年末、記事を一つ書くつもりが、忙しさにかまけている間に年が明けていた。
で、新年のご挨拶をしておく──明けましておめでとうございます。
さて、私はまだ生きていて、相変わらずピアノを弾いている。
2年前から母と一緒に暮らし始めて色々すったもんだはあったが、ほぼ全て想定内であり、妙なガマンは止めようと決意していたこともあって、昔のような苦しさはない。
最低限の自由も確保出来ている。
私はどんなに貧乏でも自由でなければ生きてゆけない。
1.桐野夏生「ダークネス」
昨年の後半はもう、この本がほとんどすべて、といってもいいくらいだった(あと少しはベートーベンソナタ)。
読み終わってすぐにnoteにブックレビューを書き、でも何度も読み返すうちに書き足りないことが色々出てきたりして、日本の小説にこれだけ思い入れを生じさせられたのも珍しい。
しかし、原因は案外単純なもので、ろくでなしの男の子供を生んだこと、父親を知らずに育った息子が意外に優秀でありながら、医学部を放棄するというヒロインと自分の共通項に喜んだだけ。
とはいえ、今挙げたことはかなりどうでもよくて、本当は生き方や倫理観の問題のほうが興味深いし、大切な事柄だ。
元々好きなヒロインだったけれど、前作「ダーク」で超パンクに変身?したあたりから俄然ノワールになった小説世界はむしろリアルになった。いや、リアルとフェイクは常に表裏一体なんだけど、そんなことを感じさせて背筋が寒くなるのが優れた小説なんだろうな。
2.推しのいない世界
昨年早々、マリアンヌ・フェイスフルが亡くなった。
つい先日は、“ロックの先生”渋谷陽一さんが亡くなった。
それ以前にトム・ヴァーレインが亡くなった時、私は悲しかったが、どこかで信じていなかったのかもしれない。ショック過ぎて現実認識から逃避。
9年前、デヴィッド・ボウイの訃報には絶望のどん底で一晩泣き明かした。しかし最終的には、彼の死をきちんと受け止めたというのに。
マリアンヌは私の最大のアイドル、ミューズにして女としてのロールモデルでもあったから、悲しみと同時に深い虚脱感がある。やはり死をまだ受け入れられないのか?
いや、実はトムもマリアンヌもこの世にはもういないということを心の底の底ではやけに静かに納得している。
おそらく自分も半分冥界の人になりかかっているからなのかもしれない。
3.理由はやはりアレ?
年明け早々、友人のご主人が亡くなった。私の弟の同級生だから、平均寿命よりかなり若い。
早すぎる死はシンプルに悲しいものだ。ガン闘病も脳梗塞も克服されたそうだが、ご両親や兄弟を相次いで亡くされたため、生きる気力を失くしてしまった、とも聞いた。
しかし、そういった心身の衰弱はアレのせいに違いない、という意見があって、正直私にはわからない。
何となく、いやな世の中になったものだ、としか言いようがない。
4.新たな目標
一昨年、ゴルトベルク全曲リサイタルをやったから、あとはふぬけになるかも、という予想は外れて、新たな目標が突然ひらめいた。きっかけも理由もない。きっと無意識世界でじわじわ発酵されていたんだろう。
というわけで、ある年齢までの数年間かけて、平均律1、2巻を全曲、バッハナイトで弾くことに決めた。
まだ死ねないなあ。
