Just think aloud...by Angels.M.T. -56ページ目

いつもと同じ風景なのに・・・

朝、起きて外に出ると、昨日と同じ風景がある。
いつもと同じように、一日が始まっていて、いつもと同じ景色、何ら変わりはないはずなのに・・・。
一人の人が呼吸をしていない事実は、とてつもなく人を悲しくさせる。

2014年7月22日 火曜日 午前8時26分。

長い間、闘病していた父が亡くなりました。享年81歳。

いつかは来ると、わかっていた別れの日のはずなのに。

こういう瞬間は、誰にでも来ることなのに。

7月24日、滞りなく葬儀は終わりましたが、病魔におかされても、痴呆とかはなく、意識もしっかりしていて、ちょっと前までは、しっかり会話もしていたので、まだ信じられないような気分です。

母、姉、私。
こんなに泣いたことはないぐらい、お式の間中、3人とも泣きました。
母は79歳だし、私も姉も、もういい歳なのに。

「いい歳してこんなに泣くなんて。
ウチの家族は毎日ケンカして毎日仲直りだったけど、結局はウチは仲が良かったのね。」

と母。

母の傍で、眠るように息を引き取ったという父。
母は、まさか呼吸が停止したとは、思っていなかったそうです。

先生が来られて、確認のために、父の瞼を広げた際、ひと筋の涙が落ちて、まるで「お別れの涙」のように見えた、と。

葬儀は、ごく親しい身内だけで執り行いました。
ただ、父は高等学校の先生だったので、父をとても慕ってくれていた生徒さんたちがおられて、ぜひ参列したい、と言ってくださり、暑い中参列してくださいました。
生徒さんたち、と言っても、父が若い頃に担任した生徒さんなので、みなさんすでに定年退職しておられる年齢の男性の方々ばかり。
でも、そんな年齢の男性が、父の顔を見て涙を流してくださっている姿を見ると、本当に胸にこみ上げるものがありました。
良い生徒さんと共に、素晴らしい教員生活を送っていたのだな、と。

父は、私や姉には細かいことは一切言わない、悪く言えば無神経、良く言えば細かいことは気にしない、大らかでお気楽な人でしたが、学校では「熱血」なところもあったようで、男子ばかりの学校だったせいか、生徒を殴ったこともあったようです。
今なら「体罰」なんて、もってのほかですが、そこはやはり古き良き時代。
先生が殴っても、殴られた生徒は殴られた理由をちゃんとわかっていて、その事実に対して異存はない。
そして先生も、殴り方を心得ていて、生徒が怪我をするような殴り方は絶対にしない。
そんな時代だったせいか、殴った先生と殴られた生徒との間に、信頼関係があったんでしょうね。

父が息を引き取って、葬儀場までの道中、母は涙が止まらなかったそうです。
その道は、いつも父が運転し、母が助手席に乗ってたびたび通った道だったから。
3年前に病気が発覚してから、ほとんど毎日、二人で行動を共にしていた父と母。
父は車が好きで、最後の入院のぎりぎりまで運転していました。
父と母、いつも二人で通った道、二人で食事したレストラン、二人で買い物に行ったショッピングセンター・・・
いつも二人で見ていた風景を、母が一人で見る日がこんなに早く来てしまうなんて。

私の携帯にも、10日ぐらい前の日付の、父からのメールがありました。
病気が重くなってからのメールは、本当に短いメールだったけど、読み返すと涙がこぼれます。
職場が両親の家から近いので、体調の良い時は、晩御飯の足しにしなさい、とお惣菜を小さなエコバッグに入れてよく持ってきてくれたものでした。
来週から仕事に復帰しますが、職場周辺にも、父との思い出がいっぱいあるので、しばらくはかなり辛いだろうな・・・。

辛いけれど、乗り越えないといけないんですね。
完全に思い出にしてしまうには、かなり時間がかかりそうです・・。