腹結としていたが、なぜこのような部位に擦過痛が生じるのかは説明できなかった。
府舎の語源は、「府」は「腑」のことで、「舎」は集まること。すなわち<腑の代表的診察点>だろう。S状結腸触知するのに適切な部位ということになる。何しろ鼠径ヘルニアの好発部位なのである。擦過痛の意味は、皮神経の興奮であり、腸骨下腹神経もしくは腸骨鼠径神経由来だろう。いずれも腰神経叢の枝なので、針治療としては側臥位にて外志室刺針の適応となるだろう。