愚痴は愚痴に過ぎないから、本当につまらぬことである。


それをあえて書いてみる。
要は実家じまいで苦労させられているあまたの人々の愚痴のひとつを私も書くだけのことである。

父親が亡くなり、誰も家業を継がなかった。
不景気の続く日本で、それはまあ正解であろう。
しかし、すさまじい在庫の処分に何年もかかり、死ぬまで1人暮らしをすると頑張っていた母親が脳梗塞で倒れ、軽症ですんだはいいが独居はムリですと医者から言われ、私は彼女と暮らすことになった。
それは覚悟していたからべつにいい。

私が住んでいる家は母方の祖父母から譲り受けたもので(祖父母の介護とゴミ屋敷化した家の整理を引き受けたから)、元はといえば彼女の実家なのだ。

しかし、彼女は田舎のだだっ広い家に嫁ぎ、そこに慣れきっていたから、今の家を狭いせまいと文句を言い散らしていた。


で、向かっ腹を立てた私は、祖父母が一生懸命働いて建てた家なんだぞ、いい加減にしろと言ったことがある。一人娘で大事に育てられ、嫁いでからもなんやかやと援助を受けていたくせに何を言うか、晩年の祖父母に対する冷たい仕打ちは何なのだ⁉️という思いもあったから。

それはともかく。


母は相続した土地を持っていた。

それは田舎の不便な場所にあって、税金ばかり食うだけの欠損物件である。

母は税金はきちんと払っていたが、支払いのたびにあまりに文句を言うから、私と弟が早く処分すればいいと言ったらば、彼女はなぜか口を出すなと激怒した。

結局、脳梗塞でにっちもさっちもいかなくなった母はようやく誰かに任せざるを得ないと悟り、私が動いて塩漬け状態の土地を二束三文で叩き売った。

で、実家じまいである。


私には弟がいる。

頑迷な家父長制度の根強い土地柄にあって、弟は長男として大事にされた。私と違って出来がよかったから、母は溺愛した。弟もある時期までは重度のマザコンだった。

しかし、出来のいい彼が東京の医大に進み、精神科を選んだあたりから雲行きは怪しくなった。

私自身は弟が精神科を選んだことは何となくわかるし、応援する気持ちもあったが、両親は拒否反応を示し落胆した。田舎町では精神科で開業しても金儲け出来ないからである。

かくして母はかつて溺愛した息子を裏切り者呼ばわりし、弟は母を見棄てた。実家のことも一切ノータッチ。

簡単に書いているが、弟は父が亡くなった後それなりに母を援助してきたし、見棄てるに至るまでは相応の葛藤があった。実家にまつわる相続を放棄したのも潔い…まあ金額的にはトホホだから放棄できるのだが。


私としては、母が死ぬまでに弟と和解して欲しいとは思うが、そのための労を取る気はない。なるようにしかならんのだ。

ゆえに、実家じまいは私が1人でやらねばならぬ。


今日、娘にも来てもらい、実家へ行ってきた。

アポを取っていた不動産屋が来て家を内見、査定してもらった(発展する見込みのないエリアだからトホホな金額、想定済み)。

待ち合わせた父の後輩で同業者のAさんに、残ったわずかな在庫(ガラクタ)をチェックしてもらい、いつ運び出すかなど打ち合わせた。

Aさんは私が子供の頃から知っている人で、あの土地では数少ない心許せる良い人なのだが、何せ老人である。先日も段差につまづいて転倒して骨折しなかったのが幸いだと笑っていたが、脚を引きずっているのを見て胸が傷んだ。


すべてはうつろい、やがて消えてなくなる。

嫌な思い出のほうが多い実家消滅を実行するのが長男ではなく長女である私だというのは、考えてみれば面白い巡り合わせである。かつてあの土地では、長女なんぞお飾り以下だったのだから。

ここは化け物の首をバッサリ切り落とす蛮族の女にでもなったのだと思うことにしよう。







年末、記事を一つ書くつもりが、忙しさにかまけている間に年が明けていた。

で、新年のご挨拶をしておく──明けましておめでとうございます。

 

  さて、私はまだ生きていて、相変わらずピアノを弾いている。

2年前から母と一緒に暮らし始めて色々すったもんだはあったが、ほぼ全て想定内であり、妙なガマンは止めようと決意していたこともあって、昔のような苦しさはない。

最低限の自由も確保出来ている。

私はどんなに貧乏でも自由でなければ生きてゆけない。


1.桐野夏生「ダークネス」

昨年の後半はもう、この本がほとんどすべて、といってもいいくらいだった(あと少しはベートーベンソナタ)。

読み終わってすぐにnoteにブックレビューを書き、でも何度も読み返すうちに書き足りないことが色々出てきたりして、日本の小説にこれだけ思い入れを生じさせられたのも珍しい。

しかし、原因は案外単純なもので、ろくでなしの男の子供を生んだこと、父親を知らずに育った息子が意外に優秀でありながら、医学部を放棄するというヒロインと自分の共通項に喜んだだけ。

とはいえ、今挙げたことはかなりどうでもよくて、本当は生き方や倫理観の問題のほうが興味深いし、大切な事柄だ。

元々好きなヒロインだったけれど、前作「ダーク」で超パンクに変身?したあたりから俄然ノワールになった小説世界はむしろリアルになった。いや、リアルとフェイクは常に表裏一体なんだけど、そんなことを感じさせて背筋が寒くなるのが優れた小説なんだろうな。


2.推しのいない世界

昨年早々、マリアンヌ・フェイスフルが亡くなった。

つい先日は、“ロックの先生”渋谷陽一さんが亡くなった。

それ以前にトム・ヴァーレインが亡くなった時、私は悲しかったが、どこかで信じていなかったのかもしれない。ショック過ぎて現実認識から逃避。

9年前、デヴィッド・ボウイの訃報には絶望のどん底で一晩泣き明かした。しかし最終的には、彼の死をきちんと受け止めたというのに。

マリアンヌは私の最大のアイドル、ミューズにして女としてのロールモデルでもあったから、悲しみと同時に深い虚脱感がある。やはり死をまだ受け入れられないのか?

いや、実はトムもマリアンヌもこの世にはもういないということを心の底の底ではやけに静かに納得している。

おそらく自分も半分冥界の人になりかかっているからなのかもしれない。


3.理由はやはりアレ?

年明け早々、友人のご主人が亡くなった。私の弟の同級生だから、平均寿命よりかなり若い。

早すぎる死はシンプルに悲しいものだ。ガン闘病も脳梗塞も克服されたそうだが、ご両親や兄弟を相次いで亡くされたため、生きる気力を失くしてしまった、とも聞いた。

しかし、そういった心身の衰弱はアレのせいに違いない、という意見があって、正直私にはわからない。

何となく、いやな世の中になったものだ、としか言いようがない。


4.新たな目標

一昨年、ゴルトベルク全曲リサイタルをやったから、あとはふぬけになるかも、という予想は外れて、新たな目標が突然ひらめいた。きっかけも理由もない。きっと無意識世界でじわじわ発酵されていたんだろう。

というわけで、ある年齢までの数年間かけて、平均律1、2巻を全曲、バッハナイトで弾くことに決めた。

まだ死ねないなあ。













 いやはや、今となっては本当に全曲弾いたの?というくらい、あっさり終わったあの日のリサイタル。

可笑しいのは、私はリサイタルのつもりだったのに、親しい友人たちはライブと言うのが薄ら悲しい笑

これまで、ライブハウスやカフェでバッハをアラカルトで弾いてきたから、そのイメージがつきまとうのだろうけれど。


ゴルトベルクはライフワークと決めているから、これで終わりではない。

いつかどこかで、また弾きたいと思う気持ちがある…もちろん全曲通して。

老い先短いくせに、まだスタート地点に立ったばかりのような気がする。

指が動く限り、ゴルトベルクを弾き続けたい。

課題はおそらくクリアできないものを残したまま、来世に持ち越しだろうけどね。

死ぬまでお付き合いするゴルトベルク、何だかしあわせ😌🌸💓