ハイもローもない
何かがハイな気分にさせてくれると思うと、それを探し回ることになる。だけど、ハイな気分にさせてくれるものなんかない。確かに一瞬はハイな気分にさせてくれるものはいくらでもある。お酒も、セックスも、タバコも、多分東南アジアで吸うはっばも、。いや、そんなもので無くても、お買い物だって、素敵なレストランのご馳走も。どれもこれも、しばらくしたら、やっぱり飽きてしまう?何か自分を、ハイにさせてくれるものがあると思う限り、幸せは長続きしない。ハイがある、と思うと、必ず、それと反対のローな気分も存在する。だから、いつも、ハイな気分の後には、ローな気がやってくる。ハイもローもない。外面的には、ハイなように見えることも、それのうちにはローなものを含んでいる。そこにあるものをただ、そのままにみる。ハイなものを追いかける必要はない。今、そこにあるものをそのままに感じるだけ。そうなんだけど、でもそうしたら、何をしたらいいかわかんなくなる。毎日は無味乾燥で味気ないものな気がする。だから、そうじゃなくて、ハイでもローでもない、ニュートラルな状態で、それを楽しむ。3月の九州旅、続き。3月26日、9日目は、鹿児島妙見温泉から、薩摩富士、開門岳の麓へ向かう。途中、鹿児島神宮へ。ぞうだ、ぞう~。海の向こうに、桜島。開門岳に到着。開門山麓ふれあいパークというキャンプ場のコテージ。ここは平日驚きのお値段。一棟だてで、4,210円‼︎中はこんな感じ。台所もある。鍋は、100円とかで借りる。キャンプ場は、コテージもテントサイトも、山に登る人で人気ある。朝焼け。開門岳に登りに来たわけではないけど、なんとなく、登ってみる。途中の眺め、ここは五合目。私は、登り始めたなら、無理してでも、最後まで登りきりたい‼︎という性格なんだけど、夫は、登るつもりで来たわけでもないし、そんな準備もしてないのだから、ここでいいよ、とあっさりいう。もちろん、登ってもいいし、登らなくてもいい。だけど、なんだか、達成することのが素晴らしいことのように感じる考え方が自分にある。半分まで登って下山して、そしたら、キャンプ場内で困っていた外国人旅行者を夫が助けて、そのお礼にと、係りの人がアイスやら、ケーキやらくれる。ハイもローも求める必要はない。ただ起こることが起きてくる。それを楽しむこと。今日も、今、しかない‼︎(-_^)