「心理臨床の広場」Vol.5 No.1 2012という雑誌で「児童虐待」について特集していました。

児童相談所側の言い分として、いくつか論文を紹介したいと思います。

(本文まま引用しますが、改行は本文ままではありません。気になる部分は赤字としました。)

できれば内海医師の「児童相談所の怖い話」と読み比べてみて欲しいと思います。




児童福祉からの中長期的な対応 ー児童相談所心理職の立場から


京都府宇治児童相談所 大隅健志


はじめに


 幼気な子供が涙を流しながら「おかあさん!」と泣き叫ぶ中、何人かの大人が子どもを家から連れ出し、車に乗せ、別の場所へ連れて行きます。その子は今までとは違った生活をはじめます。


 これは、誘拐や拉致ではありません。虐待を受けた子どもの保護の一場面です。

何と惨いことかと思われるかもしれません。母を求める子どもを引き離すことは、子どもの心に深い傷になるのでは?と思われるかもしれません。

このこと自体あってはならないのですが、この事態は起こっています。そして、このことは法律に則って児童福祉に携わる大人が、綿密に計画をたて、実行していることなのです。

ただ、これが心の傷にならないとは言えません。できるだけ深い傷にならないように準備されてますが、無傷にいくものではありません。では、心の傷になるかもしれないことをなぜ行うのか?という疑問が出てくると思います。

それは、子どもの生活がこのまま続くともっと大きなダメージになる、あるいは既により大きなダメージを受けていると考えられるからです。


 この事例の場合、引き離すかどうかを判断するにいたる調査が、初期対応です。

その次に心の傷をケアし、あるいは健全な生活をおくれるように支援するという援助活動が続きます。この後者の課程が、中長期的な対応と考えます。

これらのことは児童相談所の担う仕事の一部です。

本稿では、後者の中長期的な対応について考えているところを述べたいと思います。


児童相談所について


 児童相談所は、現場活動を中心に、児童福祉を担う行政機関の一つです。

子どもの保護や援助について、時に行政的に強力な権限をもちます。

児童福祉司や心理職、指導員・保育士、医師等様々な職種の職員から構成され、協力しながら援助活動を行っています。


中長期的な対応


 初期対応では、在宅での調査や一時的保護所での生活(一時保護)を通して、見たてが行われます。

その結果に基づき子どもを中心に継続的な関わりが行われます。それが中長期的な対応になります。

具体的な援助形態については図のとおりです。


   ↗在宅での調査→在宅での援助

虐待    ↓    ↗    

   ↘一時保護  →児童福祉施設等での援助→自立

(青字が中長期的対応)


虐待の程度や親子関係等により、在宅での援助か児童福祉施設等での援助になります。

また、施設生活後、家に戻る場合もあれば、戻らずに自立ということもあります。

この様々な道のりに付き添っていく役割を担っています。

それでは、中長期的な対応において、一心理職の立場から大切と思われる点を述べたいと思います。


在宅での援助


 虐待の程度が深刻でない場合や、在宅での家族との関係が重視される場合、親子が離れずに継続的に援助を行います。

その中で次の二点を援助の主眼と考えています。

家庭内の関係調整と安心感の醸成です。


[家庭内の関係調整について]

 

 例えば、親は良かれと思って子どもを注意するのに、子が同じ失敗を繰り返します。

それを反抗的だととらえてしまう親もいます。厳しいしつけが高じて虐待になることもあります。

子どもは、何度も「非難」され、自分はがんばってやっているのに、どうせ自分は何をしても怒られるのだと被害的に受け取ってしまうこともあります。

こういった際に子どもに心理診断を行い、不注意な傾向を認められ、本人の意思とは別に支持を聞き落としやすい特徴を判明することもあります。

そこでその特徴を正確に親に伝えることで、親は有効的関わり方を知ることができ、悪循環の関係を改善することがあります。

これは一つの事例ですが、子どもではなく親の方に課題がある場合もあります。

家庭内の課題に対して診断を行い、その背景にアプローチをし、関係の調整をしていくことが在宅援助のねらいの一つです。


[安心感の醸成について]


 家族の話を聞いていると、虐待事象について親子双方の言い分が違うことがあります。

親は暴力をしていないと言い、子どもが親から暴力を受けたと主張することがあります。

どちらかが嘘を言っている場合もありますが、どちらも心の中でそれが本当だと信じている場合もあります。

事実の解明も重要ですが、別の視点からすると、例えば子どもは暴力を再び受ける不安をもっているということ、親は暴力をふるうことはないという姿勢を述べているということが言えます。

その思いを双方に確認することで今後暴力のない生活を約束するということにつなげられます。

それが家庭内での安心感の醸成となっていきます。


児童福祉施設等での援助

ー児童相談所からの関わり


 親と離れて生活することが必要だと考えられる場合に児童福祉施設入所という選択が行われます。

施設入所という状況は、親子が別の場所にいるということに意味合いが大きくあります。

親から子への暴力があり入所を行った場合、距離があることで双方にとって安全な交流ができます。親子が必要以上に密着している関係には、距離が健全さをもたらす場合もあります。

いずれにしても、適度な距離感を形成していくことが重要となっていくと考えられます。


[適度な距離感の形成について]


 冒頭に述べた事例では、子どもは「おかあさん」と泣き叫ぶのですが、子どもにとっては親は大きな存在で絶対的なものととらえられやすいです。

しかし家とは異なる生活をする中で、家の生活がいかに不健全であったかに気づいていくこともあります。

施設の中で新しい価値観を身につけていきます。

親に対しては、自身の子への関わりを振り返り、適切な方法について、時に心理教育的に面接をしていきます。

自分固有の関わり方以外の視点をもつことが親子の距離を適切にしていくことにも役立ちます。


 施設生活をおくる中で親子関係の状況に応じて面会や外出、外泊を適切に設定し、この課程で親子双方が適度な距離感を形成していけるように援助します。


[自立]


 子どもが年を重ね、受け入れてくれる家庭がいない場合や家族との良好な関係が構築できない場合、自立を目指します。

例えば、働き始めた子どもの給料をあてにする親があらわれることもあります。

子は親の金銭要求に対してどうするか、複雑な気持ちを整理していく必要があります。

そのことが適度な距離感の形成となります。


 以上のことは、子どもたちとその家族との出会いの中で考えたことであり、援助の際の道標と考えています。


心理臨床の広場 Vol.5 No.1 2012 16頁~17頁