いつも通過点なのだから
いつも何かを得たいと思う
基本的には必要以上の贅沢は望んでいない。
ウダウダ過ごす時間もキライじゃない。
この意味を伝えようとするのは難しいのだけど
スタンス、というか意識は常に何かを得たいと思っている。
人間としての時間は永遠では無いので
無意味な時間を過ごしたと思うのが勿体無いので
思わないようにしている、というのが真意なのかも知れない
愚痴ばかりの宴会もストレス発散やお互いの気持ちを
確かめるコミュニケーションの場だと考えられるし
無報酬のちょっとした親切も自分の精神的な成長を助けると思うし
休日ののんびりタイムも心の栄養だと思うようにしている。
だからそれらがバランス良い配分にさえなっていれば
無駄なものは無いと思っている。
ネット社会を垣間見ることも知らない世界を知る
勉強になると思う
そういう意味で
自分は強欲でありたいと思っている
なんでそんな話をしているかというと
昨日会った友人が
仕事に生きがいを見出したり趣味を追求したり
する事に意味を感じられないと言ったから。
やりがいや生きがいなんてのは
自己掲示欲と自己満足を満たしているだけで
何の意味があるのか、という事なんだろう。
彼女は出来るなら何もしないで
つらい事の無い家の中で平和に過ごしたいという。
達観しているなぁ。
私はそんな悟りは開いてないので
ガツガツ生きていきたい。
そんな悟りの境地に達するのは
死ぬ間際でいい。
ビリー風に言えば
「休んでもいい。ただ、諦めるな。」
といった感じ。