戦いの荒野に一陣の風が吹いております。空前絶後の一戦!日韓ワールドカップの決戦のゴングが今かき鳴らされましたぁ~。
全世界の注目の的に火ぶたを切った、日韓ワールドカップから早いもので8年を迎える。大会上初めての日本と韓国の2カ国での開催、2002年5月31日~6月30日までの31日間で10カ所計20都市で64試合が行われたのです。
実はこのANGELO、このFIFAの大会で運営委員として約3週間お仕事をしておりました。JR仙台駅に隣接しているホテルメトロポリタン仙台が運営事務局でした。そこには、当時南アフリカの副事務局長(当時の事務局長はジョセフ・ブラッター氏)が総責任者となり、世界各国から集まった事務局の代表者と日々職務を遂行しておりました。
その時の事務局は7階フロアーを借り切り関係者以外は立入禁止、厳しい警備のもと進められておりました。ホテルの1Fには受付が設けれられ、各国の大使館関係者、プレス(マスコミ)の方の取り次ぎをしておりました。このレセプションは一般の方々向けのものではありませんでした。
実は今になって「大きな経験をさせていただいた。」と感謝いたしているもののあまり気乗りはしておりませんでした。3月位にオファー(業界用語ではアサイン)が入り、水面下で着々と進められていたのです。ANGELOは1Fの受付を仰せつかりました。
試合は我らが日本がベスト16に入る快挙!!なんと決勝リーグに突入いたしました。時は6月18日。日本 VS トルコ 戦が宮城スタジアムで熱戦の中の熱戦でした。結果は1-0で敗退となりましたが、たくさんの著名人がこの地を訪れたのです。
私達はこれらの方々の対応に追われたのです。まずは皇族関係では高円宮ご夫妻、後に日本代表の監督として活躍されるあのジーコ監督、女優の真野響子さん地元のさとう宗幸氏。また、経済界の大御所の皆さまがそうでした。
いただいたお写真で恐縮ですが、ちょっとアップしてみましょう。
1階の受付はこんな感じです。常時、各国の通訳さんも待機しております。
ジーコ氏を挟んで、一番右はJLの客室乗務員の副部長をリタイアされたばかりのSUY○MA氏、そのお隣は通訳さん、左はボランティアの学生さんです。
そして、今度はあの有名なイタリアのレフリーさんです。
お名前を忘れてしましましたぁ~。どなたかお報せくださいね。
主審を務めるだけあって、眼光が鋭かったけど。。。
レフリーの中では一番気さくで優しかったです。
