「無駄」を受容すると、覚醒が始まる③
前回までに
「無駄」という概念を題材に
いろいろ綴ってみました。
詳しくは↓
今日は
シリーズ最終章^^
実は
今回の記事を書こうと思ったのは
YouTubeでご活躍の
スーツさんとひろゆきさんの
対談動画をたまたま視聴し
スーツさんの
達観した人生観
にハッとさせられたからです。
それは
ひろゆきさんのある質問から
生まれました。
・・・
たとえば乗り物に乗り遅れたなどで
6時間のタイムロスが発生した時
気持ちをどう切り替えるのか?
という質問に対し
スーツさんは
そもそも旅行自体が
行く必要のない「無駄」なのだから
「無駄」なものに
いくつ「無駄」が増えようと
考える意味がない
さらには
極端なことを言えば
世の中すべて「無駄」なので
何も期待せず
何も思わないことが大切
(上記は私の解釈で要約)
・・・
世の中すべて「無駄」なこと
一見
乱暴に聞こえますが
ひすいこうたろうさんの言葉とも
重なります。
・・・
効率良く生きたいのなら
生まれてすぐに
死ねばいい
・・・
そうですよね。
ある意味
スーツさんの仰るとおり
世の中すべて「無駄」なこと
だって
考えてもみてください。
私達は
誰もが致死率100%
どうせ死ぬのに
オギャーと生まれ
どうせ死ぬのに
誰かに育ててもらい
どうせ死ぬのに
勉強や仕事をし
どうせ死ぬのに
結婚や子供を産み
どうせ死ぬのに
未来に希望を託す
本当に
非合理的で非効率(笑)
さらにさらに
私がいつも思うのは…
どうせまたお腹が空くのに
毎日、ご飯を食べ
どうせまた夜には脱ぐのに
毎朝、服を着替え
どうせまた汚れるのに
毎食、歯を磨き
どうせまた夜には落とすのに
毎日、化粧をし
どうせまた来月には伸びるのに
毎月、髪を切る
やっぱり
世の中すべて「無駄」なこと
と私も感じます^^
***
でも
勘違いしてはいけません。
それは
虚しいことや
悲しいことではなく
むしろ逆
解放(覚醒)
なのです。
私達はみんな
「無駄」な世界に生きている
それなら
人と比べる意味がない
人と競争する意味もない
だって
そもそもが等しく「無駄」の集合体
なのだから^^
不思議ですね。
あんなに難しく感じていた
無意識に人と比べたり
無意識に人と競争したりが
アホくさっ
と自然に思えてきます(笑)
これがタイトルの
「無駄」を受容すると
覚醒が始まる
の意味です。
***
最後に一番大切なこと。
それは
「無駄」で構成されているこの世界を
どんな氣持ちで生きるのか?
そのヒントは
お料理にあります^^
「無駄」を前提に考えるなら
どうせお腹に入れば
味も形もごちゃ混ぜになるのに
私達は料理をします。
野菜を洗い
食べやすい大きさに具材を切り
食べやすい硬さに火を加え
食べたい味に仕上げ
お皿に綺麗に盛り付ける
食べてしまえば
ぜーんぶ「無駄」になると
解っているのに
やっぱり美味しく味わいたい!
これが
生きる意味
ではないでしょうか?
生命に
もし目的があるとするなら
それは単に
この世に生まれること
つまり
生まれた瞬間に目的達成
しています。
そして
その後に始まる人生とは
赤ちゃんでも老人でも
誰にとっても
本当は
余生(おまけ)
おまけなのだから
目標を持って頑張る必要も
上を目指す必要も
何かを成し遂げる必要もありません。
氣楽でいいんです^^
「無駄」の中にありながら
料理の美味しさに
ワクワクするように
純粋な喜びを宇宙に放射すること
それが
生命にとって唯一の
使 命
だと私は思っています。
最後までお読みいただき
![]()
ありがとうございました
★☆★☆★
日常の氣づきや呟きを
Instagramにて配信中☆彡
↑プロフィールのリンクからジャンプ^^


