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みっちangellamicchiのブログ

時々、こころのままを呟きます。
あなたの心にも届きますように。

(昨夜UPした『こんにちは福島』の
内容が、頑張ってる農園の人の話しをしたつもりが除染の話しに傾倒していた様なので、少し想いを追加して。。)

【自然豊かな風景の中で】

東北新幹線、郡山から福島までの山間に美しい水田が目の中に飛び込んで来る。

田園風景が広がる福島に再び訪ねながら、逞しくこの地で生きると決めた人々。そして避難した人達に想いを馳せる。

私も自分の故郷を離れて暮らす事を選び、見知らぬ大都会に身を寄せる

無関心が取り巻く喧騒に自分を見出し、前に一歩一歩進む事は決して容易とは言えない。

一からの友達作り。社会作り。何の足場もない所にたまには見栄を張りながら立ち向かって行くしかない。

故郷を離れる理由はなんであれ、
守られる物なき都会や
見知らぬ土地では既に
それだけでストレスを抱えている。

一方、田舎の風習に縛られ
少し窮屈さを感じながらも、
自分の存在が守られる
故郷に残る人達は、すでに
それだけで、社会的強者
なのかもしれない。

(都会が故郷と言う人の中で妙に過剰思いれの人には閉口することはあるが。(笑))

直ぐそこには、
慣れ親しんだ自然や友人、
家族が手を差し伸べて待って
くれている。
強い共同体意識は、本人の望む範囲でない事もあるかもしれないが、
温かい人の繋がりが確かに、
そこにある。

今回、福島の原発事故でいろんな選択肢が生まれた。

望んでなかった事とは言え。。。

強制でやむなく去る人。
本人の判断材料を元に去る人。
故郷を守る人。

一般で言う故郷の残り組、
去る組みと決して同等とは言えないが、似た一面もある。

故郷を遠くから憂う人。
いつかは戻りたいと納得するまで
去るひと。
去ったストレスに負けそうな人。
戻る人。

反対に、
愛する故郷を、此の手で何とか、
よりよく復興させたいと、
今までより少し多いリスクを
背負いながら力強く頑張る人。

どちらが正しいなんて言葉は
出てこないが、

何度か、福島にお邪魔して
強く感じている事は

放射能を正しく把握しながら
大切な故郷で
果敢に闘い生きる人達の輝きは
【人として生きる事の根本】を
教えてくれている。

遠くに住む人も故郷があるからこそ
見知らぬ土地で生き抜いていける事
を忘れてはならない。

人が繋がる為にもう一度問いたい。

生きるとは何か。。

お互いの非難は、簡単で自分の発露にしかならない。

しかし、そこにはいつまでも平行線の道があるだけ。

お互いを尊重する為にも、
思いやり=深く慮る作業を
誰一人、手を抜いてはいけない様
に感じる。

去ったものの今でも
故郷を深く想う人。

故郷の為に苦戦の中にも
逞しく生きる人。

そのふたつの結合がなされて
初めて復興の魂に、
光りがあたる様な気がする。

放射能の事も、情報が錯綜し
むやみに恐怖を煽りニセ科学者も
登場して罪深い発信をする
人達もいる。

悪意のある発信は例外にして
知識不足による心配からの
ものであれば、
不安要素、安心であるもの、
これからの課題、
それらをひとつひとつ丁寧に
紐解いて行く

攻め合う事ではこの作業は
解決する事はなく、
優しさの中に
真の情報と正しい科学の知識を
構築して行く事が
遠回りな様で、早道でもある。

むやみに粋がる必要もないし、
普通に、第三者の目を持ちながら
復興を成し遂げて欲しい。

前に進んで行く姿を目の前にして誰もが手を差し伸べようと待ってるだから。。

今、他の地域の人に何が具体的に
出来るか自分の考えを発信しづけて
欲しい。
また戻って来る人を、故郷が
歓迎しないはずがない。
複雑な想いはお互いが手を取り合った時に払拭される事を信じたい。

避難している人も困っている事を
発信しづけることで何か出来る人
がいる。
決して故郷を批判する事なく
生き抜いて欲しい。

もう一年以上も経っているのだから、何が具体的に出来るかを考え続けていきたい。

個人でも何かの組織に属しながらでも、福島の人達を一番に考えながら。。。

その手助けなら、
ほんの小さい手だけど、
この命尽きるまで喜んでしよう
と思う。










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