夢
クラシック
輝かしき笑顔
昔の写真を久しぶりにみると、全然違う自分の顔。その時々におかれた自分の環境で、顔の表情って違う。
学生の時、恋をしている時、仕事をし始めた時。何かに向かって頑張っている自分、だんだんきれいになっていく自分、見栄っ張りな自分、負けず嫌いな自分。今、私は一番穏やかな顔をしています。これから数年たって今の自分を見たとき、きっと私はこう言うでしょう。『幸せをかみしめている自分』『充実した自分』と・・・。ほんの数年前の高飛車だった自分、そう、TVドラマ”やまとなでしこ”の主人公のようだった私。あの頃は、外見は美しく着飾り心はすさんでいたような気がする。今は着飾らなくても内面からでてくる笑顔が私を輝かせてくれている・・・そんな気がします。
涙もろい
■心のゆとり
自分の目の前にある当たり前の『幸せ・・・』を気づいていないと、そして自分が『幸せ』と感じないと、周りの人を幸せには出来ないですよね。やさしさを分けてあげることは出来ないですよね。私は主人からそのことを教わりました。主人からたくさんのやさしさをもらいました。今はとっても幸せです。
絵心
私はちょっぴり絵心があります。ひととおり美術史も学びましたし美術館へも結構行きました。鑑賞だけではなく”描く”ことに関しても人よりちょっぴりうまいと思います。でも、だから描く時間がない自分にすごく『もどかしさ』を感じます。描きたい、こう描きたい、制作意欲に駆られますがそれに費やす時間がありません。じゃPCするなら絵を描けば・・・??と思われるかも知れませんが、作品を描くというのは片手間では出来ないことなんです。大げさかも知れませんが、自分の魂みないなものをぐぐぐっーーーっとキャンバスにぶつけなきゃならないんです。時間があるからじゃあ描こうなんて私にはできません。四六時中キャンバスと"にらめっこ"して自分の魂と会話するんです。そして作品として残したい。またその作品が見た人の心に届いたら、あぁ、、なんて素敵なんだろう。
いつか、いつの日か私が本当に描きたいと思うモチーフに出会い、魂を込めて作品を描けたら・・・。人生の中でそれに没頭できる期間が一年でも三年でも欲しいです。それはきっともっと年をとってからになるかも知れません。まずは目の前にある大きな課題をひとつひとつ乗り越えてやっとその期間が『ご褒美』となって訪れる日を待っています。レーナ・マリアさん、幸せな人だと思います。・・・だって自分の魂を絵に注ぎ込めるんだもの。形となってずっとずっと人々の心に残せるんだもの。
ダイヤの原石
辛い経験をした人ほど、素晴しい人間へと成長できる。いじめられたり、妬まれたり、陰口をたたかれたり、嫌がらせをされたり。そんな人って実は気づいてないかも知れないけど、人には持っていないキラっと輝く素敵な何かを持っているからなんだよ。確かにその時はとってもとっても辛いと思う。なぜ、私だけ・・・どうしてっ・・・てね。 それはみにくいアヒルの子のようにきれいな白鳥へと生まれ変わるための””おまじない””なんです。その辛さに耐えてこそ、人の気持ちを思いやれる、やさしい、素晴しい人間になれるんだよ。逆にいじめたり、妬んだりする人は、うまく自分を表現できないかわいそうなひとなんです。相手を羨む気持ちがあるなら自分もそうなれるよう努力すればいいのに。それがうまく出来ないから、嫉妬へ向かっていっちゃうんです。ちょっと不器用な自分、そんな自分をもどかしいと思っているはず。
辛い思いを経験した人、そしてそれを乗り越えられた人、その人は誰にも負けない”強さ”、まさにダイヤの原石ともいえる””心の強さ””を手に入れられるのです。
電気毛布
心と性格
心と性格について・・・私はこう思う。性格とは持って生まれたその人の気質だと思います。だから父母や祖父祖母叔父叔母にどこか似てたりする。遺伝子がその情報をうまく組み替え、うまく子孫に伝達しているんですねぇ。特に引き継がせたいと思う一番強い優性のDNAが。だから性格は一生・・・だと思う。しかし強くもあり弱くもあり偏屈だったりする性格を『理性』が抑えてくれるんですよ。その『理性』とは実は"心"なんです。心は人間の成長と共に変わります。当然人間は成長する生き物ですから知識が増えるにつれ考えが変わります、そして行動に現れます。自分にはこんな長所短所があるから、『理性』が働き出し、ああしよう、こうしよう、あれはヤメておこう、これはやってみよう。理性がうまく、いい性格も悪い性格もバランスを取ってくれる。そして、いいことをすれば心が温かくなり、悪いことをすれば心が痛む。そうして心の中が大きく大きく変化していく。私はこう思う。
自立とは・・・
私は強さ・・・だと思う。えっ・・・そうなのと思うかも知れない。だが、私の意見を書かせて頂こう。 大きな社会の中で自分らしさを決して忘れず、流されず、自分というものを心の中に頭の中にしっかり、根強く持ち続ける。その積み重ねの最終結果が自立・独立ではないだろうか?人に何を言われようと、正しいことを正しい、間違っていることは間違っている、私はこうしたい、ああ成りたいと正々堂々といえる、その基本姿勢がないと自立・独立など出来ない。見せ掛けだけの自立などすぐに壊れてしまうからだ。ではそう成るためには間違ってることは間違ってる、周りに反対されようとこうなりたいと自分自身をしっかりもって言えるためにはまさに『強さ』が必要なのだ。心に勇気を持って・・・・。愛情をたくさんうけて育った子供は心にたくさんの勇気を持っている。最近の子供はみんながやってるから・・・みんなが言ってるから・・・僕も私も・・・という傾向が多い。でもこころに勇気をもって何かをするにはそれをつちかう強さが必要なのだ。その"強さ"を手に入れるには・・・・?『経験』が必要なのだ。社会に揉まれ、失敗し、勉強し、やり直し、そして立ち上がる。その繰り返しがあって、だんだん、だんだん強くなる。実際その"辛さ"を"痛み"を"喜び"を経験したものでないと強くなれない。だってその中で自分が形成していくのだから。