Just think aloud...by Angels.M.T. -55ページ目

家族の話

父のエピソード。
忘れたくない話なので、書きたいと思います。
ブログ記事としては、適さないかもしれないので、公開は限定にしてます。

先日も書きましたが、亡くなった父は、高校の先生でした。
工業高校の先生だったので、生徒はほとんどが男子。
教職に就いて間もない頃に教えた生徒さんたちとは、「共に学校を作った」という気持ちが強かったようで、父もまだ若かったこともあり、「先生と生徒」というより、まるで「兄と弟」のような雰囲気だったそうです。

私の職場の上司にも、私の父の生徒だった、という方がおられました。
その方が、教えてくれた父のエピソード。
「M先生(父)はね、やんちゃ坊主みたいな先生やったよ。俺が高校の頃、教室でキャッチボールしてて窓ガラスを割ってしまい、担任だったM先生に言いにいったら、何て言うたと思う?!『隣の教室のガラスとつけ替えとけ!』って(笑)ワルな先生やったなぁ~」

また、別の生徒さんは、
「運動場が作られる時だったから、工事中のショベルカーが運動場にあってね、何人かでこっそり動かして遊んでたら、M先生が通りかかった。ヤバい、怒られる!と思ったら、先生が言った一言、『おい、終わったら元の位置へ戻しとけよ!』って(笑)。」

他にも、いろいろエピソードはあるようです。

その後、父が昇進し、同校の校長となった時、その生徒さんたちはとても喜んでくれて、お祝いの会を開き、記念の腕時計をプレゼントしてくれたそうです。

校長となった時は、定年まで残すところ3年となった時でした。
しかし、校長職は、それまでと違って、仕事の内容的にも、人間関係的にも大変なことが多かったらしく、かなりストレスも多かったようで、白髪も少し増えていたように思います。
校長となって一年を過ぎた頃、あまりのストレスに、父は母に言ったそうです。
「早期退職してもいいか?」
と。
少々のことでは弱音を吐かない父が言ったのですから、相当なストレスがあったのだと思います。
でも、この時に母は言ったそうです。
「仕事を辞めてしまうのは簡単なこと。どうしても辞めたい、とあなたが言うのなら、仕方ないとは思います。
でも、あなたが校長職に就いた時に、自分のことのように喜んでくれて、腕時計を贈ってくれた生徒さんたちのことを思い出してみて。その時計を見て、簡単に辞めることができますか?」
と。
父は腕時計をじっと見て、
「そうやな・・・。」
と。

その後、父は校長職を勤め上げ、無事に定年退職しました。
生徒さんたちとの、良い関係があったからこそ、最後まで勤めることができたのだと思います。

生徒さんたち、年齢的にも、いいオジサマの方々ばかりでしたが、そんなオジサマが涙を流してくれている姿を見て、私たち家族はうれしかったです。

今の時代は、こういう関係を築くことは難しい時代。
古き良き時代だったんですね。