春分の日、朝の東寺に行ってきた
時間は7時前後
前日の慌ただしい京都の道路事情は無くすっかり静まり返っていて
通勤のため歩いているような人や
少しの観光客、朝のジョギングの人がいるくらいだった
朝焼けで綺麗な駅前の道路や住宅街
車通りも少なく、
観光地でなければ、きっと、殆ど人が出歩かないのではないだろうか
私は、立体曼荼羅に会いたかったが目的は達成されなかった
開門はしているが、殆ど開いていなくて、
奥の御影堂だけが賑わっていた
2~3年前かな、夜間参拝で桜を見た時の人の多さと意識で比べてみる
あの息が詰まるような人の多さ
入る前も並び、奥へもゆっくりしか行けず…
ここの朝は殆どの場所が閉まっていたが、人の居ない広々とした空間だった
数時間後に人があふれるほど来るなんて信じられないくらいだ
御影堂をひと通り回る
手前に七福神の旗が立っていた
入口に毘沙門天、
奥へ行くと大黒様がいたのでそこだけ挨拶を済ませる
近くにはお墓のような石がある
高野山のことが石碑に刻まれていた
そうか、空海か
何かと空海にも縁がある
どんな人だったんだろう…と思いを馳せる
一周したところで「桜満開」と看板があったのでそちらへ進む
裏手には(実はこちらが表?)
写経の場所があり、
トイレがあり、
桜もあったが殆ど葉桜になっていた
出口(こちらが入り口?)近くに
今月の大師さまの言葉があった
「色(しき)は空(くう)に異ならず 空は色に異ならず」
色(形あるもの)の実態は空である。
この世は空であるから何でも生まれて、何でも消えていく…(もっと続く)
さて、帰ることにした
太陽が木立を照らし、綺麗に光が反射している境内をゆっくり進む
観光客用の大きなトイレ、駐車場、広場、何もかもが大きい
ふと、考えがよぎった
空海はこれを望んでいたのだろうか…
そう考えながら周りを見渡す
全部がとは言わない
今一度、宗教者に問いたい
金儲け主義になっていないのだろうか
特に気になるのが、
清水寺辺りの京都の町
僧侶が乗る高級車
祇園の町
なんだろうな