上海で3年ほど経過した時に、就職活動をしてみた。自宅の隣に、日系の人材紹介会社があったので、そこに行ってみると、すぐに紹介してくれた。面接時には、一緒に同行してくれ、幸いすぐに採用となった。仕事をしたいなと思ったのは、もっと社会を見て理解したいということと、もう一点は、ある日夫の妹が、あの子どうするの、仕事もせずにというようなことを私の前で堂々と言ったからだ。中国語が理解できないと思われての言動だった。ああ、そういうふうに見られていたんだと気付いたら、自分自身が恥ずかしくなってしまった。夫はずっと、働かなくていいという意見だったが、息子の幼稚園への送迎と私が帰宅してするまでのお世話をしてもらうために、お手伝いさんを雇って、フルタイムで働き始めた。仕事の内容は、スポーツ医学のクリニックでの受け付けと通訳そして、海外旅行保険保持者の保険処理だった。日本人患者さんへの対応が主で、保険処理で契約していたエージェントからのお誘いで、1年後にはそこへ転職した。政府の投資機関が再保険会社を設立しており、その子会社が就職先となった。上海の浦東にある金融街に毎日、地下鉄で通って、とてもやりがいのある仕事をすることができた。日本への出張や昇進もあり、こんなことを中国で経験できることが、とても嬉しかった。同僚たちは、党の青年部に所属している人たちで、真面目で勤勉、とても優しい人たちだった。日本人で入社したのは、私が初めてとのことだった。そこで、4年ぐらいお世話になり、その間に娘が生まれ、3週間ほどの休養で仕事復帰した。自宅にいても、頻繁に会社から問い合わせや、書類作成などがあり、会社に行った方が便利だったからだ。


 とても忙しい毎日で、毎晩9時になるともう体力の限界で、早寝早起きをして、地下鉄が混む前の朝7時前に地下鉄に乗り、7時半から仕事をしていた。息子が、地元の小学校に行っていて、毎日の宿題が多過ぎて、手伝っても終わらず、ストレスなのか、7歳ぐらいの頃から、白髪がみられた。この状況をどうすべきかと考えて考えて、、、月日が経ち、息子は自らイギリスへ行きたいと言ったので、9歳になる前にイギリスへ行くことになった。私は、すぐに仕事を辞めるわけには行かず、半年遅れてイギリスへ。そこから、再び2012年から1年間だけ上海に戻った時に、これで上海での生活は終了ということに納得できて、イギリスに完全移住となった。