救急車の中で母の手を握りながら、今更だけどこれからしっかり親孝行をしなければと思いました。

 

母が倒れた原因は脳梗塞でした。 

病院に到着すると、倒れた時よりも口調が重く、右手と右足の麻痺が進んでいます。 

看護師さんに、3年前心臓に人工弁を入れていると伝えると「人工弁の素材はなに?」と聞かれました。

 あれ?金属じゃなかった。確かもう一つの……なんって素材だっけ?迂闊なこと言って違ってたら大変だし。咄嗟に言葉が出てこない私に、看護師さんは「あー、もういい!」と荒いため息をつき、診察室の中に戻って行きます。

扉の向こうから 

「解んないんだって!ダメだこりゃ!」と大声で吐き捨てているのが聞こえてきました。 

一刻を争う事態なのは解るよ。私に苛立つのも、貴女が母の命の恩人だってことも。 

でも、そこに母がいるのに。ちゃんと意識もあるし、聞こえてるし、死に抗ってる真っ最中に『ダメだ』なんて言葉を雑に放らないで欲しい。 

まるで脇に置いたカマボコみたいな扱い。 

きっとこの人は、日頃からマトモな会話をしてないんだろうな。 

同じように一刻を争うお巡りさんも、救急隊員も、そんな心無い言葉で命を茶化したりしないよ?

私もつい気が高ぶってしまいました。 


 母はそのまま入院となり、今後はコロナで面会も出来ないとのこと。 

ストレッチャーで運ばれていく母は、私の方へ顔を向け、不安そうに目を合わせたまま通り過ぎて行きました。 

まさか、この先の1ヶ月が母をあんな狂気に突き落とすとは思いもしなかった。 


 後日、必要書類や保証金を届ける為、母のカバンや引き出しを調べていたら……いつも散らかし放題の母が、珍しくキチンと片付けてあって。しかもバッグの中には、これからホストクラブでも行くんかい??って程の大金が。 

そして年末に加入したばかりの、一時払いの生命保険証書がありました。 相続で非課税になる金額です。


分かってたんだね。 

きっと、こうなるって。