いつまでも、生保のお世話になっている訳にもいかず

私の気持ちも落ち着き、子供達も小学校、保育園に通い出し私は働きに出る事を決めた。

H12年就職活動開始

そんな時、広報紙に某老人施設の求人が載っていた。
H12年5月オープンの老人施設だ。

一次試験(ペーパーテスト)と面接があるとの事。
私はどちらも自信がなかったが、何もしないで諦めるより、面接を受けてダメだったら次を考えようと思い、老人施設に問い合わせ試験と面接を受ける事にした。

ペーパーテストはあまり難しい物ではありませんでした。
面接では『どの部署が希望ですか?』と聞かれ
『第一希望は調理です。』と答えた。
『調理ですと早番や遅番がありますが、小さいお子さんがいらっしゃるようですがその辺は大丈夫ですか?』と聞かれた。

正直、早番や遅番は出来るかどうかわからなかった。

母も別の老人施設で調理の仕事をしており、早番や遅番があり子供達を預ける事は難しいと思ったからだ。
けれど、その時の私はそんな事を考えてる余裕はなかった。
なんとかなるだろう…。と言う気持ちと(調理師免許もなく、小さい子供もいるし面接に受かる訳ないか…)と言う思いでいたのだ。

なので『早番も遅番も出来ます。土日も出勤可能です』と言ってしまった…


後日…調理員として採用が決まったのだ…。

面接官は、全く知らない方ではなかったので私の現状を察して下さって採用してくれたようです。

母子家庭で、小さな子供を抱えて働かなければ大変だろう…と言うお心遣いがあったのかも。

とにもかくにも私は仕事が決まりホッとしました。

その施設は5月オープンでしたが、3月から実習と言う事で働き始めました。
まだ3月なので入所される方はいないので、まずは職員の食事を作る事で、どのように作業を進めたら良いのか、30人分の料理を作るのにはどのくらいの時間がかかるのか、などを調理員6名で色々話し合い
試行錯誤でやっていた。
オープン前は8時~18時までフルで働いてました。

いよいよオープン間近になりシフト表を作る事になった。

私は特に希望は出さなかったけれど、一つだけあるお願いをしました。

私が勤める職場と、母が勤めている職場は違う場所だけれど、どちらも同じ理事長が経営していたので
連携が取れていました。
そこで、シフト表を作成する栄養士さんに一つだけお願いをしました。

『早番も遅番も、土日も出勤可能ですが…子供を保育園に送って行くのに、私か母しか送って行く人がいないので、私の早番と母の早番がかぶらない様にしていただけませんでしょうか?』と。

私が早番で母が遅番なら、母が子供を保育園に送って行く事は可能です。
母が早番で私が遅番なら、私が子供を保育園に送って行く事は可能です。

この事を栄養士さんに伝えると、すぐに母の勤めている施設に問い合わせ母の勤務表をFAXで取り寄せ、うまく勤務表を作って下さいました。

子供のお迎えは、早番の人が迎えに行く事にしました。
私も母も遅番の時は、娘にお迎えを頼んで、なんとか保育園の送り迎えの件はクリアしました。

調理員のメンバーは、17歳、18歳、私、40代、50代、60代の6名でした。
仕事は結構きつかったけれど、私はすぐに17歳の子と18歳の子と仲良くなり楽しく仕事をしていました。
覚える事も沢山あって大変だったけれど、当時はまだ若かったのですぐに仕事も覚えられた。


その頃…
私の母方の祖母が痴呆症で私の勤める施設に入所する事になった。
毎日仕事が終わると祖母の部屋へ行き、洗濯物を持ち帰り、私が自宅で洗濯をしていた。
施設に洗濯をお願いする事は出来たのですが、祖母の為に何かしてあげたいと言う気持ちと
施設に洗濯をお願いすると一回100円程徴収されるので、私が洗濯をしていました。

祖母が入所して間もない頃は、徘徊するほど体力があったのですが(介護士さんには大変ご迷惑をおかけしました)徐々に体力もなくなり徘徊する事もなくなってきました。



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