この空の下に…
父親、母親
と呼ばれる人達が
どれくらいいるんだろうなぁ
今まで…
たくさんのお父さん、お母さんと呼ばれる人達に
出会ってきた…
その中でも、育てる側のお役を終えて
お世話をされる側に、お役を変えた先輩さん達と
出会う事が多くなった
どの人達も…強く…深〜い
私の心にしっかりと残っている…そんな
たくさんの先輩さん達の姿があるんだぁ
母が最初に認知症を疑って地元の病院で
診察してもらったのだけれど
レントゲン画像だけではしっかり判定出来ない
紹介状を書くので大病院で検査してくださいと
言われ…その紹介された病院で🏥
一か月の検査入院をしたんだぁ
母は嫌がったけれど
自分でも不安だっただろうし…
「私も毎日行くから〜
そしたら、毎日会えるよー
」との言葉に安心して…渋々オッケーした
私は入院の日まで、仕事の引き継ぎに追われ
その間に母は自分で…入院準備をしていた
タオル…歯磨きセット…下着…など

昔、祖父母の入院の時に自分が用意していた物を
思い出しながら
一つ一つ…黒の油性マジックで名前を書いていた
その時の母の字のオシボリタオルがまだあるのだけど
それを見るたびに👀
母はどんな気持ちで、このタオルに名前を書いていたんだろうなぁ
って
ちょっこし…切なくなる
いつも、その字を見るたびに…一瞬…
立ち止まる私がいる…
よく頑張ったね…
母さん…ってね
長〜い間、働いてきて…やっと定年を迎え
お友達と習字やパソコンを習ったり
時々、お友達とランチに行ったり…
「母さん
幸せやわぁー
」って言ってた時に
それが、出来なくなるのかも…
私はどうなってしまうんやろ…って
いろーんな事を考えながら…一人で名前をつけていたんだろうなぁ
母と同じように…
突然‼️やってきた認知症の告知を受けた人々が
その病院には、たくさーーーんいたよ
年齢も様々…
中には若年性認知症と言われる50代のお父さんもいらっしゃって…
20代前半の明るい娘さんがお母さんと共に面会によく来られていたんだぁ
ご自分も不安だっただろうに…
いつも笑顔でご両親に話しかけておられたよ
奥さんは、車に乗れないので…
一人で面会に来られる時は
電車とバスを乗り継ぎ片道…二時間弱かけてこられていた
その病院を退院してからの事
山のように決めなくてはいけない事があり…
どの家族さん達も、大変そうだった
その病院に🏥入院する前日まで
一人暮らしだった先輩さん達がたくさんいてね…
まだ、みーんな初期の人ばかりなので
周りの人達と会話も出来るし
なぜここに来ているのかもわかってる
「家の仏さんが気になるんやけどな…
」
「頭がおかしいなってもたら、一人でおられへんなるな…
」
「娘は遠くにおるし…娘も大変やから…
私…行くところあらへん…どうしたもんやろかなぁ
」
「息子が来てな…お母ちゃん、ホーム探すわって
言うんや
そんな事言われてもなぁ…
家もほっとかれへんし…」
「なんでこんなことになってもたんやろ…」
ある人は、母より少し早くに入院していたので
行き先が決まって…
遠く離れた県外のグループホームに行くという…
「一回も自分の家に帰らんと…このまんま
〇〇日に行くんや
知らん所やけどなぁ…
荷物は息子らが片付けてくれよるみたいや
」
母もその会話を聞いていて
色んな事を考えていたようだった
「困るなぁ…母さん…まだ…
一人でおられるで…
」って言う時もあったし
「どないしよな…
どこか行かなんだらなぁ…
あんたらに迷惑かけられへんし…」
と言う時もあった
つい最近まで
一人で懸命に…気丈に生活されてきた
お父さん…お母さん達…

遠く離れた子供達…

何ヶ月も…誰にも気付いてもらえず…
買い物に出かけて行ったら
小銭を出す事が少なくなってお札を出す
そして、冷蔵庫の中にある同じものを
何回も…何回も…何回も
買ってくる…
冷蔵庫は同じもので溢れてくる
今までチャチャ
と作っていた馴染みの料理
「
何入れるんやったかな…
」
調味料が浮かばない
銀行に🏧行って、今月の年金をおろさなければ…


「はて⁉️暗証番号は…
」
母は、何回も何回も押し間違えて…
中から職員さんが出てきた事があった
でも、家族は離れてるので気付かない
あれ…何をする為に、ここへ来たのかな
今日は何日…
この人参🥕何するんやったかな⁉️
カレーは何入れるんやったかな…
頭が何かおかしい…
長〜い間、気付かれずに日にちが過ぎていく
お稽古をしていた人達などは
お友達が気付いてくれた人達もたくさんいた
うちの母もよくお稽古の日を忘れて行かなくなり
お友達が、「あれ⁉️おかしいなぁ
」と
私に電話をしようかとしてくれていた
離れて暮らす家族が、お正月、お盆の帰省で
やっと親の変化に気付き
あーー
たいへんだぁ〜
と
そこから色んなところに駆け込み始める
病院を訪れる家族さん達は…
浮かぬ顔で面会に来られる人達がほとんどだったよ
兄弟姉妹のたくさんいる人は、面会室で
小さな低い声で相談してる…


一か月の検査中に…いろんな山積みの問題を
なんとかしようと、みんなバタバタしていた
ケアマネさんを決めてきて
介護認定を取り
それが終われば…グループホーム🏠や
老健施設…多機能施設…を決めてきていた
「そんな所行かへんで‼️
」と言う人もいた
「一回…家に帰りたいんや…
」と言う人も…
でも、次々と…行き先が決まり…
突然…一人で懸命に頑張って生活してきた人達が
我が家に帰ることもなく
遠い子供達の住む家の近くの施設に移っていく…
たくさんの先輩さん達と面会の時に
お喋りして
仲良くなっていたので
このさよならの
瞬間がとても辛かった
グループホーム🏠の選択が多かったのは
その時の子供達の出来る最大限の親を思う気持ちなんだと思う
費用はとても高い…けれども…
まだ出来る事をやりながら…
周りの人達と少しでも楽しくいてもらいたい
自分の元には引き取れないけれど…
親には少しでも楽しく安心して暮らしていてほしい…
お父さん、お母さん…一緒にいれなくてごめんよ
許してな…
そんな気持ちが伝わってきた
その気持ちがわかるからこそ…
先輩さん達は…
「知らんところやけどなぁ
おんなじような人がおるから…
息子らも、大変やからなぁ
嫁さんもおるしなぁ
家も狭いし、私のおる所はないし…
」
最後は笑いながら…サヨナラする人が多かった
この病院には🏥
まだ…検査をする状態の人達ばかりだったから
初期の人達が多かったため
今まで生きてきた体験談をたくさーん話してくれたよ
息子さんがお嫁さんを早くに亡くし
子供を連れて帰ってきて
孫を一生懸命育ててきたという人
お母さん役をふた回りしてきたんだよね
お嫁さんとは仲があまり良くなくて
息子が間に挟まれて可愛そうやから
色々思うけど…何にも言わんとおる
出来るだけ昼間は外に出てるという人…
でも、こうなったら…嫁さんに世話にならなあかんな…
って
今…あの先輩さん達は
どうしていらっしゃるんだろうなぁ
お元気なのかなぁー⁉️
先輩さんが親と過ごした懐かしい思い出
愛する人との思い出
人生で忘れられない人とのご縁
大切な子供達…
可愛らしい孫達…
いろーんな楽しい幸せな思い出が
消される事なく…
心の中を温め続けてくれているといーなぁ
みんな…優しかった
みんな…愛深かった
不安を抱えてたけど…強かった
人間って…
心細い時でも、悲しい時でも…
例え…知らない人達ばかりの中でも
同じような仲間がいると…
笑えるんだなぁー
って思ったよ❣️
家族さん達もね…
大変やぁー
と言いながらも…
最後には、みーんな
「お互いに…頑張ろな
」って励ましあった
親達も…いっぱい❣️いっぱい❣️
深く愛してくれて…そして…
懸命に強く‼️生きてきたんだよね
そして、子供達も…
困る…負担や…苦しい…どうも出来ん…
そう言いながらも…
今…自分が出来る…自分なりの…最大限の
親に対する気持ちを持ったんだよね…
みーーーーんなどちらもかけがえのない愛
小さな赤ちゃんだった子供達
たくさんの人生の荒波を乗り越えてきて
顔に尊い皺を刻み…小さくなっていく
赤ちゃんのような親達

やっぱり…出会えて良かったんだよね…
選んで良かったんだよね
生まれてきてくれてありがとう
きっと…お互い…魂に言葉を伝えてた
もしかしたら…
もうあちらに還った先輩さんもいるかもしれない
もしかしたら…言葉も忘れちゃった先輩さんもいるかもしれない
でも、愛したこと
愛されたこと
は消えないよね

出会えて…同じ時間を過ごせて良かった
たくさんの先輩さーん


ありがとねーーーーーーー


娘が母の日に…
プレゼントしてくれました
私も母…娘と出会えて良かった
今日もつながってくれて
ありがとねーーー

