前回に引き続き、「児童養護施設職員が抱える向精神薬投与への揺らぎとジレンマ」の論文を紹介させていただきます。

(福祉社会学研究10に掲載。吉田耕平 著)

今回は、「2.子供への向精神薬投与」の「2.2 子どもへの向精神薬投与に関する変遷」を紹介させていただきます。

(129頁~131頁)


今回も、テーマは「医療と児童相談所」にさせていただきました。


※論文引用部分は、太字とさせていただきます。

※著者の注釈は(注1)(注2)・・・とピンク字で記載させていただいてます。

※適宜、改行、行あけをさせていただきます。

※一部、リンクも貼らせていただきました。

※気になるところは赤字とさせていただきました。

※解説等は青字とさせていただきます。




2. 子どもへの向精神薬投与



2.2 子どもへの向精神薬投与に関する変遷


2.1でみてきたように、2007年度時点では、児童養護施設での精神科への通院や子どもへの向精神薬投与は少なかったが、子どもへの向精神薬投与や医療的ケアに関する議論がそれまでまったくされてなかったというわけではない。


その手がかりとして、本稿では1970年から発行がはじまった全国児童養護施設協議会の季刊誌『児童養護 』をみていくことにする。



(参照:http://ci.nii.ac.jp/ncid/AN00106235#anc-library  児童養護:季刊 大学図書館所蔵)



まず、はじめに1970年代では子どもへの向精神薬投与や医療的ケアが取り入れられたという報告は見当たらなかった。


そして、1980年(11巻2号)に東京都児童相談センター所長の上出が「問題行動をもつ子どもの指導」というテーマの中で児童養護施設の医療的ケアについて述べている。


上出は子どもの問題行動として「おちつきがなく、絶えず動きまわる」などをあげ(注1)問題行動のある子どもと脳の障害との関連性を指摘し、「問題行動を示す子どもの正しい理解には、医学的観点からアプローチが必要である」と論じている(上出1980:41-43)



(注1):上出は「おちつきがなく、絶えず動きまわる」の他に「けんか早い、はげしいかんしゃくや反抗、登校をしぶる」などをあげ、「数え上げればきりがない」と述べている(上出1980)。



その後、『児童養護』では児童養護施設で生活する子どもと医療に関する特集が組まれるなど問題行動のある子どもには精神科医による治療が必要であるという意見が散見されるようになる(石井1980;上出1981,1985)。


1980年代半ばから、『児童養護』において問題行動のある子どもは、児童養護施設における「処遇困難児」と表現されるようになった。


田村は、家庭の経済状況や家族関係の問題、子どもの養育環境に触れ、児童相談所が「治療センター」になり児童養護施設と協力し合い親子の治療を支援する体制を整える必要があると主張している。(田村1986,1987)。


そして、問題行動のある子どもとその親は、精神疾患をもつ親と子として紹介され、児童養護施設での対応について議論されるようになった(林1991a,1991b;西川1994;滝沢1994)。


1990年代末の『児童養護』で、「困難を抱えた子どもたち」の特集ではじめてADHDと診断された男児の事例が紹介されている(西川1999)。


その事例は、落ち着きのなさ、他児とのトラブルなどを持つ男児が生後間もない頃から乳児院に措置され、ADHDと診断を受けるまでの12年間施設を「たらい回し」になったという内容である(注2)



(注2):男児は、生後間もなく母親の養育放棄と家出により、乳児院へ措置、その後、児童養護施設に措置されたが落ち着きのなさ、他児とのトラブル、ひどいかんしゃくのため、薬の調整と診断の確定を目的とした小児心療センターでの入院治療(診断名:非社会性行為障害)、向精神薬(メレリル )による薬物療法を行いながら施設から小学校に通うようになる。


しかし、男児は慣れた頃にパニックが再発し、児童自立支援施設への措置変更それでも対応が困難と障害者専門の医療施設へ措置された。


そこで児童精神科医にADHDと診断され、その後向精神薬の変更(リタリン )など医療的ケアを受け、男児は

①行動の落ち着き、

②児童自立支援施設の短期処遇、

③本人の強い希望、

により以前生活していた児童養護施設に戻った(西川1999)。



その後、『児童養護』は、「精神障害・発達障害の養護施設の子どもとADHDを含む発達障害に対する精神科治療について連載している(金井2007a,2007b,2008a,2008b)。


その中で、金井は向精神薬治療に期待することは「症状の軽減」であると述べ、「衝動性を抑えることでトラブルの頻度や程度を和らげる、不安や緊張を弱めること」であると説明している(金井2008b:38)。


さらに、金井は子どもに医療を拒否させないためには、児童相談所の協力のもと職員の一致した態度が精神科通院には必要であると説いている(家内2008b)。


1980年代では子どもへの向精神薬投与について説明はされてないが、落ち着きがなく、絶えず動きまわる子どもは、処遇困難児や脳に障害がある子どもとして取りあげられており、精神科医による治療が必要であると述べられている。


その後1990年代後半から、児童養護施設では子どもの行動に「落ち着きのなさ、他児とのトラブル」などがみられ、施設職員では対応が困難であると、精神科医へ通院し、ADHDなどの診断名で説明されるようになった。

その治療として向精神薬の必要性が指摘されるようになったのである。



参照:http://matome.naver.jp/odai/2142182915295263101



しかし、前述したヒーリーは子どもの行動を向精神薬でコントロールすることは虐待行為につながると指摘していた(Healy2009)。(※) 




(※)ブログにはアップしませんでしたが、論文の「1 問題の関心」で述べられています。

その部分のみ引用しますと(引用部分は斜め字


ヒーリーはこうした向精神薬が「多動などの診断がなされる子どもの問題行動をコントロールするのに使用されている」とみなしており、問題症状のある子どもをおとなしくさせるために向精神薬を使用することは虐待行為につなあると指摘している(Healy 2009:185)。



現に、アメリカでは、児童虐待の専門機関である児童保護サービス(Child Protective Services:CPS)が、子どもをフォスター・ケアに措置し、措置先で向精神薬を用いてADHDと診断された子どもの気分を鎮め管理していると批判されている。


さらにフォスター・ケアでの子どもの死亡や自殺と複数の向精神薬の投与と関連が疑われているケースがマス・メディアで取りあげられている(Heather2010;上野・吉田2011;Sessions2012)。


現在、日本の児童養護施設では向精神薬による副作用で自殺など死に至ったというケースは報告されていないが(注3)、児童養護施設で生活する子どもの逸脱行動を向精神薬で鎮静化させている動きが、マス・メディアによって批判的に取りあげられるようになった(注4)



(注3):筆者が日本の論文が検索できる「CiNii]や朝日新聞の「聞蔵Ⅱ」、「医中誌Web」で「向精神薬」「子ども」「死亡」「児童養護施設」のキーワードで検索した結果、日本の児童養護施設では向精神薬による副作用で自殺など死に至ったというケースは報告されていない。


児童養護施設でのケースではないが、10歳の男児が2012年10月に日本脳炎予防ワクチンを接種したあと死亡していた(厚生労働省2012b)。


その死亡した男児は、3種類の向精神薬を飲んでいた。

専門からは向精神薬の副作用で起こる心臓の異常に加え、接種の強い痛みが重なり心臓停止を起こした可能性が指摘されている。



(注4):読売新聞では「児童施設と向精神薬」というテーマで

①「親への愛ー薬で抑制」(2012年4月9日)、

②「鎮静させられた兄弟」(2012年4月13日 )、

③「小刻み歩行の子どもたち」(2012年4月20日 )、

④「消えないトラウマ」(2012年5月2日)

を掲載している(読売新聞2012a,2012b,2012c,2012d)。



また「精神科早期介入の問題を考える会 」が発足しており、早期発見、早期介入により、子どもが向精神薬の薬漬けになっていると訴えている団体が活動している(精神科早期介入の問題を考える会2012;NHKクローズアップ現在2012)。


今後、向精神薬の副作用が原因とみられる事故や死亡など子どもに不幸なことが起こるようであれば、子どもへの向精神薬投与において「虐待」しているという意味が付与されるかもしれない。


そうなると、児童養護施設における子どもへの向精神薬投与は「虐待」しているというまなざしで世間からみられてしまうのかもしれない。


すでに、高齢者施設では向精神薬の過剰投与が「身体拘束」に該当する虐待であるとみなされている(東京都福祉保健局2009)。



奈々草の疑問:何故、高齢者が虐待とみなされていることが、子どもには適応されないのだろうか?理解不能



児童養護の施設職員の中にも、子どもへの向精神薬投与に対して肯定的に受け止めている者がいれば否定的な見解を示す者もいるはずである。


また、同じ職員でも、向精神薬投与についての見解は状況などによって異なるのかもしれない。


本稿では、可能な限り当事者である施設職員が抱えている子どもへの向精神薬に対する思いや児童養護施設が抱えている課題について探っていくことにする。