公開初日に休みが取れたので、一人で鑑賞してきた。各キャラクターにそれぞれ仕事に対する思いが溢れていて、やはり一生懸命な姿はいいなと感じた。そして、働くにあたり「きちんと装うこと」も大切だと感じた。
今思えば、自分に関しては幼少の頃からオシャレが好きだったほうだと思う。ただ、小さい頃はちょっと洋服や小物の話をすると「ange.ちゃんはオシャレね」と祖母が眉をひそめながら言っていたことを思い出す。小さい頃は「オシャレであること=良くないこと」だと思い込んでいた。
祖母が眉をひそめていたことには理由があったのだと思う。私の記憶では、祖母は普段はいつも質素な服を着ていた。もともと旧家の出で裕福な家に育った人だったらしいが、結婚直後の日本は戦争もあって貧しく、結婚生活も金銭的に厳しかったそうで、とりわけ嫁の立場で新しい洋服など買える状況ではなかったのだろう。「オシャレ=新しい洋服を買う=余計な出費=浪費家になる」の考え方が板についてしまい、嫁入りした私の母に対しても洋服を新しく買うことに随分と厳しかったらしい。私は長いこと、祖母はオシャレでない人、ファッションに興味のない人なんだと思い込んでいたが、かなり後になって祖母の結婚前の数少ない写真の中で、当時では珍しかったであろう大きなつばの広いエレガントな帽子を被ったワンピース姿の祖母を見て、ああ、本当は祖母もオシャレすることが好きだったんだろうな、と感じた。
そんなわけで、「ange.ちゃんはオシャレね」と言われると、長いことそれを誉め言葉とは感じていなかった。中学校から高校にかけては校則があるし、受験もあるしであまりオシャレを気にかけている暇はなかったが、大学生になると少しずつファッションや髪型を褒められるようになった気がする。
社会人になってからは、オシャレだと言われることが増え、ようやくそれが誉め言葉だと素直に受け取れるようになった。
映画の中でアンディは、「シャネルの服は必要なくなったから人にあげた」と言っていたものの、その言葉を発しているアンディの洋服はシャネルではないものの、すっきりと装っていることが見て取れた。
人を見た目で判断してはいけない、と言う人がいるが、私は人の見た目はとても大事だと思っている。
初対面の人の最初の情報として入ってくるのは洋服も含めた「見た目」である。
採用試験を受ける時、履歴書に写真を貼るし、たいていの会社は面接もある。清潔感のある髪、服装は大切だ。服装なんて安いファストファッションのものでも、とりあえずきちんと感があるものはどこでも売っているし、見た目なんて簡単に繕えるものだ、大事なのは中身!と言う人はいるが、じゃあ、そんな簡単に繕えることすらできない人って社会人としてどうなの?と思う。
場所をわきまえて、状況に合った装いをすることは相手に対する礼儀でもある。そういった配慮ができます、という内面も示すものである。
相手に対する配慮の装いに、「自分らしさ」をプラスすることがオシャレだし、私はそうすることが楽しいので、やっぱりオシャレ好きだと思う。祖母が思っていたように、オシャレにはお金がかかるが、今は自分のお金で自分の機嫌を取るためにお金を使っているので、いいではないかと思っている。自分でお金を稼ぐようになって、ようやく得た自己肯定感の一つである。