『〇〇された、〇〇って言われた、あいつは悪い奴だ!』

 

被害者意識が強い人というのは愚痴が多く、いつも人間関係のトラブルを抱えているイメージがあります。

 

ここで言う被害者意識とは、事件や事故など実際に被害に遭った被害者のことではなく、被害者の意識が強い人のことを指します。

 

ワンネスの世界を望むのであれば、被害者(他責)と加害者(自責)の二元性の意識を昇華させていかなければなりません。

 

私はセラピストという職業柄、お客様の愚痴やお悩みを聞く機会が多いのですが、このテーマの課題を抱えている方が多いように感じています。

 

 

 

愚痴とは、もう言っても仕方ないことを嘆くことを意味します。

 

聞いてくれる誰かがいるから愚痴を言うわけですが、目的はネガティブな感情の吐き出しと、自己正当化です。

 

愚痴が多い人というのは本人は無自覚ですが、根底に自己否定があります。

 

自己肯定感が低く、二元性で世界を見る癖があり、『私は間違ってないよね?悪くないよね?』と誰かに確認したくなってしまうのです。

 

『大変だったね・・・』と共感や同情をもらって一時的には楽になると思いますが、『どうせ言っても変わらない、悪いのは相手や環境なのだから・・・』と基本的に人のせいです。

 

 

 

話しを聞いてもらう頻度と相手にもよりますが、愚痴を言うこと自体が悪いとは思いません。

 

良くないのは我慢です。

 

我慢に慣れてしまうと、自分の感情が分からず、何も感じなくなってしまい、心と体の悲鳴にも気付けなくなります。

 

次第に女性の象徴でもある子宮にダメージが出てしまうかもしれません。

 

 

 

愚痴を言うことで感情を吐き出し、誰かに共感をもらうことで安心したい、依存タイプの人。

 

嘆くことがあったとしても、問題解決や自己実現に向かいたいと思っている、自立タイプの人。

 

これらはコミュニケーションの質が全く違います。

 

 

 

私は過去に、友人だと思っていた人からの愚痴を相談だと思い込み、共にアセンションを目指す仲間と信じていたからこそ、前向きな意見をしてしまったことがありました。

 

しかし、本人が欲しかったのは悪口に対する同意で、アドバイスなんて望んでなかったのでしょう。

 

自己肯定感が低いので、自分にとって都合の悪い意見は人格否定として受け取ってしまい、自分を守る為に反撃に出るというパターンは、被害者意識の強い人によくありがちです。

 

悪口、嫌味、マウント、そして縁切り宣言。

 

どうにか冷静なコミュニケーションは出来ないものかと努力もしましたが、無理でした。

 

自己愛が強すぎるナルシシストの攻撃性は強烈で、まともに向き合おうとすると疲弊してしまいます。

 

被害者意識が強い人というのは、私は被害を被られたと騒ぎ立て、相手に罪悪感を植え付けることが得意です。

 

繊細な人なら流せず真摯に受け止めてしまい、きっと罪悪感で苦しむでしょう。

 

当時の私も大きなショックを受けましたが、この出来事を学びとして受け止め、自分の内側にあった罪悪感や無価値感と強制的に向き合わされました。

 

 

 

被害者意識の強い人は、自分は悪くないので変わるつもりがありません。

 

そして、被害者意識が強くなると、転じて加害者になってしまうことはよくあります。

 

私は被害者なのだから相手を責めてもOK、という考えがあり、正義感から相手を攻撃します。

 

また、加害者意識でもある罪悪感や無価値感など、内なる闇と向き合うことが怖いので、あえて被害者のポジションを選び続けています。

 

被害を被られた可哀想な自分でいた方が、周りから同情や慰めの言葉もくれるし、自分にとってメリットが大きいのです。

 

ですから被害者のポジション争いで、戦っている人たちも多く見受けられます。

 

 

 

被害者でいる為には加害者の存在が必要なので、両者は引き寄せられやすく、何かしらのトラブルに発展する可能性があります。

 

加害者は自分責めが癖になっているのですから、人から責められる現実が起きます。

 

負のループから抜け出すには、自分責めをやめ、加害者意識を手放していかなければなりません。

 

苦しみから解放されたいが為に、自分が被害者に転じて相手と同じ言動をしてしまったら、成長の機会を逃すことになり、勿体ないと思います。

 

 

悪口や攻撃の言葉がハートに刺さり、苦しむ人へ・・・。

 

《他人の悪口は自己紹介》という言葉があります。

 

批判的な発言を冷静に聞いていて、『それってあなたのことでは?』と感じた時はありませんか?

 

悪口の主語は相手のようで実は本人、ということです。

 

悪口を言うことは『自分はこういう特徴を持った人間です』と周りに自己紹介しているわけですから、相手の評価を下げているつもりが自分を下げています。

 

相手に攻撃や批判のエネルギーを送り続けているようで、実は自分で自分を攻撃しているわけですから、本人は相当な生きづらさは感じているはずです。

 

 そう考えると、可哀想で可愛い人に思えますよね。

 

“投影” と“課題の分離”を理解出来れば、受け取らずに聞き流せる強さが育ち、傷付くことも減っていくと思います。

 

 

 

自分責めをやめ、加害者のポジションから降りることを決断してみましょう。

 

罪悪感、無価値感、恥、自己嫌悪、自責の念など、本来はあなたのもので無かったネガティブな感情を、いつまで握り締めますか?

 

加害者意識の苦しみは、なかなか他者から理解されず、孤立を深めてしまいがちです。

 

自分を罰し続けて、自分の存在を小さくしてきたのですから、それはそれは耐えがたい感情です。

 

 

 

目指すは被害者でも加害者でもない、無害者です。

 

その為には自分を理解し赦してあげる、に尽きると思います。

 

相手の期待通り完璧に振る舞うのは不可能ですし、悪気はなくても相手を傷付けてしまう時はあります。

 

波長が合わなかったんだな・・・。タイミングが合わなかったんだな・・・。

 

無理に合わせなくても大丈夫ですし、合わないのなら会わない選択をしても大丈夫です。

 

それでも被害者意識の強い人と交流しなければならない場合、私は加害者のポジションには戻らないと決め、境界線をしっかり引いた上で、共感することだけを心掛けています。

 

共感というのは同調、同情、同意とも違います。

 

こんな感情を感じているんだな・・・。自己否定をしていて息苦しいんだな・・・。過去の私と一緒だな・・・。

 

と、慈悲の心で深いところに目を向けるのです。

 

大事なのは、共感はしますが同じ土俵には立たず、過度な反応もしません。

 

この共感は、自分責めをしている時期には難しかった記憶があります。

 

魂と繋がった高次の視点に立ち、感情のゲームからは卒業していきましょう。

 

お互い認め合い、尊重し合える、光溢れる世界へ移行していきたいですね。