いま、いろんなスタイルでのセッションやセラピーで活躍されてる女性がたくさんいて、みなさんすごいなぁ~
と思っていたのですが、ふと、私も過去にセラピストとして活動してたことを思い出しました
と思っていたのですが、ふと、私も過去にセラピストとして活動してたことを思い出しましたいや、忘れてはなかったですし、肩書きにも“サトルアロマセラピスト”をいまだ名乗ったままですし、また活動したいと思いながらもなかなか踏み出せずにいる自分がいるというだけのことなのですが…

なので、過去に活動してた時のことをあらためて振り返ってみました。
そもそものはじまりは、父のこと。
過去にも記事(→★)にしましたが、父の死がきっかけとなって、セラピストというお仕事に興味をもったのが最初でした。
そこから、気になったワークショップやセミナーに足を運んだり、実際にセッションを受けたり、このブログを立ち上げたのもセラピスト活動をしていきたいがためのものでした。
そして、その頃の私はセラピストとして自由に動けるよう、当時勤めていた正社員のお仕事を体調を崩したのをきっかけに退職、時間的な制約のある正社員としてのお仕事そのものに就くのもやめ、いくつかアルバイトをしながら空いた時間にセラピスト活動をするという生活を送ってました。
なかなかセラピスト業のみでやっていけない状況にもやもやしつつも、細々ながらも好きなことをして、セッションを受けてくれる方たちとの時間があったり、同じようにセラピスト活動をしている人たちとの出会いがあって、たのしく過ごした日々がそこにはありました。
それが一度途切れたのが、母が突然亡くなったとき。
それまでの自由気ままな生活が一変し、いわゆるパラサイトだった私は、現実的な“独り立ち”をそこで求められることになりました。
その後のことはブログ再開後にちょっとずつふれてきましたが、母を亡くしたあとの私は目の前の生活を送ることに心身ともに精一杯で、自分以外の誰かのために何かをする余裕はまったくありませんでした。
まず、母を亡くしたあとには悲しむ間もなく実家から今の家に引っ越し、そのすぐあとに実家だった貸家は取り壊されこの世から消滅。
それと同時進行で、家業の不動産屋でお仕事スタート。
そこでモラハラパワハラ全開の遠い親戚と日々バトル。
わかっていながらそこを抜け出せない自分に怒り、絶望。
その後も自分を試される出来事が次から次へと起こり、自分の肚の奥底から湧き上がってくるあらゆるものを見つめては、少しずつ不要なものを手放し…を繰り返してきました。
で、今年の3月にようやく両親の遺した不動産屋を離れて、いまの派遣のお仕事にたどりついたというわけです。
長かったし、ほんとにしんどかった…
自分で選んでいたとはいえ、もうこんな苦しい経験はお腹いっぱいです

だけど、この一連の経験があったことであらためて感じたんです。
自分がまず満たされ、溢れ出てきたものをもって、はじめて誰かと向き合えるんだと。
そう、まずは自分を大事にすることが何よりも大事なことなんだということを、体感としてわかったんです。
そういう意味で、いろんなことを手放してきたいま、セッションをまたしたいと心から思えるように最近やっとなってきました
かつてワクワクしながらセラピスト活動をしていた頃の感覚を取り戻し、これからのことを楽しみながらいま考えています

そして、以前セラピスト活動をしていた頃よりさらにパワーアップしてるはず
ほんと、セッションを再開するのがいまからとても楽しみです
私の経験が必要な誰かに届くといいな
私自身の変化のスピードがものすごく遅くて、周りの変化のスピードと比べて焦ることもあったりしたけれど、こうして振り返ってみるとなかなか大きな手放しをしてきた自分がいて、少しずつでもちゃんと進めていた自分にちょっとホッとしました
マイペースでも変わっていける、そんな一例になれたらと思います

そして、私の転換期には両親の存在が本当に大きかったことにあらためて気づきました。
それぞれの人生において、一緒に過ごしていた時はもちろんのこと、その死をもって私にたくさんの気づきと学びを与えてくれましたし、いまだに両親に助けられてることを日々感じています
両親が見守ってくれているという安心感は、私にとっての心の支えでもあります

なので、実際に甘えることはもうできないけれど、気持ち的にはいつでも甘えてしまっています
両親を恋い焦がれる気持ちは、一生なくならない気がする。
とにもかくにも、私は自分の人生をこれからもマイペースに歩んでいこうと思います
大好きでいっぱいの世界を創っていこう
